041 生存者
さて、目を覚ました男は何時もの様にす巻き状態で寝かされていた。
目の前はマリー。
その後ろにセオドアと頭目。
ロイドは見当たらない。
「ロイドは?」
少し慣れたのか、寝起きの状態に近い感じだ。
「ゾンビ達、数名と帰ったわ」
マリー。
「残った者は?」
「寝る場所の確保だ」
頭目。
「アンタ達が暴れて、住める建物が少ないからな」
「こないだの金で直せば?」
「そうだな、そうしないと駄目だな、随分と人も増えたし……」
苦笑いの頭目。
「イヤ、増えたじゃないな、戻った、だ」
「いっその事、引っ越したら」
マリーの提案だった。
少し驚いた、頭目。
「男達は盗賊だしな」
しかし直ぐに目を伏せた。
闇に生きる者は、日の当たる場所では生きられない……って、ヤツか?
「ダンジョンなんかは?」
街は、光の当たる場所なのだろう。
「ドワーフ達はダンジョンに住んで居るぞ」
男は頭目に提案をしてみる。
「マリーに結界を張って貰えば、普通に住めるラシイぞ」
「今の私じゃ、あのレベルの結界は無理よ」
キッと、男を睨むマリー。
「でも、良いかも知れないわよ」
しかしすぐに考え出した。
「ロリスのダンジョンなんかは新しくて小さいから、そうそう魔物も出ないだろうし……ネズミとカラスのダンジョンも今の魔物を駆除すれば、大丈夫だと思うわ。うん、簡単な結界石なら造れるし」
「結界石?」
何処かで……。
「あ! 道路のヤツか?」
「そう、ソレよ」
男の言葉に頷いたマリー。
「ソレでも十分だと思うわ」
そして、顎に手を当てる。
「でも、今の私達にとっては、少し邪魔な感じでもあるけど……魔物が住みやすいって事は、アンデットにも優しいはずだしね」
「ダンジョンか?」
考える始めた頭目。
「確かに、ソコなら建物も既に有った。石で出来た背の高い建築物」
「ビルだな」
男はそれの名を教えてやる。
「ビルか……」
頷いた頭目。
「少し掃除をすれば問題ないんじゃ無いか?」
考え込む頭目。
「もう一度、行ってみようか?」
男はそう頭目を即した。
この間は戦闘に気を取られて、住むに関しては考えて見ていなかったろうからだ。
「ついでに、もう一つの方も一緒に」
「そうだな、見てから考えよう」
頷いた頭目。
一つ目の物件。
物件名は地下鉄駅前広場。
珍しいロータリー付き。上屋は商業ビル。
立地は、崖の上。
そのロータリーの真ん中で辺りを見渡した男。
向かいには、ホテルも有る。そのまま住めるじゃないか。
側には頭目とマリーとゴーレム達。
そして、ここでもコツメとジュリアは遊んでいる。
適当なビルに入って何やら探している様だ。
一応はダンジョンなのだから、気を付けてはいるようだ。主にジュリアだけだが。
さて、頭目。
どうだろうか?
「うん、確かに住めるな」
そのホテルの中を確認した頭目は頷く。
「ただ、折角のバスがなあ」
確かに、バスをと為ると……無理だな。
崖下に駐車場を探さねば。
「崖の一部分を壊してスロープを作るのはどうですか?」
ゼクスが簡単に言う。
「そんな簡単には無理でしょう」
マリーの突っ込み。
「いえ、比較的に簡単に出来ると思いますよ」
尚もゼクスは続けた。
「地下鉄のトンネルを利用するのです」
地下鉄の駅を指差して。
「まず、電車を落として、ソレを土台に線路で枠を組み、スロープを作る、ソレだけでもバスは駅の下に停められます……もし上までと言うので有れば、トンネルの上の部分を壊して瓦礫でスロープを作れば良いのです」
うわ、大工事じゃないか。
ソレを簡単だと言うのか?
ゼクス親方は。
しかし、マリーと頭目は成る程とポンと手を叩いていた。
もし、ソレをやるにしても、俺は絶対に手伝わないぞ。
巻き込まれないうちに。
「次も見てみよう」
移動だと、コツメ達を呼んだ男だ。
帰って来たコツメは……セーラー服ポイ学生服を着ていた、コスプレ? イヤ、年相応なのか。
ジュリアは……ギャルってる。
コツメに着せられたのか? と、思ったら、本人が気にいっている様だ、自分で選んだのか……。
まあ……いいか。
好きにして下さい。と、黙って歩き出す男。
さて、二つ目の物件。
物件名は立体交差。高層ビル付き。
ビルは殆どがビジネスビルで、テナントにフィットネス・ジムが入って居るのが目立つ位だ。
後は地下街も有る。
こちらの立地は、崖の下に成っている。
「ここは、もっと簡単ですよ」
ゼクス棟梁のお出ましだ。
「高架道路が有るので、その端の崖を20メートル程を斜めに掘り下げて、面を合わせて道を作れば、簡単です」
指した先には、高架に上る道路も見える、料金所も有ったので実は高速道路だった様だ。
しかし、ソレを簡単と言うのか!
「成る程、バスは問題ないな」
頷く頭目。
「ここの乗り物も、召喚して貰えば乗り放題よ」
マリー。
「あの小さいヤツもか?」
頭目が指差したのは普通の自動車だ。ソレが幾つも有る。
その中にアルファ75と言う車が有った。男が元の世界で所有していた車と同じヤツだ。
見るにこちらの方が新しい。
男の車は30年位前の中古車だったが、ここのは新車の様に綺麗だ。
ここは、マリーの世界に近い年代なのだろう。
バブル真っ只中か? その終わりか。
「しかし、ここにはまだ魔物が居るぞ」
ここのダンジョンはカラスとネズミだった筈と男は言った。
「そんなの駆除よ」
その男の言葉をマリーが吐き捨てる。
「ウム、問題ないな」
頭目もそれに頷く。
「ねえ、地下に降りても良い?」
コツメが無邪気に手を上げた。
「そうね、行って見ましょうか」
頷くマリーと頭目、その他。
簡単に言う。
仕方無い、言い出したのは俺だ。
諦めて、ネズミ達を地下に偵察に出す男。
『地下は、まだ余り仕事が出来て居ないので気を付けて下さい』
ネズミの代表が注意を即して来た。
カラスが入って行きにくいので、駆除に時間が掛かっている様だ。
「大丈夫よ」
と、マリーを先頭にスタスタと階段を降り始めた、男以外の全員。
慌てて着いて行く男。
地下通路を暫く歩いた後に、いきなり明るい場所に出た。
いろんな店がテナントとして入っている。
しかし、そんな楽しげな場所も、床には無数の死体が転がっていた。
ヤハリ、前から斬られた様だ。
が、それらも殆どが喰われていた。
「コレは、掃除が大変だ……」
敢えて掃除と言わなければ気が変に成りそうな光景だ。
自身はネクロマンサーなのに、どうしてもこの無惨な死体は受け入れがたい。
だが、ソレは男ダケの様だ。
コツメもジュリアでさえ普通に話をして、歩いている。
「夏には臭く成りそうね」
マリーが言う。
「春なのに最近は涼しくて良いけど……今日なんて、寒い位だわ」
ブルブルっと。
頭目も頷き。
「ソレ迄にどけないとな」
簡単に言う。
ゴーレム達は気にもしていない。
「いっその事、みんなゾンビにしてしまう?」
「嫌だ」
即答で返した男。
元の世界の人間とここの世界の人間とでは、男の心の中で重さが違う様だ。
どちらも同じ人間なのにだ。
その理由は……わからないが、確かに違う。
「そう、じゃあ、運び出す方法を考えないとね」
「普通に人海戦術で良いだろう」
頷く頭目。
「俺達が総出で二・三日、寝ないでやれば何とか成るだろう」
ヤハリ、簡単に言う。
コツメとジュリアは色んな店に入っては、あれやこれやと見て回っていた。
無邪気に……。
と、その一つの店。
服屋に入ったジュリアが大声を上げた。
「誰か居る!」
全員が走り寄る。
「この中」
指差す先はカーテンの閉じた試着室。
戦闘体制の皆。
その中の一人、アルマが前に出る。
そして……静かにカーテンを開けた。
ソコには、今にも泣きそうな幼女が一人うずくまって居た。
生存者!
マリーの見た目が10才位だから、それと比較して5・6才?
白いドレスに、胸元に萎れたユリの花が飾られている。
何かの発表会か?
「ちょっと! 何でこんな所に」
マリーが叫んだ。
その声に驚いたのか、大きな声で鳴き始めた幼女。
「泣いてないで答えなさい!」
幼女の前で仁王立ちのマリー。
「おい」
そんなマリーを押さえて。
「大丈夫か? 怪我は?」
男にとっては二人目の元の世界の人間、転生者。
イヤ、三人目か……あの殺人鬼の親父もだろうからだ。
そして、ジュリアが側に寄り、泣いている幼女を優しく抱き締めた。
少し落ち着いたのか、嗚咽を交えて話始める幼女。
「お母さんと、ピアノの発表会の帰りにケーキを買いに来たの」
グスリ。
「そんな事を聞いて無いわ」
男はその声を荒げたマリーの頭を押さえてひっぺがす。
「大丈夫よ」
シッカリと抱き締めるジュリアの励まし。
「それで……どうしたの?」
「そしたらね、急に暗く成ったの」
ウグッ。
「お母さんは、停電だからスグ電気がつくって言ったのに」
グス。
「つかなかったの」
ヒック……。
「そしたら、悲鳴が聞こえて来て」
ビクッと体を震わせて。
「人が一杯走って来て……お母さんとはぐれたの」
ウグッ。
「でね」
グス。
「お母さんを呼んでいたら、知らないオジさんがね、一緒に探してあげるって」
ヒック。
「で、そのおじさんと一緒に歩いてたら」
ウグッ。
「急に、前の人に声を掛けてね」
グス。
「その人を殺しちゃったの」
ヒック……。
「絵本の剣みたいなので」
……。
「そしたら、そのオジさんが光りだして……ちょっと若いオジさんに成ったの」
「時と空間の勇者ね」
マリー。
「それで?」
ジュリアに促されて。
「怖くなって逃げたの」
ウグッ。
「そしたら今度はネズミが一杯出て来て」
グス。
「もっと逃げたの」
「そして、ここに隠れたのね」
ジュリアは幼女の頭を撫でて。
「怖かったわね」
「うん、怖かった、お腹は空くし、喉も乾くし」
グス……グシ。
「だから、イケナイ事だけど、お店の食べ物とジュースを取ったの」
「そう、でも大丈夫よ」
ジュリアは優しく頷いて。
「その分は、後でお姉さんがお金を払っといて上げるから」
「有り難う」
嗚咽が止まらない。
「ご免なさい」
「でも、良くネズミから逃げられたわね」
マリーが呟いた。
「逃げてないよ」
幼女はマリーに向かって。
「だって、ソコにズット居るもん」
と、指を差す先は、ハンガーに掛けられてズラッと並べられた洋服の下。
ソコには無数のネズミ達がコチラを見てた。
もちろんゾンビでは無い。
それは魔物の方だ。




