第11話「バレンタイン企画と冬コミ反省会」(2020年2月)
期末試験が終わり、キャンパスにはほっとした空気が流れていた。部室の壁にはハート型の飾りがいくつか貼られ、テーブルの上には色とりどりのチョコレートの箱が並んでいる。
「さあ、サブカル部バレンタイン企画兼冬コミ反省会、始めるよー!」
小野寺が元気よく宣言した。他の部員たちも一斉に拍手で応じる。
「まずは試験お疲れ様!」佐伯が言った。「皆、どうだった?」
「まあまあかな」小野寺が肩をすくめた。「美術史は案外いけたと思う」
「私も意外とイケた!」藤井が嬉しそうに言った。「高橋くんに教えてもらった公式、全部役に立ったよ」
「よかった」高橋がうなずいた。「俺も終わった。院試の準備もできそうだ」
「松田は?」佐伯が尋ねた。
「プログラミング実技、満点」松田が珍しく自信ありげに言った。「座学も…合格点」
「中村くんは?」小野寺が振った。
「はい、無事に終えました」中村は控えめに答えた。「山田さんのおかげで文学理論の問題もよくできました」
「いえ、私は大したことはしていません」山田は照れくさそうに言った。「皆さんのおかげで私も乗り切れました」
「佐伯さんの卒論は?」小野寺が心配そうに尋ねた。
「なんとか提出したよ!」佐伯が胸をなでおろした。「『アニメにおける日本文化の表象』というテーマで80ページ書いた」
「すごい!」中村が目を輝かせた。「ぜひ読ませてください」
「もちろん」佐伯が嬉しそうに言った。「製本したら渡すよ」
「さて」小野寺が話題を変えた。「今日はバレンタイン企画もあるんだよね」
「そうそう」藤井がテーブルの上のチョコレートを指さした。「皆にチョコ配るよ!義理だけどね」
「わー、ありがとう」佐伯が笑った。
「私も一応…」山田が鞄から小さな包みを取り出した。「手作りクッキーなんですが…」
「マジで!?」小野寺が目を輝かせた。「山田ちゃん、お菓子作れるの?」
「少しだけ…」山田は恥ずかしそうに言った。
「私も!」小野寺も自分の分を出した。「サブカル部特製チョコってことで!」
「俺からは…」松田が静かに紙袋を出した。「ホワイトデーの早期返し」
「え?」全員が驚いた。
袋の中からは「GAME Club」と書かれたキーホルダーが七つ出てきた。
「松田くん…」小野寺が感動した様子で言った。「手作り?」
松田は小さく頷いた。
「中村くんからは?」藤井が尋ねた。
「あ、はい」中村が鞄からノートを取り出した。「皆さんの似顔絵イラストを描いてみたんですが…」
「絵も描けるの!?」藤井が驚いた。
「少しだけ」中村は照れくさそうに言った。「子供向けの教育漫画風に…」
ノートには七人のデフォルメされた似顔絵が描かれていた。それぞれの特徴がうまく捉えられている。
「これすごい!」小野寺が感心した。「私もこんな風に描けるようになりたい」
「俺からは…」高橋も小さな箱を出した。「オリジナルキャラクターのミニガチャガチャフィギュア」
「高橋くん、フィギュア作れるの?」小野寺が驚いた。
「ガンプラの技術応用した」高橋が簡潔に言った。
「俺は…」佐伯も鞄から取り出した。「皆の推し作品の限定ストラップ。それぞれ好みに合わせて集めたんだ」
「わー、『鬼滅の刃』の!」藤井が喜んだ。
「ほら、バレンタインってチョコだけじゃなくて」小野寺が笑った。「こうやって気持ちを伝え合う日だよね」
「そうだね」佐伯も嬉しそうに言った。「さあ、じゃあ次の議題。冬コミの反省会をしよう」
「そうだった」小野寺がうなずいた。
「冬コミ、皆参加できた?」佐伯が尋ねた。
「私はもちろん!」小野寺が手を挙げた。「新刊も無事に完売したよ」
「私も行ったよ」藤井も元気よく答えた。「今回はコスプレしなかったけど」
「中村くんと山田さんは?」佐伯が尋ねた。
「はい」中村がうなずいた。「初めて自分でも出展してみました」
「え?」佐伯が驚いた。「それ聞いてなかった!何出したの?」
「あの…」中村が恥ずかしそうに言った。「『マンガで学ぶ文学史』という小冊子を…」
「すごい!」佐伯が目を見開いた。「どうだった?反応は」
「予想以上に…」中村は嬉しそうに言った。「先生方にも興味を持っていただけて」
「私も小説を出しました」山田も静かに言った。「ファンタジー短編集」
「なんで教えてくれなかったの?」小野寺が不思議そうに尋ねた。
「あの…サプライズにしようと思って」山田が答えた。「それに、あまりにも反応が良くなかったら…と思って」
「そんな心配しなくていいのに」小野寺が優しく言った。「次は絶対教えてね」
「そうですね」山田は微笑んだ。「ありがとうございます」
「高橋と松田は?」佐伯が聞いた。
「俺は行けた」高橋がうなずいた。「ガンプラ解説本、予想より売れた」
「同じく」松田も短く答えた。「レトロゲーム販売、完売」
「俺も無事に参加できたよ」佐伯が言った。「皆それぞれ成功したみたいで良かった」
「次の夏コミも一緒に申し込もうね!」小野寺が提案した。
一瞬、部室が静まり返った。次の夏コミ…その時、佐伯はもう卒業している。
「あ…」小野寺が慌てて言った。「ごめん、変な空気にしちゃって」
「いや、いいんだ」佐伯が笑顔を作った。「俺は社会人になっても参加するから。皆とはコミケで会えるよ」
「そっか」小野寺も少し明るくなった。「良かった」
「それより」藤井が話題を変えようと言った。「冬アニメの感想も話そうよ!試験終わったんだし!」
「そうだな」佐伯も乗った。「今期は『映像研には手を出すな!』がいいね!」
「私も観てます!」山田が珍しく積極的に言った。「原作ファンなので、アニメ化が本当に嬉しくて」
「私は『へやキャン△』かな」小野寺が言った。「癒される〜」
「『虚構推理』も面白いですよ」中村が静かに言った。「ミステリー要素が…」
話題はアニメへと移り、部室はいつもの賑やかさを取り戻した。チョコやお菓子を食べながら、それぞれの感想を熱く語る七人。
***
議論が一段落した頃、佐伯が少し真剣な表情になった。
「あの…皆に話があるんだ」
全員が佐伯に注目した。
「就職先、決まったんだ」佐伯が言った。「文芸出版社の編集部。アニメ雑誌じゃないけど、文芸系の本を扱うところ」
「おめでとう!」全員が拍手した。
「いつから?」小野寺が尋ねた。
「4月から」佐伯が答えた。「だから、あと一ヶ月ちょっとでサブカル部ともお別れだ」
部室が静かになった。
「佐伯さんがいなくなると寂しいね」藤井が素直に言った。
「でも、これからも連絡とれるよね?」小野寺が確認した。
「もちろん」佐伯がうなずいた。「それと、次の部長を決めないとな」
「それは…」高橋が言った。「当然、俺だろう」
「いやいや」佐伯が笑った。「皆で相談して決めようよ」
「でも、高橋さんが副部長だし」中村が控えめに言った。「自然な流れかと…」
「そうだね」小野寺もうなずいた。「高橋くんで異論はないよ」
「俺も賛成」松田が短く言った。
「異議なし!」藤井も手を挙げた。
「山田さんも?」佐伯が確認した。
「はい」山田も静かに頷いた。「高橋さんが適任だと思います」
「じゃあ満場一致だな」佐伯が言った。「高橋、次期部長就任、おめでとう!」
高橋は珍しく照れたような表情になった。「責任重大だな」
「大丈夫」佐伯が肩を叩いた。「皆、良いメンバーだし」
「引き継ぎはちゃんとするからな」高橋が真面目な顔で言った。
「ありがとう」佐伯が笑った。「でも、まだ卒業まで時間あるから、最後まで部長として頑張るよ」
「そうだね」小野寺が明るく言った。「まだ一ヶ月あるし、いろいろやろう!」
「そうそう」佐伯も元気を取り戻した。「じゃあ、春休みの計画も立てようか。最後の春アニメ鑑賞会とか」
全員がうなずき、話題は前向きなものに変わっていった。窓の外では、2月の冷たい風が吹いていたが、部室の中は温かい空気に包まれていた。
最後に、七人は改めてテーブルの上のお菓子やプレゼントを見つめ、それぞれに感謝の言葉を交わした。バレンタインデーは、チョコを贈る日というより、感謝や友情を確かめ合う日になっていた。
「皆、ありがとう」佐伯が胸の内から言った。「こんな素敵な仲間に恵まれて、本当に幸せだよ」
その言葉に、誰も大げさな反応をせず、ただ静かに微笑み返した。それぞれの胸の内には、同じ気持ちが満ちていた。




