前編
初めまして、小東 叶 と申します。
習作としてざまぁものを書いてみたかったので、こちらの作品を投稿いたしました。
百合はただの趣味です。
ごゆっくりご覧になってください。
それは、わたくしの人生を何もかも変えてしまうような、驚くべきできごとでした。
あのときのことは、今でもはっきりと覚えております。
その日は、王宮の大広間にて、親愛なる女王陛下のご生誕を祝う舞踏会が開催されておりました。
昨年から他国に先駆けて急成長を遂げている我が国では陛下の威厳を示すため、今年はいつも以上に盛大な舞踏会を開催することが決まっておりました。
何より、心から敬愛する陛下のご生誕記念。
わたくしは何日も前から準備を重ね、この日を楽しみにしておりました。
しかし、エスコートをして下さるはずの婚約者は何故かわたくしの元へは現れませんでした。
それでも行かないわけには参りませんので、仕方なく代理として同行してくださったお父様と共に馬車へ乗り込み、王宮へと向かったのです。
ですが会場入りをしてすぐ、お父様は他の方に挨拶をするために、わたくしの元を離れました。
華やかな会場でひとり残されるのはとても心細く、わたくしは目立たぬよう、壁の花に徹しておりました。
そんなわたくしの前に、見知らぬ女性を伴った婚約者が現れ、そして叫んだのです。
「アメリア・フォーサイス侯爵令嬢ッ!貴様との婚約、今このときをもって破棄させてもらう!」
わたくしは大変驚きました。
当時、わたくしの婚約者だったのは我が王国の王太子であるレオンハルト様。
そしてこの婚約は、今は亡き王配殿下の命で決められたもの。
いわば、王室側から求められていたものでしたから。
突然、会場内に響き渡った大きな声。
驚きのあまり、言葉を失ったわたくし。
その異様さに気づいた周囲の人々は、あまりにも信じがたいその光景に目を疑い、踊っていた足を止めました。
周りの反応に気づいておられないのか、王子はさらに言葉を続けました。
「そして、俺はこのシャーリー嬢と結婚する。シャーリーは平民ではあるが、美しいだけでなく知性と人格も兼ね備えた素晴らしい女性だ」
「貴様のような傲慢で恥知らずな女と違ってなッ!」
「貴様と婚約していたなんて、反吐が出そうだ!」
レオンハルト様は、次々にわたくしへの罵倒を続けました。
……ここに書くことすら憚られるような、品性に欠けた侮辱的な言葉も投げつけられました。
いずれこの王国の長として、国を背負うはずのレオンハルト様がこのような発言をすることに深く絶望し、もはやわたくしには、それらの言葉に言い返す気力もなくなってしまったのです。
周囲の方々がわたくしに向ける視線も、徐々におかしなものへと変わってゆきました。
疑念は確信へと、ささやきはざわめきへと。
「……この国の王太子が言うのだから、本当のことなのだろう」
ほんのささいな、小さな声ではありました。
ですが、その言葉は針のように鋭く、わたくしの耳へと飛びこんできました。
謂れのない暴言の数々にわたくしの心は傷つき、辱めを受け、目には涙が滲んでおりました。
「なんだ、この騒ぎは」
いつの間にか、会場の人々はみな静まり返っておりました。
わたくしは、こっそりと涙を拭きながら、俯かせていた顔を上げました。
威厳のある鋭い美貌。
豪奢なドレスを身にまとう、威風堂々としたお姿。
我が王国の女王陛下でおられるエリザヴェータ様が、幾人かの臣下を引き連れて会場へと現れたのです。
本来ならば、陛下が登場するのはもう少し後であったはずですのでわたくしは驚き、慌ててカーテシーを行いました。
後々話を聞いたところ、騒ぎを聞きつけた者が控えの間におられる陛下を呼んでくださったそうです。
その中には、わたくしのお父様もおりました。
「何の落ち度もないフォーサイス侯爵令嬢に、酷い言いがかりだな?レオンハルト」
「これらは言いがかりではありません、母上。……すべては、このシャーリーが証言してくれた紛れもない事実なのです」
レオンハルト様はわたくしがシャーリー嬢に対して行ったという様々な悪事について、声高に話しはじめました。
曰く、シャーリー嬢の持ち物を盗んだ。
曰く、シャーリー嬢を階段から突き落とそうとした。
曰く、シャーリー嬢に刺客を送り、殺害しようとした。
レオンハルト様の恋人であるシャーリー嬢は、今年の春から王国にある学園の特待生として、入学されたそうです。
学園内でレオンハルト様と仲良くする彼女に嫉妬しこのような暴挙に出たのだろう、とレオンハルト様は語りました。
もちろん、すべて作り話です。
そもそもわたくしはこの日、レオンハルト様が連れて歩いてくるのを見て、初めてシャーリー嬢の存在を知ったのですから。
……ですがそのとき、わたくしの身体は微かに震えておりました。
ありもしない真実が、解き明かされることに怯えていたのではありません。
レオンハルト様が話す内容を、真実であると判断されてしまうかもしれない……そのようなことを考えておりました。
聡明な陛下が、そのような戯言を信じるなど、万が一にもありえません。
それでも。
敬愛する女王陛下に軽蔑され、侮蔑の視線で見られるかもしれない……
そうしたらきっとわたくしは、それに耐えられないだろう。
そう思っていたのです。
「この女はシャーリーを貶め、国を揺るがす当代きっての悪女なのですッ!母上、どうか賢明な判断を!」
レオンハルト様は、興奮しきった様子で息を切らせながらも話を終わらせました。
そのとき、隣に控えていたシャーリー嬢は、レオンハルト様から見えぬ位置でわたくしに向かって勝ち誇った笑みを浮かべていました。
もちろん、その意味はわかっておりました。
わたくしは彼女に嵌められたのです。
ふたりは、陛下がわたくしの罪状に対して、どのような反応をするのか楽しんで見ているようでした。
陛下のその唇が、わたくしに罰を与えるのを心待ちにしているのです。
いっときの静寂の後、陛下は口を開き。
……そして口角を持ち上げると、それはそれは大きな声で笑い声を上げました。
「ああ、可笑しい。笑い話もほどほどにしてくれ」
「な、なぜ笑うのですかッ!すべて真実なのです!」
「それでは、そこのシャーリーとやらに問おうか。お前がフォーサイス侯爵令嬢に嫌がらせをされたのは、何月の何日のことだ?」
「えっと……その……、」
シャーリー嬢は陛下の質問に、たどたどしくも答えました。
わたくしは彼女が答えたその日付けを聞いて、ほっと胸を撫で下ろしました。
陛下の、次のお言葉を予想することができたからです。
「この女は私に嘘をついている。女が今言った日、フォーサイス侯爵令嬢は私と共にいたのだからな」
そうなのです。わたくしはその日、女王陛下の元へ謁見をするために登城しており、シャーリー嬢になにか悪事を働くことは不可能でした。
「あッ!ちがくて!…わたし、日付けを間違えて言ってしまいました!本当はまた別の日です!」
それから彼女は、何度か別の日付けを口にしましたが、すべて陛下の反論で言い負かされてしまいます。
陛下に嘘を見破られたシャーリー嬢は、その可愛らしい顔を青ざめさせておりました。
平民の学生が、国の長たる女王陛下を謀ったのです。
彼女が、何らかの罪を与えられるであろうことは明らかでした。
「そもそも、フォーサイス侯爵令嬢は飛び級し学園をすでに卒業している。それゆえ学園内で嫌がらせなんてできんッ!レオンハルト……お前は、仮にも婚約者だろうに。本当に知らなかったのか?」
レオンハルト様は、驚愕の目をわたくしに向けました。
わたくしは昨年度、すべての教育過程を終了し同学年であったレオンハルト様を置いてひと足早く学園を卒業しておりました。
この一年はほとんど毎日のように、女王陛下の元で次代の王妃としての教育を受けていたのです。
レオンハルト様もそのことはご存知だと思って降りましたが……そうではなかったようです。
「どうやら本物の悪女はその女のようだな。……で、この騒ぎの責任、一体どう取るつもりだ?」
陛下は意図的に声を低くすると、不快の念を滲ませながらレオンハルト様に告げました。
「そんなはずはないッ!彼女が……シャーリーが嘘を着くなんて、そんなはずは……」
陛下自ら、揺るぎない証言を突きつけたにも関わらず、それでもわたくしの無実を、シャーリー嬢の罪を認めようとしないレオンハルト様。
陛下はその形の良い眉を潜めながら、吐き捨てるようにおっしゃいました。
「我が息子ながらどうしようもない愚か者だな、レオンハルト。お前のような者に国を任せることなどできぬわ。今このときをもって、お前を廃嫡する」
「……なッ!?」
会場に、雷のような強い衝撃が走りました。
廃嫡を言い渡されたレオンハルト様は絶句し、その場に固まっており、自分が何を言われたのか理解できていないようでした。
「ええっ!……レオン様、王子様じゃなくなっちゃったの?」
なんと驚くことに、シャーリ嬢は甲高く叫ぶと、即座にレオンハルト様に縋り付いていた腕を解き、彼から距離をとったのです。
彼女が何を求めて、レオンハルト様と恋人になったのかがよく分かる瞬間でした。
レオンハルト様は、突然豹変したシャーリー嬢の姿に狼狽えながらも、陛下へ向かって叫びました。
「待ってください!俺を廃嫡したら、この国はどうなる!?母上には王太子である俺しか子がいないじゃないか!今から作るにも王配である父上はもう既に亡くなっている!……それに母上だって、もう子を産めるような歳じゃないはずだ!」
陛下がレオンハルト様をご出産されたのが、18年前のこと。
陛下は早めの婚姻が良しとされていたこの時代の女性にしては珍しく、成人を幾分か過ぎてからご婚姻されております。
そしてこの日、陛下は42歳のご生誕日を迎えられました。
確かにこれまでの医学では、ご出産は難しい年齢でもあります。
「ふむ。それでは新たな王太子を作ればお前は納得するのだな?
……では、アメリア嬢。私と結婚しよう。こんな愚かな息子よりもずっと大切にしてやる」
女王陛下はわたくしの目を見ながら美しく微笑むと、そうはっきりとおっしゃいました。
周囲の視線はすべてわたくしに注がれ、顔がだんだんと熱くなっていくのを感じました。
「そんな馬鹿な…ッ!女同士で婚姻など、許されるわけがない……第一、子が出来ぬではないか!!」
わたくしは、レオンハルト様のこの発言に耳を疑いました。
そして、彼が王になる為の努力をなにもしてこなかったのだと知り、落胆いたしました。
「許される。貴族の婚姻を認めるのは、この国の女王たる私なのだからな。それに、子についてだが……アメリア。この愚か者に教えてやれ」
「レオンハルト様……本当にご存知なかったのですか? 学園ではお勉強されていらっしゃらなかったのですか? ……今や性別など関係ないというのに」
わたくしは、なぜこの王国が昨年から近隣諸国を差し置いて急速に成長をしたのかを、教えて差し上げました。
前編を最後まで見ていただき、ありがとうございます。
後編は明日、投稿予定です。
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