第3話「大学祭の出し物企画会議」(2019年6月)
梅雨の季節、じめじめとした空気が部室にも染み込んでいた。エアコンは故障したまま。窓を開けても湿気だけが入り込み、部屋の隅では除湿機がうなりを上げている。
「ということで、今日は大学祭の出し物について話し合おう!」
佐伯が元気よく宣言したが、蒸し暑さで全員の反応は鈍かった。
「まだ6月だぞ」高橋が汗を拭きながら言った。「大学祭は10月だろう」
「準備は早めにしないとね」佐伯は揺るがない。「去年は準備不足で大変だったじゃん」
「あー、そうだったね」小野寺が扇子を仰ぎながら同意した。「当日朝まで同人誌印刷してたよね」
藤井がスマホから顔を上げた。「私、今年は盛り上がる企画がいいな~。去年の同人誌即売会は微妙に客層が合わなかったし」
「俺、コスプレ喫茶はどうかと思ってるんだよね」佐伯が話を続けた。「隣の文芸部はいつも朗読会だし、演劇部は劇をやるし。俺たちも何かパッと目を引くものを」
「コスプレ?」松田が珍しく反応を示した。「俺はやらない」
「当然だ」高橋が頷いた。「客として眺める側に回る」
「ちょっと!」小野寺が膨れた。「じゃあ誰がやるのよ?」
「女子部員三人っていう現実を考えろよ」高橋が言い放った。「お前らの負担が大きすぎる」
「それもそうか…」佐伯が頭をかく。「佐々木さんと伊藤くんは準レギュラーだから頼れないしな」
中村が静かに手を挙げた。「実は…コスプレの歴史について少し調べたことがあるのですが」
全員の視線が中村に集まった。
「おっ、中村くん!」佐伯が興味津々で身を乗り出す。「何か知識あるの?」
「はい」中村はメガネを直しながら小さな声で続けた。「コスプレ文化はアメリカのSFコンベンションから始まり、日本では1980年代からコミケを中心に広まったとされています。初期は既存キャラクターの模倣が中心でしたが、次第に…」
「おいおい」高橋が手を上げた。「歴史講座は求めてない。実用的な話をしろ」
「あっ、すみません」中村は恥ずかしそうに言葉を切った。
「いやいや、その知識、すごいね!」佐伯がフォローする。「でも確かに今は企画を考えるときだから」
中村はうなずいて黙り込んだ。
「そもそも論として」山田が冷静に言った。「大学祭でサブカル部として何をアピールしたいのかを考えるべきでは?私たちの部活動の魅力とは何でしょうか」
「おっ」佐伯が目を見開いた。「さすが文学部、考え方が根本的だね」
「サブカル部の魅力…」高橋が腕を組んだ。「多様性と専門性のバランスか」
「それ、言葉だけじゃん」藤井が指摘した。「見える形にしないと」
小野寺が突然手を叩いた。「あ!そうだ!サブカル総合展示会はどう?各自の専門分野を小さなブースに分けて展示するの。マンガ、アニメ、ゲーム、アイドル、ラノベみたいな感じ」
「おー!」佐伯が目を輝かせた。「それいいね!皆の持ち物を展示するだけでも相当な量になりそう」
「私の推しグッズコレクション展示しちゃおっかなー」藤井がスマホを置いた。
「それは…ただの自慢になりませんか?」山田が遠慮がちに言った。
「いやいや、それもサブカルの一面だよ!」佐伯が言う。「どんな形であれ、自分の好きなものを深く愛する。それがサブカル部の本質じゃないか」
「熱いな」松田が小さく呟いた。
「でも実現性の観点からすると」高橋が眼鏡を直した。「毎回何かを企画しては頓挫するのがこの部の伝統だぞ」
「今年は違うよ!」佐伯が力強く言った。「中村くんと山田さんも加わって、戦力アップしたじゃん!」
「あの…」中村が恐る恐る口を開いた。「もし良ければ、私がマンガの歴史的価値についての解説パネルを作れますが…」
「おお!それはいい!」佐伯が喜んだ。「まさに教育学部らしいね」
「実は」山田も静かに提案した。「私は創作論についての小冊子を作ることができます。ラノベやファンタジー小説の魅力を伝える内容で」
「これはますますいいぞ!」佐伯がテーブルを叩いた。「個性が出てる!」
「じゃあ私はアイドルの魅力ボードとミニライブの映像上映やる!」藤井が手を挙げた。
「私は同人誌即売コーナー担当する〜」小野寺が言った。「新刊作るし、委託も募るよ」
「松田」佐伯が振り向く。「ゲームコーナーとか作れる?」
「レトロゲーム展示なら」松田が考え込む。「持ってるファミコンとスーファミ出せる」
「おっ!」佐伯の目が輝いた。「それもいいな!若い子たちにレトロゲームの魅力を伝えるんだ」
「佐伯は相変わらず伝道師だな」高橋が小さく笑った。
「高橋は?」佐伯が尋ねた。
「俺はロボットアニメとガンプラの技術進化についての考察展示をする」高橋が即答した。「プラモの組み立て工程の展示と解説パネルも用意する」
「マニアックだけど、それもいいね!」佐伯がうなずく。「俺は…そうだな、90年代から00年代のアニメ史年表と名場面集を作るよ。これぞ文化だからね!」
「あの…」突然、中村が小さな声で言った。「予算はどうするんですか?」
部室が静まり返った。
「あっ」佐伯が固まる。「そういえば部費申請…」
「先月出したじゃん」小野寺が安心させた。「でも金額は5万円だけだから、やりくりが必要かも」
「5万か…」佐伯が計算する。「パネル代、印刷代、備品代…うーん、厳しいな」
「クラウドファンディングとかは?」藤井が提案した。
「それはハードル高いだろう」高橋が却下した。「誰がプロジェクト設計するんだ?」
「バイトするしかないのかな…」佐伯がため息をついた。
山田が静かに言った。「各自が自分の担当分は自腹で、共通経費だけ部費から出すというのはどうでしょう?」
「それだと負担に差が出るぞ」高橋が指摘した。
「でも現実的かも」小野寺が考え込む。「私は同人誌は自分の活動の一環だし、自腹でもいいかな」
「じゃあ、皆の予算案を詰めよう」佐伯が決めた。「各自、次回までに必要な予算と内容を書いてきて。それを見て調整する」
「あと場所」松田が言った。「教室借りる?」
「そうだね」佐伯がうなずく。「それも申請しないと。山田さん、文章得意なんだよね?申請書類の文面考えてくれない?」
「わかりました」山田が快諾した。「論理的で説得力のある文章を心がけます」
「よーし、これで方向性は決まったぞ!」佐伯が立ち上がった。「次回は各自の企画詳細を持ち寄って!皆、頑張ろう!」
部室の窓の外では雨が降り始めていた。梅雨空の下、七人のヲタクたちは、それぞれの専門分野を活かした出し物を思い描いていた。
「あっ、あと」佐伯が追加した。「大学祭当日までに新しいタイトルも考えようか。『サブカル総合展示会』だとちょっと地味かな?」
「『ヲタクワンダーランド』とか?」小野寺が提案した。
「それだとちょっとキャッチーすぎるような…」山田が控えめに言った。
「『マニアフェスタ』は?」中村が静かに提案した。
「おっ、それいいね!」佐伯が拍手した。「洋風で格好いい!」
「略したら『マニフェス』か」高橋が言った。「悪くないな」
「決まりー!」佐伯が宣言した。「県立東陽大学サブカル部、第一回マニフェス開催決定!」
「その調子で進んだら、案外成功するかもな」高橋が珍しく前向きなことを言った。
外の雨は激しさを増していたが、部室の中には、大学祭への期待と希望の光が灯り始めていた。これは彼らの青春の物語の、まだ序章に過ぎなかった。




