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さらわれた花嫁

 昼の砂漠を花嫁という高価な品を乗せた隊列が進む。

 人と物とに厚く挟まれた列中央の輿には娘が一人乗っている。複雑な刺繍の施された純白の花嫁衣装に身を包んだ娘の名を水姫(みひめ)という。

 輿に揺られる水姫は深く心を閉ざしていたが、にわかに外が騒々しくなったのに気づき思考を取り戻した。

 人の叫び声。身をすくませる怒鳴り声の輪唱。金物を激しく打ち合わせる音が間近で聞こえて水姫の乗った輿が揺れた。


「ひぁ」


 輿が傾き、中に乗った水姫の身体も横倒しに倒された。わけもわからないまましたたか身体を打ち付けた水姫は痛みにうめき声を上げる。

 連続して輿が揺れた。身体をこわばらせた水姫が傾いた輿の外側を伺おうとすると、中と外とを仕切っていたヴェールが乱暴に開かれた。


「水姫様、お逃げください!」


 顔を血で汚した護衛の男が鬼気迫る声音で呼びかけてくる。


「何事なの」

「盗賊です! 隊列が崩された! あぁ、これだけの数を敷いて敵わぬなど。なんとしてもお嬢様だけは逃げていただかなければ、旦那様に顔向けできぬ!」


 男は興奮しており、叫ぶたびに頭から流れた血が水姫に降りかかった。


「あなた怪我を――」


 言いかけた言葉が凍りついた。

 輿を覗き込む護衛の身体がどうっと揺れた。その胸からぎらついた刃が顔を出す。

 口から大量の血を吐いた護衛の男は、突き出た刃ごと輿の外へと引きずり出されていった。

 呆然とする水姫に思考する隙きもあたえず、護衛が消えたヴェールの向こうから見知らぬ男が顔を覗かせる。

 男、と呼ぶにはまだいくらか若い。少年の面差しを残した凶賊が、場違いに落ち着いた表情を浮かべて水姫を見下ろしてくる。

 凶賊とすぐに判断したのは男が血を滴らせる刃をこれみよがしに掲げていたからだった。


「なんとまぁ。たいそうな宝が東の領地へ移されるというから襲ってみれば。ずいぶん大きな宝玉が乗っていたものじゃないか」


 少年とも青年ともつかないその男は、やはり場にまるでそぐわないおだやかな声音で言い、まじまじと無遠慮に水姫を眺め回した。物を足先で揺らして感触を確かめるような、どうにもぞんざいであけすけな視線を遮りたくて水姫は両手で自分の身体を抱く。花嫁衣装は護衛の男の血で今やまだらな深紅に染まっていた。


「結構ななりだ。貴重な宝玉を汚してしまったな。さぁ、戦利品殿。こちらにおいで」


 見た目の若さの割に告げる言葉は落ち着いていて、この状況と合わせてもすべてがちぐはぐな男だと水姫は思った。


「私は東の領主の元へと嫁がねばならない身。それを違えることはできないわ」


 抑揚を抑えて水姫は言った。

 男は片眉を跳ね上げると、次いでくっくと声を殺して笑った。


「驚いたな、口がきけるのか。それで言うのがその言葉? よほどの莫迦なのか。はたまた肝が座っているのか。単に気が動転しているだけ? まぁ、いい。お前の意向は聞いていないよ。僕の手を取るんだ」


 水姫は相手の瞳をじっと見つめて応えないでいた。


「王、他の人間もすべてつつがなく片付きました。荷もまとめてあります」


 外から低く別の男の声がした。


「よくやった。引き上げよう」


 頷くと男は水姫をにこりと見つめ返して腕を伸ばしてくる。自分の身体を抱く水姫の腕を強引に掴み取って、殺した護衛にそうしたように水姫を引きずり出す。


「風を飛ばす。すぐさま帰還するぞ」


 足の力が抜けていた水姫はその力に抗えもせず、砂漠馬(さばくば)に荷を放るように投げ上げられた。

 水姫を無理やり馬上に座らせて、背後に男が乗る。


「東の宝玉殿、僕の名は夜従(よしょう)。僕らの根城にご案内しよう。東の領主の城より風通しの良い気楽なところさ。きっとお前も気に入る」


 ろくに身動きもできない水姫の耳に染み込ませるように少年とも青年ともつかないその男、夜従が囁いた。


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