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公爵令嬢は今日も筋肉で愛を語る. ~好きって伝えたいだけなのに、破壊オチになる件~  作者: 灰色テッポ


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第十五話 無謀な誘拐事件

「──天国がここにあるッ!」


 それがヘルミーネの第一声であった。


 アグネスに頼まれて馬車内を覗いたヘルミーネが、思わずあげた感嘆の声だ。

 それもそのはず、車内には多くの猫や仔犬、リスやハムスター、それになぜか亀までもが所狭しとひしめいている。小動物が大好きなヘルミーネにとってその光景はまさに天国そのものだった。


「ア、アグネス様。私、この中に入ってもよろしいかしら!?」


 喜びのあまり少し震えた声で懇願するヘルミーネに、アグネスは戸惑いを隠せない。

 盗み聞きして得た情報だと、ヘルミーネは小動物が嫌いであるはずなのだ。なのに目の前にいる彼女の態度はまるでそれとは正反対で、小動物たちへの愛に溢れている。


「よ、よろしくてよヘルミーネ様」

「ありがとうございますッ!」


 飛び込む様にして車内へと入ったヘルミーネを、小動物たちは好奇心旺盛に出迎えて愛嬌を振り撒き、そしてじゃれついた。


「ああ、なんて可愛い子たちなの!」


 ヘルミーネからは興奮によって筋力強化された気配は見られない。

 小動物や動物の仔を人の赤ちゃんの様に思えと言ったエリスティアのアドバイスが、どうやら功を奏しているようだ。


「この子たちはみんなアグネス様が飼っていらっしゃるの?」

「え? ええ、まあ……」

「ステキ! 羨ましいですわッ」


 むろん嘘である。ヘルミーネが小動物を本当に嫌うかを確かめる為に、アグネスが侍女に命じて集めさせただけだ。


(これのどこがヘルミーネ様の欠点なのよ? めちゃくちゃ小動物を可愛がっているじゃないの!)


 毎日ストーカーをしてまで突き止めたヘルミーネの欠点は、彼女の努力の賜物だった。いやそのはずだったのだ。

 しかし結果はこの有り様だと、アグネスは悔しさでその美しい顔を歪める。


(だからこの目で確かめた事しか信じられないのだわ!)


 アグネスにとってせめてもの慰めは、自分が愚かな女性ではないことを証明できた事くらいだろう。

 だがそんな証明が欲しかったワケではない。ヘルミーネの欠点を知りたかったのだ。


 馬車の中で満足げに小動物と戯れているヘルミーネを見ていたアグネスは、次第に腹が立ってくる。


「うふふ、そんなとこでウンチしちゃ駄目よ。悪いハムスターちゃんねぇ」


 ヘルミーネが小動物を相手に楽しんでいる姿がそのまま、自分を小馬鹿にしている様に感じてならないのである。

 八つ当たり気味の被害妄想であるが、アグネスはもうイライラの限界だった。正直一秒たりともヘルミーネの顔など見ていたくはない。


「ヘルミーネ様っ、確かお時間がないとか仰ってましたけどよろしいのですか?」

「あっ、いけない。そうでしたわッ!」


 天国から現実に引き戻されたヘルミーネは、すっかりエリスティアとの約束を忘れていた事に動揺する。

 名残惜しいが小動物たちに別れを告げて馬車から降りると、アグネスにペコリと頭を下げた。


「ごめんなさいアグネス様。折角ご用意して下さった天国ですが、私もう行かねばなりませんの」



 ところで、この現場に居合わせたもう一組の登場人物たちを忘れてはならない。

 ヘルミーネの誘拐を画策しているペイルディス帝国の秘密諜報員たちの事だ。


「うーむ。どっちがヘルミーネか分からない以上、誘拐が出来ないぞ」

「アスマン様に怒られるな……」

「怒られるだけで済むかよ。全員左遷、下手したらクビだ」

「マジか!」

「いやちょっと待て、俺たち大事な事を忘れていないか?」

「何をだよ」

「たしかアスマン様はヘルミーネの事を、王国随一の女性だと言っていたよな?」

「おおっそうだ、確かに言っていた! って事はおそらく絶世の美女なのだろう」

「ならば話は簡単だ! つまりどっちがヘルミーネかと言えば──」


 五人の諜報員たちが一斉に目を向けた先にいた女性とは、アグネス・フィンチ侯爵令嬢の方である。


「よしっ、ヘルミーネを確保したら手筈通りに馬車を奪って即時離脱だ」

「馭者は俺が制圧する」

「なら侍女は俺がしておこう」

「護衛も兼ねた侍女たちだ、油断するな」

「あのもう一人の貴族令嬢らしき女はどうしようか?」

「腹にパンチでも入れて気絶させとけ」


 そうと決まれば一刻も早く誘拐してしまおうと、五人は各々によく訓練された動作できびきびと行動に移る。当然彼らの加護は戦闘に特化されたものばかりだ。

 幸い人通りも途絶え、お誂え向きの状況でもあった。


「いいかお前ら、加護の出し惜しみはしないで最初から全力でいくぞ!」



(あら?……)


 ヘルミーネが不審な五人の男達に気づいたのは、彼らが近寄って来てすぐの事だ。

 アグネスもそうだが高位貴族の令嬢として、二人は常に他者への警戒を怠らない。ましてや外出先であれば尚更である。


「何ですかあなた達は!? 無礼を働けば許しませんわよ」


 最初にそう言ったのはヘルミーネだった。アグネスを庇う様にして立った彼女は、男達に向かって鋭い視線を投げつける。

 もしヘルミーネをよく知る者であったなら、古今無双の公爵令嬢からのその視線だけで逃げ出していたに違いない。


 だがこの男達、つまり諜報員達に帝国が与えた情報は非情にお粗末なものだった。

 ヘルミーネについて何も知らない彼らが、身の程知らずに嘯いたとて責められまい。


「あんたには用はない。用があるのは後ろの美女だけだからな。大人しくしていれば怪我をしないで済むぞ」


 男がそう告げたと同時に、馬車から馭者が引き摺り降ろされてたちまち無力化されてしまう。

 同様にして二人いた侍女たちもアグネスの護衛をする余裕もなく、男達に追い詰められていた。この手際の良さはさすが帝国が誇る秘密諜報員達だといえよう。


「な、分かるだろ?」

「いいえ、お断り致しますわッ!」


 そんな危機的状況であるにもかかわらず、ヘルミーネは断固とした態度を変えようとはしなかった。


「分からないお嬢様だ。ならば少し痛い思いをするしかないな!」


 スルスルっと蛇の様にして近づいてきた男は、「ほらっ、ご所望の腹パンだっ」と吠えながらヘルミーネのボディへと拳を伸ばした。のだが──


「ボディはこうッ!」


 それよりも速くヘルミーネの強烈なボディブローが、まるでパンチの手本はこうだとばかりに男の腹を撃ち抜いた。


「ぐはッ!!」


 丁度アグネスに襲いかかろうとしていた別の男が、仲間の悶絶する声を聞いた瞬間である。

 彼が振り返るより速くヘルミーネはその男の前へと身体を滑らして、再びボディブローを撃ったのだった。


「ボディはこうッ!」

「あぎゃッ!」


 息をする事も出来ぬまま身体を捩り悶え苦しむ二人の男は、どう見てももはや戦闘不能だろう。

 残りの三人の男達はその信じられない光景を目の当たりにし、短剣を抜き放ちながら顔色を変えた。


「な、何だこの女、ヤベエぞっ!」


 この脅威を排除しない事には誘拐は不可能だと判断した彼らは、速やかにヘルミーネへの攻撃を開始する。

 その隙に侍女たちが素早くアグネスを庇いに動いたのは流石である。とはいえその時にはもう全てが終わっていたのであったが。


 ヘルミーネは生々しくギラリと光った短剣などお構い無しに、三人の男の一人にショルダータックルを決める。

 男が吹き飛んで空中にいる間には、もう一人の男の後頭部をヘルミーネが片手で押さえ付け、そのまま地面へと顔面を叩きつけた。


 その間わずか一呼吸。


 そして残り一人となった男がこの状況を理解し終えるより早く、ヘルミーネのパンチが男の顎先をかすめる。

 べつに狙いがずれたワケではない、脳を揺らしたのだ。お陰で男は訳が分からぬままその意識を刈り取られ、幸いにして苦しむ事なく気絶した。


 何とも素晴らしい手際であったが、実を言うとヘルミーネは自発的に戦闘訓練というものをした事がない。

 訓練はたまにグロリエンに付き合わされてするくらいだろう。


 それにしては彼女の戦闘技能は一流を超えている。ではどこで戦闘技能を覚えたかといえば、全てグロリエンとの勝負からであった。

 要するに子供の頃から勇者の加護を相手にしてきた数多の実戦が、ヘルミーネを最強にまでしてしまったのである。


「ふぅ。これで全員かしら?」


 ヘルミーネが地面に倒れている五人の男達を引き摺って一ヵ所に集めている間、アグネスは馭者に衛士を呼んで来るようにと命じ、侍女たちには野次馬の対応をするようにと指示していた。

 自分を狙った誘拐事件が起きたというのに、アグネスの冷静な態度は大したものだ。まあそれも絶対的強者のヘルミーネが居たからこそかもしれないが。


(まるで物語にでてくる英雄様のようだったわ──)


 アグネスはなかば呆然という感じでヘルミーネの後ろ姿を見ていると、不意に振り向いたヘルミーネの視線が彼女のそれとぶつかった。


「アグネス様、お怪我はありません?」

「えっ? ええ。大丈夫です」


 古今無双の公爵令嬢。アグネスはあらためてヘルミーネの持つその二つ名を心の中で呟くと、今まで自分がしてきたストーカー行為を思いだして身震いする。


(わ、私ったら、とんでもない人を相手にしてストーカーしてたのね)


 アグネスはたったいま自分を救ってくれた英雄のような公爵令嬢へ感謝をすると同時に、今までした自分の所業に恐怖を覚えたようだ。

 そしてもうヘルミーネに関わるのはやめようと、切実に己自身を戒めたのであった。

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