第6話「新学期・夏休みオタク活動報告会」(2019年9月)
秋の気配が感じられる9月のキャンパス。部室の扉が開くと、夏休み明けの初顔合わせに集まった七人の姿があった。窓からは少し柔らかくなった陽光が差し込んでいる。
「よーし、じゃあサブカル部・夏休みオタク活動報告会を始めよう!」
佐伯が元気よく宣言すると、テーブルには夏の戦利品が並べられた。フィギュア、同人誌、Tシャツ、限定グッズなど、様々なアイテムがテーブルを埋め尽くしている。
「まずは夏コミお疲れ様!」佐伯が言った。「皆の本、予想以上に売れたね!」
「私のなんて、100部刷ったのに完売しちゃった」小野寺が誇らしげに言った。「次回は部数増やそうかな」
「俺の評論本も意外と反応良かったな」佐伯が嬉しそうに言った。「90年代アニメ考察なんて、ニッチだと思ってたんだけど」
「山田さんの本も好評だったね」小野寺が言った。「特に創作論の部分、すごく参考になるって言われてた」
「そうだったんですか」山田は照れくさそうに微笑んだ。「初めてだったので、不安でしたが…」
「藤井のコスプレも人気だったな」高橋が珍しく褒めた。「写真撮影の列ができてたぞ」
「でしょー!」藤井が得意げに言った。「ツイッターのフォロワーも1000人増えたよ。オタ活、充実した夏だった〜」
「松田は?」佐伯が振り向いた。
「完売」松田は短く答えた。レトロゲーム販売も成功したようだ。
「中村くんはどうだった?初コミケの感想は?」佐伯が尋ねた。
「圧倒されました…」中村は目を輝かせながら言った。「あんなに多くの人が同じ趣味で集まる光景は初めてで…」
「でしょ?」佐伯が誇らしげに言った。「あれこそ文化の力だよ!」
「また始まった」高橋がため息をついた。「佐伯の"文化"理論」
「いや、実は…」中村が意外にも反論した。「佐伯さんの言う通りだと思います。あれは確かに立派な文化です。調べてみたら、コミックマーケットの歴史は1975年まで遡り、当初は同人誌即売会という形式の…」
「おっと、中村の博識モード炸裂!」佐伯が笑った。
「あっ、すみません」中村は急に恥ずかしそうにした。「また長くなってしまって…」
「いや、全然いいんだよ」佐伯がすかさずフォローした。「そういう知識、すごく貴重だから。皆、ちゃんと聞いてるぞ」
他のメンバーもうなずいた。中村は少し安心したように微笑んだ。
「さて、じゃあコミケ以外の夏休みの活動報告も聞きたいな」佐伯が話題を広げた。「他に何かした?」
「私は地元の花火大会に行きましたよ」山田が言った。「浴衣を着て」
「いいなー!」小野寺が反応した。「写真ある?」
「あ、はい」山田がスマホを取り出した。そこには浴衣姿の山田が写っていた。
「あいかわらず、かわいい!」小野寺が声を上げた。「山田ちゃん、自分で切れたの?」
「はい。自分で着付けできました」山田は照れくさそうに笑った。
「私は東京のライブに3回行ったよ」藤井が自慢げに言った。「推しのソロコンともう一つの現場と、あとはVtuberのリアルライブ!」
「へえ」小野寺が感心した様子。「藤井ちゃんって、本当に精力的だよね」
「だって、推しに会える機会は少ないんだから、逃したくないでしょ!」藤井は熱っぽく言った。
「高橋は?」佐伯が尋ねた。
「俺は夏休み中ずっとプラモデル製作に没頭してた」高橋が言った。「とくにMG版ガンダムDXの改造に成功した。肩のパーツを…」
「はいはい、細かい説明は後で!」小野寺が制した。「松田くんは?」
松田はスマホを取り出して、画面を見せた。そこには見慣れないゲームセンターの写真があった。
「全国のゲーセン、15箇所回った」松田が珍しく長めに言った。
「マジか!」佐伯が驚いた。「その情熱、素晴らしいな!」
「中村くんは地元に帰ったの?」藤井が尋ねた。
「はい」中村はうなずいた。「それと…実は地元の古書店で、絶版になっていた80年代のマンガ雑誌のバックナンバーを見つけまして…」
「おお!」佐伯の目が輝いた。「それは貴重な発見だな!」
「佐伯さんは?」山田が質問した。
「俺は…」佐伯は少し恥ずかしそうに言った。「実は就活の準備を始めたんだ。業界研究とか」
一瞬、部室が静まり返った。佐伯の卒業が現実味を帯びてきたことを、皆が感じた瞬間だった。
「そっか」小野寺が少し寂しそうに言った。「もう就活の時期なんだね」
「まあな」佐伯は明るく振る舞おうとした。「でも大学祭までは絶対に部長としてやり切るから!」
「当然だ」高橋が言った。「責任放棄は許さんぞ」
「わかってるって」佐伯が笑った。「それより、大学祭の準備も始めないとな。予定通り『マニフェス』やるぞ!」
「あ、それについて」小野寺が手を挙げた。「私、同人誌の新作準備してるよ。大学祭用に」
「さすが!」佐伯が感心した。「他の人はどう?」
「私は創作小説の展示の準備を進めています」山田が言った。「それと、文学部のゼミで発表する論文のテーマを『ライトノベルにおける文学性』にしたんです」
「おお!」佐伯が目を見開いた。「それ、すごくいいじゃん!学業と趣味の融合だな!」
「はい」山田は嬉しそうに言った。「先生にも興味深いテーマだと言っていただけました」
「中村くんも教育学部だし、マンガの教育的価値とか研究できるんじゃない?」藤井が言った。
「実は…」中村が少し照れながら言った。「今回の大学祭で、『マンガの歴史と社会的影響』というポスター発表を準備しています。教育学的視点から見たマンガの可能性についても触れる予定です」
「それすごくいいね!」佐伯が拍手した。「学術的アプローチで説得力が増すぞ!」
「私はVtuberの魅力を伝えるブース作るよ!」藤井が宣言した。「推しのパネルと動画紹介、あとグッズ展示!」
「私のガンプラ展示も準備は順調だ」高橋が言った。「特に組み立て工程の解説に力を入れている」
松田はレトロゲームコーナーのための機材リストをスマホで見せた。
「よし、じゃあそろそろ具体的なレイアウトと当日のシフトを考えようか」佐伯が提案した。「大学祭まであと一ヶ月もないしな」
「あの」中村が静かに言った。「実は…先日、京都アニメーションの事件がありましたよね」
部室が静まり返った。7月に起きた京都アニメーション放火事件は、アニメファンに大きな衝撃を与えていた。
「何か…僕たちにできることはないでしょうか」中村は言葉を選びながら続けた。
「そうだね…」佐伯も真剣な表情になった。「確かに何かしたいよな」
「募金活動とか?」小野寺が提案した。
「それもいいけど、サブカル部らしい形で何かできないかな」佐伯が考え込んだ。
「作品上映会はどうだろう」高橋が言った。「京アニ作品の素晴らしさを多くの人に知ってもらう機会に」
「それいいね!」佐伯の顔が明るくなった。「大学祭で一角を設けて、代表作の上映と解説を…」
「私、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のコスプレ持ってる」藤井が言った。「着ていくよ」
「私は解説パネルを作れます」山田が申し出た。「作品の芸術性や文学的価値について」
「私も手伝います」中村も加わった。「スタジオの歴史や功績について調べておきます」
「じゃあ決まりだな!」佐伯が力強く言った。「大学祭のマニフェスの中に、特別コーナーとして京アニ作品特集を設ける。そこで募金活動もしよう」
「佐伯らしいや」高橋が小さく微笑んだ。「こういうところは見上げたもんだ」
「何言ってんだよ」佐伯は照れくさそうに言った。「当然じゃん。好きなものを守るのは、オタクの務めだろ」
「まったく」小野寺が頷いた。「そのためにオタクやってるようなもんだしね」
「さて」佐伯が話題を戻した。「他に夏休みの報告はある?」
「あっ、そういえば!」小野寺が突然思い出したように言った。「皆、知ってる?10月から『鬼滅の刃』っていうアニメがすごいことになってるって」
「うん、知ってる」藤井が頷いた。「私も『鬼滅』グッズ集め始めたよ。人気出そうだよね」
「19話が特に素晴らしいらしいですね」山田が言った。「作画が…」
「えっ」高橋が突然顔色を変えた。「19話って…まさか、佐伯のタイムスリップ?」
「あ…」山田が混乱した様子で言った。「ネットで噂になっていて…」
「確かに、神回って話はあるみたいだね。」佐伯は急いで話題を変えた。「俺も原作読んでるけど、これからの展開は熱いぞ!」
「佐伯、過去の発言を忘れたかっ!」高橋がからかった。
「間違っただけだって!」佐伯が必死に否定した。
部室に笑い声が広がる。九月の柔らかな日差しの中、夏の疲れも癒えて、サブカル部の新学期が始まっていた。
「あ、そろそろ授業の時間だ」佐伯が時計を見て言った。「今日はこの辺で。次回は大学祭の詳細計画を立てようか」
「了解!」
七人は思い思いにカバンを手に取り、部室を後にした。廊下で別れる前、佐伯が皆に声をかけた。
「あ、それと…」佐伯が少し照れくさそうに言った。「皆の夏休み、充実してたみたいで良かった。これからもサブカル部で楽しい思い出作っていこうな」
「もちろん!」小野寺が明るく答えた。
七人はそれぞれの教室へと向かった。キャンパスには秋の風が吹き始めていた。