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第4話「七夕・前期終了直前の部室夜話」(2019年7月)

七月七日。夜の部室に七人の姿があった。窓の外には満天の星。天の川もかすかに見える、珍しく晴れた七夕の夜だった。


「まさか全員揃うとは思わなかった」佐伯が感慨深げに言った。「皆、前期試験の勉強は大丈夫なの?」


「諦めた」松田の即答に、全員が苦笑した。


「ていうか、なんで七夕に部室に集まってるの?」藤井がスマホを見ながら尋ねた。「みんな暇人?」


「正直、そうだな」高橋が認める。「部室以外に行く場所がない」


「もっと率直に言えば、友達がいない」小野寺がポテチを口に運びながら言った。


「小野寺さん、そんな現実的なこと言わなくていいのに…」山田が思わずフォローする。


「いやいや、それが俺たちのリアルだよ」佐伯が笑う。「でも、悪いことじゃないと思うんだよな。自分の好きなことに打ち込める仲間がいるって」


「何か急に青春してますね」藤井がからかう。


「私は…」中村が静かに口を開いた。「実は短冊、書いてきました」


「おぉ!」佐伯が目を丸くした。「マジで?」


中村は鞄から折り畳まれた短冊を取り出した。「七夕の風習は古代中国の『乞巧奠』と日本の棚機つ女の伝説が融合したものですが…あっ、すみません」また知識を披露しかけて、自分で止めた。


「いや、いいよ!続けて!」佐伯が促す。


「いえ…」中村は短冊を差し出した。「お願い事、書いてきたんです」


「へえ、何て書いたの?」藤井が身を乗り出す。


「それは…」中村が赤面する。「内緒です」


「もしかして、恋愛系?」小野寺が急に食い気味で聞いた。


「え?いや、その…」中村が慌てる。


「萌えキャラのフィギュア化とか?」高橋が推測する。


「それもなくはないですが…」中村はますます困った様子になる。


「もう、いじめないの」山田が助け舟を出した。「願い事は秘密にしておいた方が叶うって言いますよ」


「そうだな」佐伯が同意する。「俺も毎年書いてるけど、内緒だ」


「佐伯がお願い事?」高橋が眉を上げた。「まさか"俺の推しがアニメ化されますように"とか?」


「違うっての!」佐伯が笑った。「まあ、それもあるけど」


部室の明かりを少し暗くして、皆でペットボトルのお茶やジュースを飲みながら談笑していると、どこか特別な空気が流れていた。


「そういえば」藤井がスマホを置き、珍しく真面目な顔をした。「皆はどうして大学でヲタクやってるの?高校までと違って、隠さなくてもいいよね」


小さな沈黙が流れた。


「面白い質問だな」佐伯が考え込む。「そうだな…俺は好きなものを素直に好きでいられる場所が欲しかったんだと思う」


「わかる」小野寺がうなずいた。「私も同人活動してることを隠さなくていい場所が欲しかった」


「俺は…」高橋が珍しく言葉を選ぶように話し始めた。「考察を共有できる相手が欲しかったんだと思う。一般の人には長すぎて引かれるから」


それを聞いて、全員が小さく笑った。高橋の考察の長さは伝説だった。


「松田は?」佐伯が振った。


「…居場所」松田は短く答えた。意外な言葉に、全員が少し驚いた。


「藤井は?」佐伯が尋ねる。「そもそも聞いた本人だけど」


「私はねー」藤井が考える。「普通に楽しそうだったから!オープンキャンパスでサブカル部の出し物見て、面白そうだなって」


「シンプルだな」佐伯が笑った。


「私は…」中村が静かに言った。「実は、佐伯さんの勧誘を聞いて入ろうと思ったんです」


「えっ?」佐伯が驚いた。「俺の?」


「はい」中村がうなずく。「入学式の後の勧誘で、佐伯さんがすごく楽しそうに話していて…自分の好きなものを素直に話せる場所があるんだと思って」


「そうだったんだ」佐伯は少し照れた様子で頭をかいた。「嬉しいな、それ」


「山田さんは?」小野寺が尋ねた。


山田はコップを両手で包むようにして持ち、少し考えてから話し始めた。「私は…創作について語り合える場所が欲しかったんです。あと、浪人してたので、同級生より年上だということを気にしなくていい場所も」


「なるほどね」佐伯がうなずいた。「やっぱり皆、それぞれの理由があるんだな」


星空の下、七人は少しずつ本音を語り始めた。部室の壁に貼られたアニメのポスターが見守る中、普段は口にしない話も出てきた。


「私、実は高校時代いじめられてたんだよね」小野寺が突然言った。「オタクってバレたから」


「え、そうだったの?」藤井が驚いた顔で振り向いた。


「うん。だから大学では隠そうと思ったんだけど」小野寺は笑った。「でも、サブカル部見つけて、そのまま入っちゃった」


「俺は逆に」高橋が眼鏡を直しながら言った。「高校では理系クラスだったから、むしろ周りもそういう趣味の奴が多くて。大学でも自然とその流れでオタク仲間を探してた」


「私の高校はオタク禁止みたいな雰囲気だった」藤井が言った。「だからすごく隠してた。でも今は全然隠してないよね。インスタにもアニメアイコン使ってるし」


「時代が変わったよな」佐伯が感慨深げに言った。「昔はもっとオタクって肩身が狭かったけど、今は普通じゃん」


「いや、まだ偏見はあるぞ」高橋が反論した。「就活とかだと隠す人も多いし」


「確かに…」佐伯も認めた。「俺も就活では言わないかな」


「佐伯さんって何になりたいんですか?」中村が質問した。


「出版社の編集者かな」佐伯が答えた。「できればアニメ雑誌とか」


「すごく佐伯さんらしいです」山田が微笑んだ。


「山田さんは?」佐伯が聞き返した。


「私は…小説家になりたいです」山田が少し恥ずかしそうに答えた。「無謀かもしれませんが」


「いいじゃん!」佐伯が応援するように言った。「文学部だし、向いてると思うよ」


「小野寺さんもだよね?」藤井が言った。「クリエイター志望」


「うん」小野寺がうなずいた。「イラストレーターになりたい。今は同人活動だけど、いつか商業デビューしたいな」


「私はエンタメ系の企業に就職したい」藤井が言った。「アイドルのマネージャーとかプロデューサーとか」


「松田は?」佐伯が尋ねた。


「SE」松田の返事はいつも通り短かった。


「システムエンジニアか」高橋がうなずく。「俺は大学院進学予定。できれば研究職に」


「中村くんは?」佐伯が最後に尋ねた。


「教師…になれたらいいなと」中村は静かに答えた。「マンガの教育的価値について研究したいんです」


「おー、いいね!」佐伯が目を輝かせた。「将来、学校の授業でマンガが教材になるかもな」


「実は既に一部では…」中村がまた知識を披露しかけて、自分で止めた。


「ほら、また言いかけて止めた」藤井が笑った。「中村くん、遠慮しないでいいんだよ」


「そうそう」佐伯も同意した。「ここは知識をシェアする場所だから。どんどん言ってくれていいんだぞ」


中村は照れくさそうに微笑んだ。


「…星がきれいですね」中村が窓の外を見上げた。


全員が窓の外の夜空を見上げる。夏の大三角形がくっきりと見え、天の川が淡く流れていた。


「じゃあ、みんなで短冊書こうか」佐伯が立ち上がり、鞄から折り畳まれた色とりどりの短冊と筆ペンを取り出した。「実は用意してたんだ」


「マジか!」藤井が笑った。「佐伯さん、意外と用意周到」


「部長ですから」佐伯はちょっと誇らしげに言った。


七人はそれぞれ短冊を手に取り、思い思いの願い事を書き始めた。部室の中は静かになり、筆ペンが紙をなぞる音だけが聞こえる。


書き終わった短冊は、佐伯が窓際に用意した小さな笹に結び付けられた。


「よし、これで願いが叶うぞ!」佐伯が満足そうに言った。


「確率論的に考えると、叶う可能性は…」高橋が言いかけたが、小野寺に肘で軽く突かれて黙った。


「夢を壊すようなこと言わないでよ」小野寺が笑いながら注意した。


「そういえば」藤井が言った。「皆、明日何してる?七夕祭り行かない?」


「あ、私行きたい!」小野寺が手を挙げた。「浴衣着るつもり」


「浴衣いいなー」山田が言った。「私も持ってるけど、一人で着るのは難しくて…」


「手伝おうか?」小野寺が提案した。「一緒に着付けしよう」


「本当ですか?」山田の顔が明るくなった。


「俺もついていくよ」佐伯が言った。「高橋も来るだろ?」


「まあ、前期試験の後だし」高橋も渋々同意した。


「松田は?」佐伯が聞いた。


松田はゲームから目を離さず、小さく頷いた。


「中村くんも?」藤井が尋ねた。


「はい、もちろん」中村は嬉しそうに答えた。


「よーし、決まり!」佐伯が拍手した。「明日の夕方6時に駅前集合な」


窓の外の星空の下、七人の短冊が小さな笹に揺れていた。それぞれの願い事は秘密だが、どこか共通しているものがあるようにも思えた。


「あと」佐伯が突然思い出したように言った。「前期試験終わったら、夏コミの準備も始めないとな」


「あー」小野寺が頭を抱えた。「言わないでよ、それ」


「現実逃避してたのに」藤井も笑った。


部室の時計は午後11時を指していた。七夕の夜、七人のヲタクたちは、普段は口にしない本音と将来の夢を語り合った。彼らの絆は、七月の星空の下で、少し深まったように思えた。

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