九尾「尻尾を切除しようと思ってるんじゃが」
「今日は美容外科に行ってな、この尻尾をぜんぶ切ってくるのじゃ!」
九尾のタマモは、満面の笑みでそう語った。
切除されるという金色の尻尾は、嬉しそうにふわふわと揺れていた。
――親友が、狂った。
この爆弾発言を聞いた狸娘、ポン子はそう確信した。
しっぽを、切る? 常軌を逸した発言を、飲み込めなかった。
九本の美しき金色は、やはり楽しそうに揺れている。これを――切る?
「あ、そろそろ時間じゃ! それでは行くとするかの! また明日な、ポン――」
ポン子は、友の腰をがっちりと掴んだ。
万力を込めて、掴んだ。決して行かせまいと。
タマモは全てを察した。
九本の尾に埋もれ、幸せそうにしていたポン子の姿を、思い出していた。
それでも、タマモの決意は変わらぬ。
予約時間まで、あと一時間。
早く行かねばならぬ。――何を犠牲にしても。
「ワシは行く。尾を、切る」
何故。ポン子は問う。
邪魔が故。タマモは応じる。
一層の力が込められる、ポン子の腕。
腰がギリギリと痛む。たまらず足で蹴る。ポン子は怯まぬ。
もう一度、力強く蹴る。ポン子は決して――怯まない。
「――離せポン子ぉおおぉワシは行くうううぅぅ!」
「行かないでタマモちゃぁぁああんんっ!!」
「切るんじゃああああこのクソ邪魔な尻尾全部切るんじゃあああ!!」
「切っちゃ嫌あぁあぁあぁぁ! 絶対イヤアああああ!!」
「ぐああああああああああああ!!?」
引きずり倒される九尾。
そこから狸が、己が身体に回転を加える。
ポン子必殺。タヌキ・デスロール――。
「ぐあああああああああああやめろポン子おおおおおぉぉぉ!」
「絶対やめないタマモちゃあぁぁあぁぁああん!!」
止まらぬ高速回転。餌食となるタマモ。
ビタンビタンと身体を床にぶつけ続ける無間地獄。
背面は尻尾がクッションとなるが、正面へ蓄積されるダメージは計り知れない。
「あがががががががああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛゛!!?!?」
「タマモちゃああああああああああぁぁぁぁぁん!!!!」
* * * * *
「――落ち着いて話し合わんかポン子……」
「そうだねタマモちゃん……」
タマモ渾身のタップにより、とうとう死の回転は止まった。
吹き出す鼻血を抑えながら、決意に至った理由を語り出す。
「至極単純な理由なんじゃ。生活をする上でとにかく邪魔なんじゃよ、これ……」
「確かに重そうに見えるけども……」
「そう! 純粋に重いんじゃ! 一本一本がデカいのに、それが九本!!」
「でもそれが妖怪としての迫力に……」
「迫力より生活じゃ!! 毎日腰が痛いんじゃ!! 痛すぎるんじゃあ……!」
悲痛な叫びであった。
自分の一部を切除するという決断。軽い訳が無いのである。
日々苦痛に喘ぎ、耐え、そうして迎えた限界であったのだ。
ポン子とて、気持ちが分からぬ訳ではなかった。
一本のおおきな尻尾が、悲しげに揺れた。
「ボクも気持ちは分かるよ……。実は同じ悩みを抱えてて……」
「そうじゃろ!? そうじゃろ!? でかい尻尾って大変じゃろ!?」
「ボクも爆乳(Kカップ)のせいで毎日肩が凝ってて……」
「そっちかよ」
「でもさ……ボクがこのデカパイ(Kカップ)を切除するっていったら……タマモちゃんだって悲しいでしょ?」
「なにひとつ悲しくねえ」
「タマモちゃんのふさふさ尻尾はボクの豊乳(Kカップ)とおんなじ大切な宝物! 捨てるだなんてもったいなさすぎるよ!?」
「殴りたくなってきたなこいつ」
「あ、触っていいよ!? 好きに触って!? タマモちゃんおっぱい無いし――」
タマモ本気の鉄拳が、ポン子のパイオツにめり込んだ。
ぐげえと倒れ伏す狸。隙ありと、医院へ向かわんとする狐。
しかしKカップは伊達ではない。鉄拳の衝撃を吸収――ポン子の手は彼女の足首をギリギリで掴む。
「ぐあああああああ離せポン子おおおおおおおお!!!!」
「タマモちゃあああああああああぁぁあん!!!!」
そのままタマモを倒し、回転。
必殺奥義。タヌキ・デスロール。
……否。今度は逆回転。名付けるならば、そう。
裏奥義。タヌキ・デスロール・リバース――。
「ごごごががががががあああ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?!?」
「タマモちゃああああああああああああああああん!!!!」
破壊されし平衡感覚。
上のお口から飲んだお茶が、上のお口から出てきそうなタマモ。
ポン子の鍛え抜かれし三半規管の前に、なすすべなく再度のタップ――。
* * * * *
「――ひとまずそれ禁じ手にせんか……?」
「タヌキ・デスロールの事? それともタヌキ・デスロール・リバースの事?」
「どっちも……」
鼻血と共にゲボ(緑茶・羊羹・煎餅)まで吹き出し、尊厳を破壊されし大妖怪。
親友の執念を前に、さしもの九尾とて怯まざるを得ない。九本の尾は微かに震えた。対してポン子の双球はどたぷんっ❤どたぷんっ❤と揺れる。
「突然エロ漫画みてえな表現ぶっこんでくるんじゃねえ」
「それより尻尾切らないでよタマモちゃん……っ。ボク、それ大好きなんだから……!」
「そうは言うがな……。座るだけでも大変なんじゃぞ……」
「え、でも普通に座れてるよね……? ケツ穴から尻尾が生えてる訳じゃないんだから……」
「ケツ穴とか言うな下品じゃろ」
「アナルから尻尾が生えてる訳じゃないんだから……」
「より下品にすんな」
「本当に後者の方が下品なんだろうか」
ポン子は疑問に思うが、この際どうでもいい。捨て置いた。
「正座や胡座は別に構わぬ。しかし背もたれ付きの椅子がな……。座れんのじゃよ……」
「そんな洒落臭いものに座らなくたっていいじゃん!? タマモちゃんはずっと正座してればいいんだから!!」
「ワシなんか悪い事したんかよ……」
のたまうポン子に、彼女は指さして見せた。
その先には、大きな椅子。
マッサージチェアである。
「腰が本当に痛うてのう……。たまらずにこいつを買ったんじゃが、座れんかった……」
「クーリングオフ制度っていうのがあって……」
「あれは訪問販売にしか使えん技で……。というかそういう問題じゃないわ! 生活が大幅に制限されとる言うとんじゃ!!」
「確かにボクも生まれつきの爆乳のせいで生活が……」
「もう一度乳の話したらマジで殺すからな」
「はい」
このご時世、こういう話はよくない事だ。
そう諭すタマモの顔は、確実に憎しみに満ちていた。
胸部へのコンプレックスは最早明白である。
「おぬしがワシの尻尾を好きなのは知っておる……。だがな、親友だからこそ受け入れてはくれぬか……?」
「親友だからこそ止めなきゃいけない事ってあるじゃん! 自分の身体を切っちゃうって、大変な事なんだよ!?」
「しかし腰痛がどうしてもな……」
「マ、マッサージ! ボクが毎日、マッサージしてあげるからっ!」
「按摩はもう頼んどるが……。結局、この元凶がなくならん限り意味ないじゃろうて……」
「……っボクの爆乳揉みしだいていいから! 癒しで痛みもブッ飛ぶからッッッ!!」
タマモ渾身の鉄山靠が爆乳を襲う。Kカップですら衝撃は止められぬ。
臓腑への深刻なダメージ。ぐげえと血を吐きながら倒れ伏すポン子。
過去、この技ひとつで日ノ本を掌中に収めし奥義である。勝負は決したかに思われた。
――それでもポン子の手は、タマモの足をしかと掴んでいた。
「!! 禁じ手! 禁じ手!」
「タマモちゃあああああああああああああああん!!!!」
「っっっああああああああああああああ!!?!?」
倒す。そして回転。ポン子は約束を破ったのか?
否。ただの回転ではない。そこに加わるは……推進力。
障子を破り、壁を壊し、柱を倒し、なおも止まらぬ狸の螺旋。
秘奥義。タヌキ・デススパイラル――。
「ぐぎゃあああああ゛あ゛ああ゛あ゛ああ゛あ゛゛ポン子おお゛お゛おっ゛お゛おお゛おお゛゛!!!!!11」
「タマモちゃあああああああああぁぁぁあん!!!!!111」
全ては、親友を止める為。
ポン子は鬼と化すのだ――。
* * * * * *
「――だからそれ禁じ手じゃろ……?」
「デスロールはワニをコンセプトにした技だけど、デススパイラルはライフル銃のコンセプチュアル・アーツだから……」
「現代アーティストか何か……?」
屋敷を半壊させ、ようやく止まったスパイラル。
恐ろしき威力である。己が鉄山靠では最早太刀打ち出来ぬ事を、タマモは悟った。
タマモは考える。
これを続けていれば、ポン子は戦いの中で一層の進化を遂げ、誰にも止められなくなるであろう。そうなってしまえば、尻尾がポン子の管理下におかれた恐怖親交が始まってしまう。
彼女のまるくてきれいな瞳が、タマモにとっては戦慄の対象となりつつあった。
力では駄目だ。
知恵だ。知恵で上回らなければならぬ。
屁理屈でこいつを圧倒し、なんとかしなければならぬ――。
「……のうポン子。さっきおぬしは言ったのう、尻尾と乳は同じぐらい大切なものと……」
「うん」
「もしおぬしの乳をワシにくれるというのなら。この尻尾は切らないでおいてやる」
「え!?」
「要はバランスじゃな。背面と正面の重量バランスさえ均衡すれば、ワシのクオリティ・オブ・ライフは向上する……」
タマモは見逃さなかった。ポン子の、乳房への自尊心を。
乳を引き換えにした上、でまかせのバランス論を用いて正論をも装う策。
これならばポン子もきっと諦める。そう考えたのだが。
「わかった! あげる!!」
快諾。
あれほど爆乳爆乳のたまっていた彼女であったが、こうもあっさりと。
予想外の態度に、窮する九尾(韻を踏んでいる)。
が、仮にも海千山千の大妖怪。機転が閃く。
……そもそも、他人の乳をそのまま移植するなど聞いた事がない。
というか、やる技術的メリットなどなにひとつない。
そんな施術、行う医者など居ようはずもない。
「よし! では先生に、乳の移植をお願いしてこようぞ!!」
「うん!!」
かくして、自然と医院へ足を運ぶ理由まで作った。これぞ策士。
美容外科まで辿り着けば、あとはどうにでもなる。
タマモの勝利は間近であった――。
* * * * * *
「――はい、できますよ」
「できるんかい」
即答であった。
術式の説明をされる両者。乳の移植が間近に迫る。
「ま、待ってくれ先生。……できるんか?」
「できます」
「よかったねタマモちゃん!!」
「……」
よく見たらこの美容外科医。顔面に縫合痕がある。そのうえ髪色が黒白二色である。二頭身の舌っ足らずの助手までいる。明らかに名医の風貌。まずい。
乳どころか脳まで移植しそうな雰囲気である。
しかし流石の大妖怪たる九尾。機転は尽きない。
魅了の術で推定ブラック・ジャックを洗脳――しかる後にポン子に全身麻酔をかけ、尻尾の切除を行えば良い。完璧な策であった。
思えば原作でもブラック・クイーンとかいうぽっと出の女医に求愛せんとしていた輩だ、恐らく簡単に落ちるだろう。
狐の目が、怪しく光りだした――。
――狸のまるい目も、光った。
「……タマモちゃあああああああああああああああん!!!!11」
「っがあああああああああポン子おおおおぉおおおおおお!!!!?!?」
陰謀の露見。
掴まれる足。倒される狐。
回転。推進。――揚力。
「やめろおおおおおおポンっ子おおごああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛゛ああ゛゛゛ああ゛!!!?!!?」
「タマモちゃああああああああああああああああん!!!!111」
回転は螺旋となり、螺旋は空へ、高く高く上昇していく。
幾度も幾度も廻り廻る狸と狐の様相はさながら……輪廻。
最終奥義。
タヌキ・デスリインカーネーション――。
「っあ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛あ゛ああ゛゛゛ああ゛ああああ゛ああ゛あ゛ああ゛゛゛゛あ゛ああ゛゛!!!!1111」
「タマモっちゃあああああああああああああっっあああああ!!!!!1111」
全ては友のため。
鬼はとうとう、修羅となる――。
* * * * *
「――はい、それじゃいきますね」
「お願いしまあす!!」
「…………」
全壊した医院にて、乳房の移植手術が始まる。
満身創痍。もはや言葉は出てこない。そもそも集中治療室に運んでほしい。
されるがままに、脂肪のない胸を晒す。
「後生じゃ、全身麻酔で頼む……」
薄れゆく意識の中。タマモの目は、ポン子を捉えた。
己の爆乳との別れ。悲しくはないのだろうか?
自分であれば、断固として拒絶するのに。ポン子は嫌じゃないのか?
ポン子は何故、こうもあっさり――。
「ボク達、ようやく繋がれたね……❤」
――最初から、全てが墓穴だった。
ポン子のねっとりとした視線。判明せし邪心。
腕力、知恵、業、全てで上回られた。
大妖怪は完全敗北を悟った後、意識を失った――。
* * * * *
――確かにバランスがよくなった、ポン子はそう思った。
後方はふさふさの尻尾。前方はゆさゆさの乳房。
巷間にて語られる艶めかしき九尾の姿、そのものであった。
全く同じ事を、タマモも思っていた。
じっと姿見で己を見続けては、ポーズを取る。
九尾のイメージに、ようやく似つかわしくなった。
「でっへへへ……」
施術前の態度とは、まるきり違っていた。
あれほど嫌がっていたのに、実際に出来上がってみると。
それはもう。良かった。すごく良かった。良いのである。
でまかせであった「バランス論」も、あながち誤りではなかった。
歩行はしやすくなったし、身体への負担も格段に減っていた。
大分マシになった腰の痛み。それだけでも大満足である。
満たされた自尊心と、改善した生活。
タマモは幸せであった。それを見るポン子も幸せであった。
「よかったねタマモちゃあん……❤」
ポン子の幸せは、邪気に満ちていた。
己の身体の一部が、今は親友の身体に――。
そう考えるだけで、狸の脳内では麻薬物質がドバッドバ溢れ出した。
世界が極彩色に視えていた。
この淫猥な視線すら、タマモは受け入れ、許した。
九尾として完成を迎えた自分が、とにかく誇らしかったのだ。
あれほど尻尾を切ろうとあくせくしていた自分が、おかしくすら思えてきた。
切らずに良かったと、心の底から思った。
「それでのう、それでのう! 今日は人里まで繰り出そうと思ってのう!!」
「一緒にいこうねタマモちゃっはあん……❤」
お茶会中のタマモは、別人のごとく明るくなっていた。
お茶会中のポン子も、別人のごとく明るくなっていた(アッパー系)。
かくして尻尾切除を巡る事件は、一段落したかに見えたのだが――。
* * * * *
「――この乳、やっぱり返そうと思っての……」
「えッ!!?」
数ヶ月のち。
親友の意外な言葉に、ポン子は驚愕した。
「ど、どうしたのタマモちゃん!? ……あ、揉もうか!? おっぱい揉んであげよっか!?」
「近寄んな。……いや、ちょっと憂鬱な事になってのう……」
九本の金色は、悄然として垂れている。
威厳ある大妖怪の姿が、幾分と小さく見えた。
乳とてそうであった。
あれほどゆさっ❤ゆさっ❤と揺らしていた乳房だったのに。
ある時ばるんっ❤ばるんっ❤
またある時はだぱんっ❤だぱんっ❤とご自慢の乳房だったのに。
どのような気持ちの変化があったというのだろうか。
「そんな淫乱な揺らし方しとらんわ」
「それより本当にどうしちゃったのタマモちゃん!? あんなに気に入ってたのに……!」
「いやな、その……。周囲がな、ワシを馬鹿にしてるようなんじゃ……」
「え……」
「九尾に突然、乳が生えてきた」
そんな噂のため、山々の妖怪はこぞってタマモの乳を拝みにきた。
その度に陰でコソコソと笑っているのを、彼女の地獄耳は逃さなかった。
流石にデカすぎたのであった。
最初は怒ったタマモであったが、いずれそれにも疲れた。
段々と、大きな乳房が恥ずかしいものに思えてきた。
なにより、乳の大小を気にしていた事の露呈。それが何より恥であった。
満たしたはずの自尊心は、満たしたが故に傷つけられたのである。
移植後はあんなに張っていた背筋も、今や猫背。
完成されたはずの九尾のシルエットは、見る影もない。
「もう全部嫌になってのう……。はあ、アホみたいに喜んどった自分が恥ずかしい……」
「タマモちゃん……」
「身の丈、というものなのかのう……。ワシには、元の身体がお似合いだったんじゃなあ……」
「……そうだね! タマモちゃんに爆乳は似合わない! 全っ然似合わない!! バランスおかしいっていうか、デッサンレベルで変だもん!!」
普通に腹がたったが、最早殴る気力もない。そもそも勝てない。
そんな彼女に、ポン子は続けて言う。
「タマモちゃんは、貧相で、まな板で、ちんちくりんで……たくさんの尻尾をふさふさ揺らしてる方が、素敵だもん!」
「……そうじゃろうか」
「うん! そっちの方が品あるもん! ボク、元のタマモちゃんの方が……だいすき!」
「……そうか。…………そうかぁ」
「だいっすきぃ……❤」
「近寄んな」
二人はこうして、再建途中の医院へと向かい出した。
乳房はなくなるであろう。尻尾は生活を苦しめるであろう。
元の木阿弥(Back to Mokuami)である。
「ボクが毎日、腰揉んであげるよ!」
「目付きがいやらしいから嫌じゃ!」
「代わりにおっぱい揉んでいから! 揉みしだいていいから――ッ」
全ては巡り巡って、元に戻ってしまう訳であったが。
それもいいかと、タマモの心は不思議と晴れ晴れしていた。
九本と一本の尾は、今なお仲良く、ふさふさと揺れている。
芥川「――これが『鼻』の前身となった作品でありまして」
漱石「馬鹿野郎」
先生はかうして僕の未発表小説の存在を揉み消した。巻煙草を吹かしながら、侘しい気持ちで帰つた夜をずつと覚えてゐる。
今となつては感謝に堪えぬ事とは云え、僕の中に後悔が無いでは無い。事実、タマモとポン子の幻影は、未だ視界の端に現れては神経を悩ましてゐる。……
(昭和二・四・八)