第12話(後編)「新部長選出と別れの春」(2020年3月)
佐伯は感極まって言葉に詰まったが、やがて心を落ち着けると、立ち上がった。
「皆、本当にありがとう」彼の声は少し震えていた。「こんな素敵な送別会を開いてくれて…俺、本当に幸せ者だな」
佐伯は一息つき、七人全員の顔を見回した。
「実は俺、サブカル部を作った時は、こんなに続くとは思ってなかったんだ。単に好きなアニメや漫画について熱く語れる仲間が欲しかっただけ。でも、皆が入ってくれて、それぞれの個性と情熱を持ち寄ってくれたおかげで、こんなに素晴らしい場所になった」
佐伯はポケットからハンカチを取り出し、目元を拭った。
「高橋、一年の時から付き合ってくれてありがとう。お前がいなかったら、俺一人じゃきっと挫折してた。小野寺、その創作への情熱、これからも忘れないでくれ。藤井、その明るさでこれからもサブカル部を照らしてほしい。松田、無口だけど、いつも確実にみんなを支えてくれてありがとう」
佐伯は一旦言葉を切り、最後に新入部員だった二人を見た。
「中村、山田、二人とも入ってくれて本当に良かった。これからのサブカル部を支えていってくれ。そして…」
佐伯は満面の笑みで締めくくった。
「これからも皆で、好きなものを好きだと言える場所として、サブカル部を続けていってほしい。だって、これは文化だからね!」
「文化だー!」全員が笑いながら応じた。
高橋がグラスを持ち上げた。「佐伯直人、サブカル部創設者兼初代部長、大いに感謝する。乾杯!」
「かんぱーい!」
七人の笑顔と涙が入り混じる、温かな送別会は続いていった。
***
2時間後、送別会もお開きとなり、七人は夜の街を歩いていた。
「皆、本当に今日はありがとう」佐伯が改めて感謝を口にした。「一生の思い出になった」
「私たちこそ、佐伯さんに感謝したいよ」小野寺が言った。
「そうですね」中村もうなずいた。「佐伯さんがいなかったら、僕たちはここにいなかった」
佐伯は少し照れて頭をかいた。「そんな大げさな…」
街の明かりが七人の影を伸ばす。やがて交差点で、それぞれの帰り道が分かれる時が来た。
「じゃあ、ここで解散かな」佐伯が言った。「また明日、部室で会おう」
「はい」全員がうなずいた。
「佐伯」高橋が声をかけた。「卒業式にも皆で行くからな」
「ああ、ありがとう」佐伯が笑顔で答えた。
七人はそれぞれの道へと別れていった。佐伯は振り返り、彼らの後ろ姿を見送った。春の夜風が彼の頬を撫でる。
「サブカル部…本当にありがとう」
***
卒業式の翌日。桜が満開の季節、サブカル部の部室には六人の姿があった。
「では、改めて」高橋が声を上げた。「サブカル部第一回新体制会議を始める」
全員が緊張した面持ちで彼を見つめる。佐伯がいない部室は、どこか広く感じられた。
「まず、佐伯から正式に部長職を引き継いだことを報告する」高橋が真面目な表情で言った。「そして、副部長を決めたい」
「私は小野寺さんを推薦します」山田が静かに言った。「創作活動の経験も豊富ですし、部の運営にも詳しいので」
「同意見です」中村も賛同した。
「私も賛成!」藤井が手を挙げた。
「松田は?」高橋が尋ねた。
松田は小さく頷いた。
「では満場一致で、小野寺美咲を副部長に任命する」高橋が宣言した。
「えっ、私?」小野寺が驚いた様子。「でも…頑張ります!」
「次に、今年度の活動方針を決めたい」高橋が続けた。「基本的には佐伯の路線を継続するが、何か新しい提案はあるか?」
「あの…」中村が静かに手を挙げた。「サブカル部の活動を少し学術的な方向にも広げられないでしょうか?例えば、マンガ研究会との合同企画とか…」
「それはいいアイデアだ」高橋がうなずいた。「他には?」
「私は創作ワークショップを提案します」山田が言った。「小説や漫画の創作に興味のある人向けに」
「SNSでの発信も強化したいな」藤井が加わった。「サブカル部の活動を外部にもっとアピールして、新入部員を増やせれば」
「松田は?」高橋が尋ねた。
「技術部門の強化」松田が短く言った。「ゲーム制作やデジタル作品も」
「なるほど」高橋がうなずきながらメモを取った。「いずれも良い提案だ。これらを踏まえて、新年度の活動計画を練ろう」
「でも…」小野寺が少し寂しそうに言った。「佐伯さんがいないと、なんか変な感じだね」
「そうだな」高橋も同意した。「だが、彼の"文化"は確かに俺たちに引き継がれている。それを忘れずにいよう」
「そうですね」中村も目を輝かせた。「佐伯さんの情熱を引き継いで、もっとサブカル部を発展させましょう」
「うん!」藤井も元気よく言った。「佐伯さんが見ていても誇れるサブカル部にしようよ!」
窓の外では、桜の花びらが風に舞っていた。別れの季節であり、新しい始まりの季節でもある。
「よし、じゃあ次の議題」高橋が話を進めた。「新入部員勧誘の計画だ」
***
東京のとある出版社。新入社員研修が行われていた。
「佐伯くん、自己紹介をどうぞ」
先輩社員に促され、佐伯は立ち上がった。
「はい。文学部日本文学科を卒業した佐伯直人です。大学ではサブカル研究会という部活に所属していました。アニメや漫画など、日本の現代文化に強い関心があります。どうぞよろしくお願いします」
「サブカル研究…なるほど」先輩社員がうなずいた。「うちは文芸出版がメインだけど、最近は様々なジャンルに挑戦しているから、そういう知識も役立つかもしれないね」
「はい!」佐伯は目を輝かせた。「頑張ります!」
研修後、佐伯は会社近くのカフェで一息ついていた。スマホを取り出すと、サブカル部のグループLINEに新しいメッセージがあった。
『高橋です。新体制での最初の部会を開催しました。皆から様々な提案があり、新年度の活動計画が具体化しつつあります。佐伯、社会人生活はどうですか?』
佐伯は微笑みながら返信を打った。
『皆、お疲れ様!社会人、まだ研修中だけど、なかなか新鮮だよ。サブカル部の新体制、楽しみにしてる。頑張れ!』
送信ボタンを押した後、佐伯はふと窓の外を見た。桜の花びらが舞う東京の街。新しい人生の幕開けだ。
「これも一つの文化だよな」佐伯はつぶやいた。
スマホが振動し、また新しいメッセージが届いた。画面を見ると、サブカル部全員からの写真だった。部室での集合写真。皆が笑顔で、中央に置かれたノートPCには、オンラインでつないだ時の佐伯の顔のスクリーンショットが映っている。メッセージには『いつでも部室に戻ってきてね!』と書かれていた。
佐伯の目に、またしても涙が浮かんだ。
***
春の終わり、新学期が始まろうとしていた頃。サブカル部の部室には、見知らぬ顔が現れていた。
「あの…サブカル部ですか?」
ドアから覗き込んだのは、新入生らしき二人の学生。一人は眼鏡をかけた女子学生、もう一人は緊張した様子の男子学生。
「ああ、そうだ」高橋が立ち上がった。「入部希望か?」
「はい!」女子学生が元気よく答えた。「BLマンガが好きで、同人活動もしています!」
「私は…ゲーム実況が趣味です」男子学生が少し緊張した様子で言った。
「おー、いらっしゃい!」小野寺が満面の笑みで迎えた。「私も同人活動してるよ!」
「ゲーム実況?」松田が珍しく反応を示した。「配信環境は?」
二人の新入生は驚きながらも、徐々に緊張をほぐしていった。
「さあ、中に入って」藤井が明るく言った。「今日は新入生歓迎会だよ!」
「皆、自己紹介を」高橋が促した。「俺は高橋誠。理工学部情報科学科4年で、サブカル部の部長だ」
「小野寺美咲、文学部芸術学科4年、副部長やってます!」
「藤井さくら、経済学部経営学科3年です!アイドル大好き!」
「松田健太。工学部電子工学科3年」
「中村航、教育学部1年…いや、今は2年ですね。マンガ研究をしています」
「山田葵、文学部国際文学科2年です。創作活動をしています」
「よろしくお願いします!」新入生二人が深く頭を下げた。
「さて」高橋がホワイトボードを指さした。「サブカル部の年間活動計画を説明しよう。春アニメ鑑賞会、同人誌製作、夏コミ参加、大学祭出展…」
部室に新たな風が吹き始めていた。窓の外では、桜の花びらが舞い散り、新緑の季節の訪れを告げていた。サブカル部の新たな一年が、静かに、そして確かに始まろうとしていた。
佐伯が大切に育てた「文化」は、確かに引き継がれ、これからも成長していくだろう。
***
エピローグ - 4年後
『2024マニフェス、大盛況のうちに終了!来場者数過去最高を記録』
卒業して4年が経った佐伯は、スマホに表示された記事を見て微笑んだ。県立東陽大学サブカル部の公式サイトからの引用だ。今ではすっかり大学の名物イベントとして定着したらしい。
「佐伯さん、原稿チェックお願いします」
同僚の声に、佐伯は我に返った。今や彼は文芸出版社の中堅編集者として、様々な本の出版に関わっている。
「ありがとう、見てみるよ」
原稿に目を通しながらも、佐伯の心は少し遠くを見ていた。サブカル部の創設から8年。当時のメンバーは既に全員卒業し、今は知らない顔ぶれが部を支えている。
佐伯のスマホが鳴った。
『同窓会の案内』
送信者は高橋だった。今では大学院を出て研究所に就職している彼からのメッセージだ。
『サブカル部OB会、来月開催します。初代メンバー全員に連絡済み。場所は例のアニメカフェ。全員参加可能とのこと。久しぶりに「文化」について語り合おう』
佐伯は思わず笑みがこぼれた。皆、それぞれの道を歩みながらも、あの頃の絆は今も続いているのだ。
「文化か…」佐伯はつぶやいた。「あの頃の俺、よく言ってたな」
彼の机の上には、小さな額縁に入った写真があった。サブカル部の送別会で撮った最後の集合写真。七人全員の笑顔が、今も変わらず輝いている。
サブカル部という小さな空間で育まれた「文化」は、確かに彼らの人生に刻まれ、そして今も新しい世代に引き継がれていた。
(おわり)




