第8話「秋アニメマラソン視聴会」(2019年11月)
金木犀の香りが漂う季節も終わり、キャンパスの木々は紅葉で彩られていた。週末の部室には七人の姿。暖房をつけた室内は心地よく、窓の外の冷たい風とは対照的な温かさがあった。
「よーし、秋アニメマラソン視聴会、スタート!」
佐伯が宣言すると同時に、部室の電気が消され、プロジェクターの光だけが壁に映し出された。テーブルの上には大量のお菓子とジュース、持ち寄ったカップ麺が並んでいる。
「さて、何から観る?」佐伯がリモコンを手に尋ねた。「今期はいろいろあるけど」
「『ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld』から!」藤井が即答した。「キリトとアスナが…」
「ちょっと待った」高橋が手を上げた。「それ、前作からの続きだろ。見てない人もいるかもしれない」
「あ、そっか」藤井が少し残念そうにした。
「私は『PSYCHO-PASS 3』が気になります」山田が静かに言った。「シリーズの中での位置づけも興味深いですし」
「それも良いけど」小野寺が口を挟んだ。「ちょっと重いかもな。もっとライトなところから始めない?」
「じゃあ『慎重勇者』とか?」佐伯が提案した。「今期の異世界モノで面白いぞ」
「慎重勇者…ですか」山田が少し首をかしげた。「なろう系ですよね?」
「いやいや」佐伯が熱く語り始めた。「これは普通のなろう系とは一線を画すぞ!主人公の慎重すぎる性格が笑えるし、パロディ要素も…」
「うーん」高橋が眉をひそめた。「厳密に言えば、ジャンルとしてはなろう系の亜種に当たる。異世界転移+チート能力という基本構造は踏襲している」
「でも、そこをひねってるから面白いんだよ!」佐伯が反論した。
「あの…」中村が静かに手を挙げた。「みんなが見やすいのは、やはり新規で始まった作品の方がいいかと…」
「そうだね」佐伯が頷いた。「中村くんの意見に一票」
「『Dr.STONE』はどうですか?」中村が提案した。「科学要素が教育的でもあり…」
「科学もの!」高橋の目が輝いた。「それはいいな」
「私も賛成」小野寺も手を挙げた。「あのアニメ、世界設定が好き」
「じゃあ決まりだな!」佐伯がリモコンを操作した。「まずは『Dr.STONE』から!」
プロジェクターに映像が映し出され、七人はそれぞれの居場所で視聴態勢に入った。佐伯と高橋はソファ、小野寺と藤井と山田はクッションを床に並べて座り、中村は小さな折りたたみ椅子に。そして松田はいつものように部屋の隅のビーズクッションに陣取った。
「松田くん、見えてる?」小野寺が振り返って尋ねた。
松田は無言で親指を立てた。
アニメが始まり、部室に物語の世界が広がる。一話が終わると、次々と他の作品も視聴していく。部室の時間は、アニメとコメントとお菓子の音で満たされていった。
***
「次は何にする?」三作品を見終わった頃、佐伯が伸びをしながら尋ねた。
「そろそろご飯にしない?」藤井がお腹を押さえながら言った。「もうお昼だよ」
「そうだな」佐伯がうなずいた。「カップ麺とコンビニおにぎりでいいか?」
「はーい」小野寺が手を挙げた。
「山田さんと中村くんは?」佐伯が尋ねた。
「はい、大丈夫です」二人は同時に答えた。
「じゃあ食事休憩だ」佐伯が決めた。「20分でまた集合」
部室のライトが点け直され、七人はそれぞれのカップ麺やおにぎりを広げた。窓の外では、キャンパスの紅葉が風に揺れている。
「皆、今季は他に何観てる?」小野寺がカップ麺をすすりながら尋ねた。
「私は『歌舞伎町シャーロック』」中村が静かに答えた。「シャーロック・ホームズのアレンジとしても興味深いです」
「へえ、中村くんらしいね」小野寺が笑った。「私は『ちはやふる3』かな。久々の続編で嬉しい」
「それ私も見てる!」藤井が食べかけのおにぎりを持ったまま声を上げた。「競技かるたの熱さが伝わってくるよね」
「私は『この音とまれ!2クール目』を」山田が言った。「和楽器の描写が素晴らしくて」
「俺は『食戟のソーマ 神ノ皿』だな」佐伯が言った。「料理バトルもの、好きなんだよね」
「松田は?」佐伯が振り向いた。
「『ヴィンランド・サガ』」松田が意外にも答えた。「歴史もの」
「へえ!」藤井が驚いた。「松田くん、そんな硬派なの見るんだ」
松田は黙って肩をすくめた。
「高橋は?」佐伯が聞いた。
「『ガンダムビルドダイバーズRe:RISE』だ」高橋が答えた。「ガンプラ要素があるからな」
「みんな、本当にいろんなの見てるんだね」小野寺が感心した。
「そうだな」佐伯が嬉しそうに言った。「それぞれの好みが出てて面白い」
「佐伯さん」中村が尋ねた。「アニメって、どれくらい見てるんですか?」
「うーん」佐伯が考え込む。「1クール、大体15作品くらいかな。多い時は20作品近く」
「すごい…」中村が目を丸くした。「それだけ見る時間はどうやって…」
「睡眠時間を削ってるんだよ」高橋が代わりに答えた。「だから佐伯の単位取得率は危うい」
「おい、言わなくていいだろ!」佐伯が抗議した。
部室に笑い声が広がる。
「でも」佐伯が真面目な顔で続けた。「好きなものには時間を惜しまないってのが俺のモットーなんだ。今しか観られないアニメもあるし、その瞬間の熱量を大事にしたいんだよね」
「かっこいい〜」藤井が冗談めかして言った。「佐伯さん、時々かっこいいこと言うよね」
「ふふ、藤井さんらしい」山田が小さく笑った。
「よし、そろそろ再開するか」高橋が立ち上がった。「次は何を観る?」
「『鬼滅の刃』はどう?」佐伯が提案した。「前期から続いてるけど、話題になってるし」
「あ、それ観たい!」藤井が手を挙げた。
「私も」山田もうなずいた。
「じゃあ決まりだな」佐伯がプロジェクターを操作した。
そして再び、部屋は暗くなり、物語の世界が広がっていった。
***
夕方、窓の外が暗くなる頃。視聴会も終盤に差し掛かっていた。
「今日はもう一本だけだな」佐伯が少し名残惜しそうに言った。
「最後は何にする?」小野寺が尋ねた。
「『BEASTARS』はどうでしょう」中村が提案した。「3DCGアニメーションの新しい可能性を感じる作品で…」
「おお、それいいな!」佐伯が賛同した。「じゃあラストは『BEASTARS』で」
アニメが終わった後、七人は満足げな表情で部室の灯りをつけた。
「いやー、充実した一日だったな!」佐伯が伸びをしながら言った。
「うん!」小野寺も満足そうに頷いた。「こういう日って良いよね」
「定期的にやりたいです」山田も珍しく積極的に言った。
「次回は来月か」高橋が言った。「冬休み前になるな」
「そうだな」佐伯がカレンダーを見た。「12月の…この日はどうだ?」
「クリスマス会兼ねられるね!」藤井が目を輝かせた。
「クリスマス?」中村が少し驚いた様子で言った。
「別にカップル向けイベントじゃないから大丈夫だよ」小野寺が笑った。「去年もやったのよ。佐伯さんがサンタの帽子被って」
「あれは黒歴史だ」高橋がため息をついた。「佐伯がトナカイの鼻までつけて…」
「おい、言わなくていいだろ!」佐伯が赤面した。
「面白そうですね」山田が微笑んだ。「私も参加したいです」
「松田は?」佐伯が尋ねた。
松田は小さくうなずいた。
「中村くんも?」佐伯が最後に確認した。
「はい、ぜひ」中村も嬉しそうに答えた。
「よし、じゃあ決まりだな!」佐伯が言った。「来月、クリスマス会兼アニメ鑑賞会をやる。各自、小さなプレゼント持ち寄りで」
「楽しみ〜」藤井がつぶやいた。
外は完全に暗くなり、部室の窓からはキャンパスのイルミネーションが見えた。七人はそれぞれの荷物をまとめ始める。
「今日はありがとう」佐伯が皆に声をかけた。「また次回!」
「お疲れ様〜」
七人はそれぞれの帰り道へと向かった。秋の冷たい空気の中、今日見たアニメの感想を語り合いながら。そして全員の心の中には、来月のクリスマス会への期待が、小さな光のように灯っていた。