迷い猫
この小説は私小説に近い物となっています。その為深いドラマ性やスッキリ爽快感等はないと思われます。
それでも良いよという方は読んで頂ければ幸いです。
夏の陽射しがカーテン越しでも伝わる位眩しい。そんな気持ちを頭の中で噛み締めながら、もう少しだけ眠らせてくれと再び固く目を閉じる朝。
「ニャア」
猫が外で鳴いているのが聞こえてくる。ここ最近家の外で、毎朝決まった時間に鳴いている。その声を聞くと起きるか…と布団からムクリと体起こす。
僕、西野司は25歳。現在フリーターの身である。大学を卒業し、そのまま一般企業へ就職したのだが、心を擦り減らす日々に疲れてしまい退職。特にやりたい事もなく、かといって何もしない訳にはいかずで春からコンビニバイトをしながら過ごしている。
今日も猫の鳴き声で起きたものの、バイトのシフトも入っておらず、尚且つ平日なのもあって遊ぶ相手もいない。
今日はどうしようかな。ぼんやり考えていた時に友人から言われた言葉を思い出す。
「いい加減彼女位作れよ、出会いが無いならアプリとかどうだ?」
確かに、業務上の会話や少しの世間話をするくらいで日常的に話す女性はいない。試しに登録くらいしてみるかと流行っているアプリをインストールしてみた。
自分の写真や住んでいる場所を登録してみたものの、こちらから声をかけるのは何と無しに気が引ける。後でやってるみかと一旦手に持っていたスマートフォンをテーブルに置き、朝食の準備へと向かった。
家事も終え、テレビを見ながらダラダラと過ごしていたお昼時。スマートフォンの通知音が鳴る。誰からだと画面を見てみると朝に入れたアプリからのメッセージだった。
そういえば後でやろうと思って忘れていた、と思いながらアプリを開くと「あけみ」と名乗る女性からメッセージが届いていた。プロフィールを確認してみると年齢も同じで、どうやら同じ町に住んでいるらしい。
「初めまして、あかねと言います。最近この街に引っ越してきたばかりでまだこの辺りの事何も分からなくて!良かったら色々教えて貰えたら嬉しいです!」
初めて来たメッセージに若干の戸惑いを覚えつつも、女性からメッセージを貰えた嬉しさが勝る。返事をする為スマートフォンを片手にしっかりと握る。
「初めまして、メッセージありがとうございます!同じ街に住んでるなんて珍しいですね!自分は◯◯学校の近くに住んでます。この辺りの事はある程度分かるので気軽に色々聞いて貰えたら!」
この位なら当たり障りないだろう、と思いつつ返事を返す。メッセージのやり取りが出来る相手がいるだけで今は満足だ。
そんな事を考えていたら、彼女から再びメッセージが来た。
「奇遇ですね、私も◯◯学校近くなんです!同い年で、こんなに近所に住んでる方がいたなんて嬉しいです。」
びっくりする事にご近所さんだったようだ。ネットの世界は広いようで案外狭いんだな。そんな事を考えながら再び返事を送る。
「確かにびっくりです!こんな近所だともしかしたらどこかで会ってるかもしれませんね。」
彼女はプロフィールに写真を登録していなかったのでもし会った事があったとしても顔は分からない。それを言ってしまったら本当に女性かどうかすら疑う必要がある。そして再び彼女からメッセージが届く。
「本当ですよね!ちなみに、今日って何されてるんですか?」
これは何の確認なのだろう、一応そのままの事を伝える。
「今日は1日お休みなので家でゆっくりしてます。」
返事を送った数分後にまたメッセージが届く。
「そうなのですね!もし司さんが嫌じゃなければですが、せっかく近所に住んでるので良かったら会いませんか?」
これは所謂デートの誘いか?と思うも相手の顔も分からなければ会話を始めてそんなに時間も経っていない。そんな相手に会うのは少し怖いと思いつつ、どうせやる事ないしなと考え返事を送る。
「もちろん良いですよ!この辺りなら、◯◯公園という所があるのでそこで待ち合わせませんか?」
「◯◯公園ですね、分かりました!それでは14時に◯◯公園でいいですか?」
「その時間で大丈夫です。そうしたらまた14時にお会いしましょう。」
こんなにテンポ良く事が進む物なんだな。これが今時というものなのだろう。そんな事を思いつつ、見ず知らずの女性に会うという好奇心から体が少し弾むようだ。身だしなみを整え、出掛ける準備をする。
指定の時間10分前に到着した。自分の顔写真は載せていたので服装の特徴を伝える為再びメッセージを送る。
「◯◯公園に着きました。デニムシャツを着て黒のパンツを履いている人がいたら自分です」
これで何も返って来なかったら顔を見て帰ってしまったか、ただの冷やかしだったか。いずれにせよ話のネタにはなるからいいか。
夏の太陽にジリジリ照らされながら待っていると彼女からメッセージが届く。
「あ、見つけました!今行きますね。」
メッセージを確認するやいなや見知らぬ女性から声を掛けられる。
栗毛色の髪、まん丸と大きな若干の吊り目、緩く巻かれてる前髪。白のベレー帽に白のTシャツ、デニム生地のショートパンツという姿で、肌が透き通るように白い。
「司さんですよね、改めて初めまして!あかねです」
少し高いトーンの、落ち着いた声色。こんな美人さんがアプリをやっているんだなという率直な感想が頭に浮かぶ。
「こちらこそ初めまして!司です、よろしくお願いします。あ、コーヒーって飲めますか?良かったらこれどうぞ」
「全然飲めますよ、ありがとうございます!せっかく同い年ですし敬語使わなくて大丈夫です!」
「いえいえ!それならなるべく敬語使わないようにしますね。慣れるまでは敬語になっちゃいますが」
フランクで何だかとても話しやすい。分かりやすく言うならとても好印象だ。
「私もちょこちょこ敬語出るから大丈夫、それより写真と実物同じで良かった!てより本物のイケメン来てビックリした!」
「イケメンだなんてそんなそんな、こっちこそこんな美人さんだと思わなかったからビックリしました!」
お世辞でも褒められると嬉しいものだ。
立ち話も何だったので日陰のベンチに座りながら会話を続ける。色々話をしてくれたが、彼女は最近ここに越してきたばかりで友達もおらず暇だったからとアプリを始めたようだった。その日はお互いの身の上話をし合った。
彼女も自分と同じく社会で精神をすり減らし、精神疾患を患ってしまったと言っていた。今は働いてはおらず療養中のようだ。話していた感じは普通だったのでギャップに少し戸惑った。
だからこそ、似ている者同士惹かれたのかもしれない。
お互い会話も途切れる事なく気付けば夕方になっていた。あまり遅くなるのも相手に悪いと思い、自分から切り出す。
「今日は楽しかったよ、ありがとう。そろそろ良い時間だしお開きにしようか!」
「こちらこそ楽しかった!もし司くんが嫌じゃなければまた会ってもらえるかな?」
「勿論!ご近所さんですしね。また暇な時あればメッセージ送って貰えたら!」
そうしてその日は解散した。
帰宅後も何通かメッセージのやり取りを交わす。何だか久々に充実していたな、と心から思った。
それから、家も近く彼女は現在働いていないという事もあって頻繁に会うようになった。自分が休みの度に会っていただろう。何か特別な事をしなくても一緒にいるだけで楽しかった。
前までは憂鬱だった、1日の始まりを知らせる猫の鳴き声。むしろ今ではあの鳴き声を聞くと今日も1日が始まるとワクワクする。
彼女は精神疾患を患ってから、前まで楽しめていた事が出来なくなってしまったと言っていたので少しでも助けになればと自分に出来る範囲で楽しめる手助けをした。
一緒にドライブしたり、喫茶店でゆっくりコーヒーを飲んだり、映画を観たり。音楽を聴く事も楽しめなくなったと言っていたが、ある時ドライブ中に流していた曲を気に入ってくれたようで、その歌手のCDをプレゼントした。
ある時彼女は言った。
「司くんといると少しずつ気持ちが回復して気がする。色んな事が楽しめなくなってたのに少しずつ取り戻せてる気がする。」
これほど喜ばしい事はない。自分の事のように嬉しく思えた。
またある時彼女は言った。
「私昔絵を描くのが好きだったんだ。良かったら司くんの事描いてもいいかな?写真撮ってもいい?」
そう言って僕の写真を撮った彼女は嬉しそうに微笑んでいた。
後日彼女の描いた絵を見せてもらった。絵は凄く上手だった。美術の才能がない自分でも分かる。だが少し美化し過ぎではないかと唸ってしまった。彼女曰く本当にこう見えているんだよとの事。自分に自信が無いのか美化され過ぎなのか。
そしてまたある時は妹に会わせたいと言われ、3人で会食もした。
妹は高校生で、年相応の幼さと明るさを兼ね備えていた。
「写真も見たけど実物本当にイケメンだね!お姉ちゃん羨ましい!」なんて事を言っていた。姉妹共にそんな事を言われたら照れる。
この時が1番幸せの絶頂期だったであろう。そして同時に調子にも乗っていた。ここまで自分の事を褒めてくれ、そして家族にまで自分の事を会わせる。これは自分の事が好きという事だろう。そんな気持ちが頭にいつもあった。
そんな気持ちから、遂に決意する。この人の大事な存在になりたい。
「あかねちゃんの事が好きだ。もし良かったら僕と付き合ってくれませんか?」
人生で初めての告白だった。いつも奥手で自分からは告白した事がない。けれどここまで好きになれた人、自分を好きでいてくれてるであろう人にはちゃんと気持ちを伝えたいしこの人の彼氏になりたい。本気でそう思えた。
しかし返ってきた答えは自分の求めていた物とは全く違っていた。
「ごめんね、司くんとは付き合えない」
一瞬頭が真っ白になった。それじゃあ今までの事は何だったのだろう。全て思わせぶりだったのか。
「気持ちは素直に嬉しい。けど、司くんとは友達のままでいたい。友達のままがいい。そう思うんだ。せっかく告白してくれたのにごめんね。これからも友達のままでいてくれたら嬉しいな」
いつも現実は無情だ。そう思う。たかが女性にフラれたくらいの事で。そう思うかもしれないがその時の自分にとってはそれが全てであった。
一度踏み越えようと跨いでしまった友達というラインをまた戻る事なんて出来ない。そこで僕の心は折れてしまった。
「そんな顔しないで。家も近いし友達なんだからさ、また気軽にご飯でも食べよう!」
彼女はそう言って笑ってくれていた。
それから、1人の友達として再び付き合い始めたものの会う頻度もメッセージの頻度もグッと減少した。
気付けば、毎朝の猫の鳴き声もまた1日の始まりを告げる憂鬱な物へと変わってしまっていた。
そんな折、彼女からメッセージが届く。
「そういえばね、司くんから元気貰えたからまた働こうと思うんだ!ちょっと怖いけどまた頑張ろうと思う!」
ああ、凄いな。彼女はしっかり前を向いて歩み続けている。
止まってしまっていたのは自分の方なんだ。
頑張ってね、と返事を送る。
一時の出会いを通して自分を振り返る。彼女はああ言っていたけど、元気を貰っていたのは自分の方だったな。彼女の存在が自分の中で凄く大きくなっていた。このまま立ち止まってはいられない。彼女が進み始めたように、自分も止まっていた時間を動かなさなくては。
あのメッセージ以降、彼女からの連絡は無くなった。
それでいい。それぞれの道を歩んで行こう。
もう猫の鳴き声は聞こえない。
昔の事を思い出していたら、こんな事もあったなと懐かしくて書いたものです。
昔の出来事を中心に書いてしまった為タイトルがあまり意味を成さないという結果に…反省。もう少しドラマ性を出したかったです。
拙い文章ですが、ここまで読んで頂きありがとうございました!