妖精後悔忌譚
昔、森の中に小さな子猫が発生しました。
子猫は体が弱く、心優しさからくる気弱さも手伝って、いつも森に住む仲間の動物たちから、毎日いじめられていました。
酷いいじめを受けては、別の群れへと移り続ける日々。
ある日、子猫は群れのボスに命令されました。
「この木の実は毒だが美味だと言われている。面白そうだから、皆に配れ」
そう言うと体の大きなボス猫は、どっさりと木の実を子猫へ押しつけた。
動物の群れでボスに逆らっては生きてはいけない。それでも子猫は、皆の身を案じて食い下がりました。
「おれの命令がきけないのか。ようし、そんなら、ひと思いに噛み砕いてやるぞ」
結局、殺されそうになった子猫は、渋々と仲間たちに木の実を配りました。
どうか、大事になりませんように。暗い顔で祈りながら、子猫は自分の分の木の実を口に運びます。
朝方、子猫が目を覚ますと、見知らぬ女性に抱かれていました。
そこは木の小屋で、女性は猟師でした。
「お前の群れは全滅していた。ここで猟師を過ごすと、寂しいものだから、一緒に暮らして欲しい」
行く当てもない子猫は、ふたつ返事で了承しました。
猟師の女性との暮らしは嘘のように丁寧に扱われるもので、子猫は女性にべったりと懐きます。
やがて、子猫がおとなの猫になりかけた頃、女性が狼を連れてきました。
「近頃は、森の獣も手強くなってきた。腕のいい猟犬を買ってきたから、狩りの手伝いの仕方を彼から学びなさい」
狼は、森の外でたいそうに経験を積んできた猟犬です。
彼が語る、森の外での冒険。その様々な物語に、猫は胸を弾ませ、狼にも懐きました。
それから猫は、狼に狩りを教わり、たくさんの仲間たちを狩ってきました。
さて、森の中にある泉。そこには、ある妖精が住んでいました。
妖精は、いたずら好きで、なまけ者。するべき仕事をせずに、毎日遊んでばっかりで、我慢を覚えず乱暴で、毎日を好き勝手に過ごしてきた、どうしようもない生き物でした。
妖精は、いつも通りに森へ遊びに出掛けました。言葉に返事はなく、どんな生き物も妖精を好きにはなりませんが、構いませんでした。
だって、妖精が誰かの命を奪うことには支障がなかったからです。どうしようもない妖精は、それが唯一の楽しみでした。
妖精は今日も、怪しい魔術を用いて生き物たちを殺します。
殺した生き物は、気紛れに自らの配下である精霊へと分け与えます。
すると、妖精は、あの猫に出くわします。
猫に妖精は見えませんでしたが、妖精からは良く見えました。
「ああ、なんて綺麗で可愛い猫なんだ。一緒に毎日を過ごせたら、きっと楽しいだろうな」
妖精は、猫のそばに張り憑くことにしました。たとえ見えなくても、しばらくは幸せな気持ちになれました。
夕方になる頃、猫は狼と合流しました。仲良く鳴き声をあげる姿に、妖精は嫉妬で狂います。
妖精は、猫を殺すことにしました。死んだ生き物からは、生まれ変わりの精霊を取り出すことができるからです。
猟師の女性を警戒して、配下の精霊を鍛えて、森の動物たちを惑わして、妖精は狂気の準備を進めます。
そんな、ある日。妖精が猫を見張っていると、クマの冬眠にぶつかりました。
クマは凶暴で、力も強い。妖精も自由に操ることのできないクマを、狼は仕止めようと企みました。
「おい、猫。あの毒草をクマへと食べさせてこい」
「えっ、わたしが?」
猫は驚きました。だって、猫は毒草を持つ手がなく、口にくわえるしかなかったからです。
狼は、口を吊り上げて笑います。
「心配するなって。あの草の毒はクマにしか効かない。猫が食べたって、へっちゃらさ」
「そうなんだ! それなら、わたしに任せて!」
猫は、ふたつ返事で引き受けました。彼らが獲物をとってくると、猟師の女性が喜ぶからです。
毒草の特性を知る妖精が叫びましたが、その声は誰にも届きはしません。
その晩、狼はたっぷりとクマ肉をご馳走になりました。
猫は病気になって、二度と動けなくなりました。
妖精は冷静さを失い、ヒステリックに叫びました。
その叫びを聞きつけた森の獣が、慌てる仲間を叱りました。
「うろたえるな。猟師の手下が倒れて、あの女も気が沈んでる。目障りな妖精も、気をやった」
「それが一体、何だってんだ?」
「猟師を潰すチャンスだぞ。ついてこい!」
明け方、猟師の女性は死にました。猫も死にました。
妖精は触れることも、守ることも、何の手出しもできませんでした。
それから、小屋の暖炉のせいで、森が燃えました。猟師の家を襲った動物たちは逃げ遅れて、みんな死にました。
焼け跡から妖精は、女性と猫の精霊を抜き取りました。
今は、妖精のもとで、仲良く暮らしています。
しかし、精霊は死んだ者から抜いた一部。
心を病んだ妖精は、それだけでは最早、慰めには足りませんでした。
こっそりと狼を殺し、泉へと帰ってきた妖精は、自分では一緒に遊ぶこともできない、言葉も分からない精霊たちを見つめながら嘆きます。
「ああ、ぼくに力があったなら。届かない世界に手を伸ばし、誰かを傷つけるでなく、助けることをも覚えたなら。きっと彼女を助けることさえも、可能であったかもしれないのに」
妖精は自らの浅はかを、そして生まれの無力を、さめざめと泣きました。
その声に精霊は、どうすることもできず、彼らの意思も、また妖精には伝わらず、妖精はいつまでも泣きました。
ずっと、ずっと。いつまでも、いつまでも。
今もずっと、泣き続けています。