第12話(前編)「卒業する佐伯への送別会」(2020年3月)
三月中旬、桜のつぼみがほころび始めた季節。キャンパスには卒業を間近に控えた学生たちの姿が目立ち始めていた。サブカル部の部室も、いつもと少し違う空気に包まれていた。
「本日のサブカル部臨時総会を始めます」
高橋が真面目な表情で宣言した。佐伯の姿はない。テーブルを囲んだ六人はいつになく緊張した面持ちだった。
「まず、確認だが」高橋が眼鏡を直した。「佐伯には内緒でいいな?」
全員が頷いた。
「予定通り、明日の送別会の最終確認をする」高橋が続けた。「小野寺、場所の予約は?」
「バッチリ!」小野寺が元気よく答えた。「キャンパス近くの『アニON』、18時から二時間押さえてある。飲み放題付き!」
「アニメカフェか」高橋がうなずいた。「良い選択だな」
「プレゼントは?」小野寺が次の議題に移った。
「私のイラスト、完成したよ」小野寺が鞄から取り出した。七人全員のイラストが描かれたフレーム入りの色紙だ。
「私の方も」山田が静かに言った。「皆さんから集めたメッセージと写真で、小さなアルバムを作りました」
「私は佐伯さんの推しアニメキャラのアクリルスタンド」藤井が見せた。「レアものだよ!」
「俺は…」松田が箱を取り出した。「レトロゲーム機のミニチュア」
「私は…」中村が小さな冊子を見せた。「『サブカル部の一年史〜佐伯部長の思い出〜』という小冊子を作ってみました」
「俺はこれだ」高橋が最後に出した。「佐伯と俺が一年の時に撮った写真と、最近の部の写真をフォトフレームに」
「すごい!」小野寺が感動した声を上げた。「みんな、素敵なプレゼント」
「では、次に当日の流れを確認する」高橋が紙を広げた。「明日17時半、佐伯を部室に呼び出す。藤井が担当だ」
「了解!」藤井が手を挙げた。
「同時刻、全員で会場に移動。18時から宴会開始」高橋が続けた。「サプライズはタイミングが重要だ。間違いないように。各自、スピーチの準備はいいか?」
全員がうなずいた。
「予算は一人3000円で大丈夫か?」高橋が確認した。
「オーケー」小野寺が答えた。「プレゼント代も含めてね」
「学生には厳しいかもしれないが…」高橋が中村と山田を見た。
「大丈夫です」二人は同時に答えた。
「じゃあ、これで最終確認を終わる」高橋が締めくくった。「明日は15時集合で準備開始だ」
「はーい」全員が返事をした。
「あの…」中村が静かに口を開いた。「皆さん、佐伯さんがいなくなると思うと…どう感じますか?」
部室が静まり返った。
「寂しいよね」小野寺が率直に言った。「佐伯さんがいなかったら、私たちはここで出会ってなかったかもしれない」
「そうだな」高橋も珍しく感傷的な声で言った。「あいつとは入学してすぐに知り合って…もう4年になる」
「私は佐伯さんの勧誘がなかったら、ここにいなかった」中村も静かに言った。
「私も…」山田が加わった。「一人だったかもしれません」
「佐伯さんってさ」藤井が考え込むように言った。「なんでこんなに人を惹きつけるんだろう」
「自分の好きなものを素直に好きだから」高橋が答えた。「それだけのことなんだが…不思議と人が集まってくる」
「あとは…」小野寺が微笑んだ。「人の好きなものも尊重してくれるところかな」
「そうですね」山田も穏やかに言った。「否定しないで、まず共感してくれる」
「文化」松田が突然言った。全員が彼を見た。
「文化…?」小野寺が首をかしげた。
「佐伯の口癖」松田が説明した。「『これは文化だからね』」
みんなが笑った。本当にいつも言っていた言葉だった。
「でも、本当にそうかもしれないね」小野寺が笑いながら言った。「私たちがここで集まって、それぞれの好きなものを語り合う。それって一種の文化だよね」
「佐伯はいなくなるが」高橋が真剣な顔で言った。「その"文化"は残る。それが彼の遺産だろう」
「格好良く言うねぇ」藤井がクスクス笑った。
「でも本当にそう」小野寺もうなずいた。「佐伯さんがいなくても、サブカル部は続くよ」
「僕もそう思います」中村も頷いた。「だからこそ、明日は思い切り感謝を伝えたいです」
「ですね」山田も笑顔になった。「明日は、楽しい送別会にしましょう」
「よし、じゃあ解散」高橋が立ち上がった。「明日15時、この部室に集合だ」
六人は部室を後にし、それぞれの準備のために散っていった。窓の外では、春の柔らかな風が桜のつぼみを揺らしていた。
***
翌日の午後5時30分。佐伯は藤井からのメッセージで部室に向かっていた。
「なんだろう?急に部室に来てほしいって」
佐伯はつぶやきながら部室のドアを開けた。
「おーい、藤井、何かあった?」
部室には誰もいなかった。テーブルの上には一枚の紙。「佐伯さんへ」と書かれている。
「え?」佐伯は首をかしげながら紙を手に取った。
『佐伯さん、急用ができました。『アニON』というお店で待ってます。18時に来てください。場所はここ↓』
地図が描かれていた。
「アニON?アニメカフェか…」佐伯は少し不思議に思いながらも、時計を見た。「まだ時間あるな…まあいいか」
佐伯は鞄を肩にかけ、指定された場所に向かうことにした。
***
18時ちょうど。佐伯はカフェの前に立っていた。
「ここかな…」
ドアを開けると、薄暗い店内。そして…
「サプライズ!!!」
突然の歓声と拍手。店内には"サブカル部卒業おめでとう!佐伯直人"という横断幕が飾られ、テーブルには料理やドリンク、そして六人の笑顔があった。
「えっ…」佐伯は言葉を失った。
「サブカル部、佐伯部長送別会、開催!」藤井が元気よく宣言した。
「みんな…」佐伯の目が潤んだ。「こんなことしてくれたのか」
「当然でしょ!」小野寺が笑った。「4年間お疲れ様!」
「さあ、こっちへ」高橋が佐伯の肩を叩いた。「主賓の席だ」
佐伯はまだ驚きと感動で言葉少なに、用意された席に座った。テーブルの上には料理と飲み物、そして小さなプレゼントの山。
「これ、全部…俺に?」
「そうだよ!」藤井が笑った。「皆からの感謝を込めて!」
「改めて」高橋がグラスを持ち上げた。「佐伯直人、卒業おめでとう。そして4年間、サブカル部を率いてくれてありがとう」
「かんぱーい!」
七人のグラスが空中で触れ合い、送別会が始まった。
***
料理を楽しみながら、それぞれの思い出話に花が咲く。
「覚えてる?佐伯さんが一年の時に、教授に向かって『このアニメは文化です』って熱弁振るったの」高橋が笑いながら言った。
「やめろよ、黒歴史だって!」佐伯が赤面した。
「いやいや、その熱意があったからこそ、サブカル部があるんでしょ?」小野寺が言った。
「そうそう」藤井もうなずいた。「佐伯さんのパッションは伝説だよ」
「お前らに笑われるために頑張ったわけじゃないぞ」佐伯が照れ隠しに言った。
皆が笑う。この温かな雰囲気、友人たちとの時間。佐伯は胸が熱くなるのを感じていた。
「あの」中村が静かに手を挙げた。「少し早いですが、プレゼントを渡してもいいですか?」
「いいよ、どうぞ」高橋が許可した。
六人がそれぞれ用意したプレゼントを佐伯に手渡していく。
「みんな…」佐伯はプレゼントの山を前に、感動で言葉に詰まった。「こんなに…ありがとう」
「まだだよ」小野寺が立ち上がった。「これからスピーチだから!」
「えっ」佐伯が驚いた。
「私から!」小野寺が少し緊張した様子で言い始めた。「佐伯さん、サブカル部に入って本当に良かったです。私、高校の時はオタク趣味を隠してたんだけど、大学で佐伯さんに出会って、堂々と好きなものを好きって言えるようになりました。同人活動も応援してくれて…本当にありがとう!」
小野寺の目には涙が光っていた。
「藤井です!」藤井が元気よく立ち上がった。「佐伯さん、いつも明るくてポジティブで、私たちを引っ張ってくれてありがとう!佐伯さんみたいな先輩がいて本当に良かったです。これからも応援してます!」
「松田…」松田が立ち上がった。普段無口な彼が、この日ばかりは少し長く話した。「佐伯、ありがとう。俺の趣味、誰よりも理解してくれた。就職しても、頑張れ」
「中村です」中村も立ち上がった。「佐伯さんの勧誘がなかったら、僕はサブカル部に入ってなかったと思います。佐伯さんのおかげで、自分の好きなことを研究する勇気をもらいました。本当にありがとうございました」
「山田です」山田も静かに立ち上がった。「佐伯さん、いつも温かく見守ってくれて、ありがとうございました。私は人見知りで、最初はなかなか馴染めなかったのですが、佐伯さんのおかげで自分の創作を発表する勇気が持てました。これからも佐伯さんの『これは文化だからね』という言葉を大切にします」
最後に高橋が立った。
「佐伯」高橋は珍しく感情をあらわにした声で言った。「4年間、ありがとう。お前がいなかったら、俺はこんなに充実した大学生活を送れなかっただろう。正直、最初はお前の熱さに辟易としていた。だが、その情熱こそがサブカル部の核心だったんだと今は分かる。俺は次期部長として、お前が築いた"文化"を絶対に守っていく」
「みんな…」佐伯の頬を涙が伝った。「ありがとう…」




