第9話「クリスマス会と年末ヲタ活振り返り」(2019年12月)
クリスマス・イブ。キャンパスは冬休みに入り、ほとんどの学生が帰省する中、サブカル部の部室だけは温かな光に包まれていた。窓には手作りの雪の結晶の飾り、壁にはイラスト入りの「Merry Christmas」の文字。テーブルの上にはケーキと軽食、そして小さなプレゼントの山。
「みんな、メリークリスマス!」
佐伯は赤いサンタ帽を被り、微妙に照れくさそうに宣言した。高橋の制止もあって、去年のトナカイ鼻はなくなっていた。
「メリークリスマス!」小野寺と藤井が元気よく返した。
「松田、このケーキ、お前の作ったやつか?」高橋が驚いたように聞いた。テーブルの中央には見事なブッシュ・ド・ノエルが置かれている。
松田は小さく頷いた。
「すごい!」藤井が目を輝かせた。「松田くん、お菓子作れるの?」
「親がパティシエ」松田は短く答えた。
「そうだったの?」小野寺も驚いた。「初めて知った!」
「皆さん、これ飲みませんか?」山田がポットを持ってきた。「スパイスチャイを入れてきました」
「おお、いいね!」佐伯が歓迎した。「寒い日にぴったりだ」
「私、このサンドイッチ作ってきました」中村が控えめに言った。
「わー、本格的!」小野寺が手を伸ばした。「皆、持ち寄りパーティーになってるね」
「高橋は?」佐伯が尋ねた。
「ポテトチップスだ」高橋はテーブルに大きな袋を置いた。「調理は得意じゃない」
「私はチキンとピザをデリバリーしといたよ!」藤井が言った。「あと10分で届くって」
「私はこのケーキ!」小野寺が箱を開けた。「いちごたっぷりのやつ!」
「俺はドリンク担当」佐伯が冷蔵庫を開けて見せた。「みんなの好みに合わせて色々用意した」
「完璧なパーティーですね」山田が微笑んだ。
「じゃあ、まず乾杯しよう!」佐伯がジュースの入ったカップを掲げた。「今年一年のサブカル部に!」
「かんぱーい!」
七人のカップが空中で触れ合い、クリスマス会が始まった。
***
食事が進む中、佐伯が立ち上がった。
「さて、今日は特別企画として、『2019年オタク活動振り返り会』もやりたいと思います!」
「おー!」小野寺が拍手した。
「それぞれ、今年最高だったオタク体験を教えてください!」佐伯が言った。「俺から行くと…やっぱり夏コミかな。皆で出展して、思った以上に反響があって。あと、大学祭の『マニフェス』も最高だった!」
「私は同人誌が完売したこと!」小野寺が誇らしげに言った。「あんなに売れるとは思わなかった」
「私は去年のクリパよりこっちの方が盛り上がってて嬉しい」藤井が笑った。「あと、推しのライブに3回行けたのも良かった!」
「松田は?」佐伯が尋ねた。
「レトロゲーム修理技術が向上した」松田が意外と長めに答えた。「特に電子回路の…」
「なるほど、専門的だな」佐伯が笑った。「高橋は?」
「俺は…」高橋が少し考えた。「ガンプラコンテストで入選したことだな」
「えっ!?」佐伯が驚いた。「それ初耳だぞ!」
「言ってなかったか」高橋は少し照れたように言った。「大したことじゃない」
「すごいじゃん!」小野寺が感心した。「高橋くんって、本当に腕がいいんだね」
「中村くんは?」佐伯が振った。
「私は…」中村は少し考えてから言った。「サブカル部に入れたことです」
一瞬、部室が静まり返った。
「中村…」佐伯が感動したように言った。
「あの…」中村は少し赤面して続けた。「高校までは、こういう趣味を共有できる友人があまりいなくて。でも、ここでは皆さんが自分の好きなものを堂々と話していて…それが本当に居心地が良くて」
「中村くん…」小野寺の目が潤んだ。「それ、すごく嬉しい言葉だよ」
「わかるよ」藤井も真剣な顔で言った。「私も高校では結構隠してたもん。ここだと思いっきり話せるよね」
「だよな」佐伯も頷いた。「そのために俺たちはここにいるんだ」
「山田さんは?」小野寺が尋ねた。
「私も…」山田は静かに言った。「同じです。それに、自分の小説を読んでもらえたことが、とても嬉しかった」
「みんな、サブカル部愛に溢れてるね」藤井がクスクス笑った。「泣けてくるわ〜」
「そうだ」佐伯が突然思い出したように立ち上がった。「プレゼント交換の時間だ!」
テーブルの上には、それぞれが持ち寄った小さな包みが並んでいた。
「くじ引きで決めよう」佐伯が紙切れを出した。「1から7まで書いてある。引いた番号のプレゼントがもらえるよ」
七人はそれぞれくじを引き、対応する番号のプレゼントを手に取った。
「開けていいよ!」佐伯が言った。
包装紙を破る音と歓声が部屋に響く。
「わー、フィギュア!」小野寺が箱を開けて喜んだ。
「漫画全巻セット!」藤井も目を輝かせた。
「ゲームのコントローラー」松田が静かに、しかし明らかに喜んでいる様子。
「プラモデル工具セット」高橋も満足そうに見ていた。
「アニメ歴史年表本…」中村は感激したように本を開いていた。
「小説創作ガイドブック」山田も嬉しそうに本を眺めていた。
「俺は…」佐伯が包みを開けた。「90年代アニメDVDボックス!」
「みんな、ピッタリのものが当たったね」小野寺が不思議そうに言った。
「くじなのに、なぜか自分に合ったプレゼント」山田も首をかしげた。
「これって…」高橋が眉をひそめた。「統計的にありえない確率だぞ」
「クリスマスの奇跡…?」中村がつぶやいた。
「そんなこともあるさ!」佐伯が笑った。「メリークリスマスってことだな!」
***
夜も更けた頃、部室の窓からは雪が降り始めているのが見えた。
「雪だ!」藤井が窓に駆け寄った。「今年初めて見る!」
「ホワイトクリスマスじゃん」小野寺も窓際に立った。
七人は窓辺に集まり、静かに降りしきる雪を眺めていた。
「あの…」松田が珍しく口を開いた。「プレゼント、実は俺が…」
「え?」佐伯が振り向いた。
「いや、なんでもない」松田はまた黙り込んだ。
「そういえば」中村が突然言った。「窓の外、今、何か赤い物が…」
全員が窓の外を見た。一瞬、遠くの空に赤い光が流れるように見えた。
「今のって…」山田がつぶやいた。
「きっとサンタさんだよ!」藤井が冗談めかして言った。
皆が笑う中、佐伯だけは真剣な顔で窓の外を見ていた。
「どうしたの?」小野寺が尋ねた。
「いや…」佐伯は首を振った。「気のせいだろうけど、さっき窓の外に誰かいたような…」
「もう遅いからな」高橋が時計を見た。「疲れてるんだろう」
「そうだね」佐伯も笑った。「じゃあ、そろそろ締めようか。最後にアニメ一本だけ観て」
「何にしようか?」小野寺が尋ねた。
「クリスマスっぽいの…」佐伯が考える。「『東京ゴッドファーザーズ』とか?」
「いいね!」小野寺が賛成した。
プロジェクターが立ち上がり、アニメが始まった。七人はそれぞれの席に戻り、静かに物語に入り込んでいった。
***
アニメが終わり、片付けが始まった頃、中村が部室の端で何かを見つけた。
「あれ…これは何ですか?」
中村が手にしていたのは、小さな赤い袋。誰も見たことがないものだった。
「どこにあったの?」佐伯が不思議そうに近づいた。
「棚の下に…」中村が答えた。「誰のものでもないんですか?」
全員が首を振った。
「開けてみようよ」藤井が好奇心いっぱいに言った。
中村が恐る恐る袋を開けると、中には七つの小さな星型のオーナメントが入っていた。それぞれが微妙に色が違い、裏には一人一人の名前が書かれていた。
「えっ…」小野寺が驚いた。「これ…どういうこと?」
「誰かのドッキリ?」高橋が眉をひそめた。
「松田…?」佐伯が疑わしそうに見た。
松田は明らかに困惑した表情で首を振った。
「これ、私のだ」山田が自分の名前が書かれたオーナメントを手に取った。不思議そうに見つめている。
「本当に…誰が?」中村も自分のものを取り、驚いた様子。
「さっきの窓の外の…」佐伯がつぶやいた。
「まさか」高橋が冷静に言った。「非現実的な存在を想定するのは論理的ではない」
「でも、どう説明する?」小野寺が不思議そうに言った。
「ネタでしょ」藤井が笑った。「でも素敵なサプライズ!」
「うん」佐伯も笑顔になった。「これも含めて、最高のクリスマスだったな」
七人はそれぞれの星を手に、不思議な気持ちで見つめていた。
「さて、最後に一枚、記念写真を撮ろう」佐伯がスマホを取り出した。「七人揃って、サブカル部のクリスマス!」
皆が並び、星型のオーナメントを手に持って笑顔を見せた。シャッターが押された瞬間、窓の外で雪がきらめいた。
「メリークリスマス、みんな!」
写真には、サンタ帽をかぶった佐伯を中心に、七人の笑顔と、手に持った七つの星が映っていた。部室を出る際、藤井が最後に振り返って言った。
「サンタさん、ありがとう!」
窓の外では、雪が静かに降り続けていた。誰も気づかなかったが、部室の鍵がかけられた後、窓辺に小さな足跡が一瞬だけ現れ、そして雪に溶けていった。