021 捕食者
ドワーフの里を出た男達は……今現在、ダンジョンの入り口に立っていた。
あの蜘蛛のダンジョンだ。
今後の為にも入り口を造ろうと成ったのだ。
せめて幌車が通れる広さでないと……何時までも徒歩だ。
流石にそれは面倒臭い。
どうもドワーフの里にはこれからも何度も足を運ぶ事に成りそうだからだ。
マリーの魔法の証文の数字が零に成るまでだ……そんなのは何時の事に成るのやらだが。
そしてその作業はゴーレム達に任せる事にした。
ゴーレム達、皆が力が有る。
土木作業も何のそのだ……セオドアを除いての事だが。
ジュリアはとても遠い目をしている。
スキルの遠目を使っているわけじゃあない……心の問題だった。
カエサルの墓を後にして。
一度、家に戻って旅の準備をして……里を出た。
里を出る時は、流石に家族と別れを惜しんではいたが……それでも普通だった。
ジュリアの場合の普通は……まあアレだが普通は普通だ。
だがしかしだ。
里を出た瞬間にコツメが笑いだしたのだ。
ジュリアを指差し、腹を抱えてだった。
それを見たジュリア……サーっと青ざめて。
……そして今に至る。
あの時に気付いたのだろう。
自分がコツメに騙された事にだ。
コツメは自分が奴隷にされたからと、ジュリアを巻き込んだのだろう。
コツメの場合は自分で言い出したからなのにだった。
そういえば……そこにはマリーは居なかった。
居ればコツメに嫌味でも言っていたろうに……いやでもマリーはコツメの奴隷に成った経緯を知らないのか。
なら騙されたジュリアの方を笑うのかもしれない。
そのマリーとは里を出てすぐに合流した。
カエサルの墓の方角から歩いて来たので……本当の用事を済ませて来たのだろう。
そんなこんなを考えていると、ノーマルゴーレムが男を呼んだ。
「出来ましたよ」
男はそちらを見ると。
ビルの壁に大穴を開けて、その崩した瓦礫で段差を綺麗に均している。
坂は少し急だが、これなら荷車も通れそうだ。
「おお凄いな、ちゃんとしたスロープだ」
「ホント良く出来てるわね」
マリーも大きく頷いていた。
「でも問題は反対側ね。こちらは瓦礫を落とすだけでまだ楽だけど……向こうは下から造っていく登り坂よ」
「まあ蜘蛛ももう居ないし……全員でユックリやればいいんじゃあないか?」
男は軽く笑みを浮かべて、隣に立つノーマルゴーレムに目線を送り。
「なあ」
と、頷いた。
「ねえ、この子達の名前は?」
コツメだった。
ゴーレム達が作業をしている間は何処かに消えていたのに……。
終われば直ぐに現れる。
まあ、何時もの事かと苦笑いの男。
でも同じ様なゴーレムが幾つも居れば呼び難いのは確かだ。
「名前か……」
ノーマルゴーレムを見て。
「有るのか?」
そう聞いてみた男。
セオドアは自分の名前を持っていたからだ。
「自分はNo.006と呼ばれて居ました」
「006か……それは駄目だな」
名前では無い。
数字で呼ぶのは人格を否定している気がする。
呼ばれる方はそれでも良いかも知れんが呼ぶ方がキツイ。
「じゃあ……シェースチとかどう?」
コツメ案は単純に六のロシア読みだ。
「スィスでしょう」
マリー案はそんなコツメに引き摺られたのか?
フランス読みに成っただけ。
「ゼクスだな」
しかし男も他に思い付かなかった。
男はドイツ語にした。
三人の誰の意見を採用しても……意味は結局は同じ6だ。
「どれにする?」
男はまだ他にはと考えて居たのだが。
マリーはゴーレムにどれかを選べと促している。
「自分で決めていいわよ」
それにウーンと唸るゴーレム。
「ではゼクスでお願いします」
ニコリと笑ったゼクスだった。
男は一瞬。
俺に気を遣ったのだろうか?
と、考えたのだが……それでも本人が良いと決めたのならそれも良いとも思う。
石で出来たゴーレムの表情がとても良く見えたからだ。
そしていつの間にかにゼクスの後ろにシルバーラインと空の鎧が並んでいる。
二人も自分の名前が欲しい様だ。
「次はシルバね」
コツメ案。
やはり単純だが……男もマリーもそれには頷いた。
もう既にシルバーラインが普通に成っていたからだ。
それを短くしてシルバ。
良いんじゃないか?
見ればシルバ本人も満足気だ。
次は鎧か……。
どうするかと考える男。
「鎧は……アルマトゥーラがいいんじゃない?」
コツメが先に提案。
「アルミュールとか……どう?」
イタリア語でそのまま鎧か……。
「アルミュールでしょう」
マリーはフランス語に拘る様だ。
「いや、もっと男らしい感じのパンツァーだな」
男は違うだろうとそんな顔で。
だが、それには全員が男の顔を見た。
ん? 決まりか?
と……思ったら。
「この子……女の子よ」
そうマリーに言われてしまう。
そして全員が頷いて、目一杯の呆れ顔を向けられた。
見てわかないの? とそんな顔のマリー。
うわ~ひっど~な顔のコツメ。
ただ首を振るシグレ。
俯くムラクモ。
セオドアには鼻で笑われて。
ゼクスとシルバには一歩引かれた。
唯一何も感情を出さなかったジュリアでさえ……ジト目な気がする。
未だに遠い目なのだが……そう見えたのだ。
しかし男は逆に聞きたいと思う。
なぜわかる?
そんな男を放って置いて。
「アルマに決めましょう」
マリーが決めた。
男は黙ってただ頷く。
それしか出来ない。
ってか……それ以外の権利は無くした様だった。
さてそのゴーレム達が造り上げたスロープを使ってダンジョンの中に入る。
もう既にここの魔物の蜘蛛は退治済みだ。
なのだが……あまり油断はしない方が良いだろう。
新しく魔物がわいている可能性も考えられるし……と、慎重に確認をして入ろうとしている男の横をマリーとコツメがスタスタと喋りながらに歩いて行った。
アンタ、なにしてんの?
そんな目を男に残してだった。
「大丈夫なのか?」
男は思わず声を出す。
「大丈夫よ」
マリーは肩を竦めて。
「この規模のダンジョンならそんなに頻繁には魔物もわかないわよ。倒し損ねたヤツの生き残りが居るかもだけどそんなの……」
鼻で笑い。
「なんとか成るでしょ」
スタスタと。
あっそう……。
と頷いて男も後を追う。
遠い目で呆け中のジュリアもゴーレム達が手を引き連れて行く。
ビルをくぐって道路に出た。
左はドン着き。
右にはメインの大通りが斜めに真っ直ぐ延びている。
それは前回に通ってわかっていた。
だから迷わず大通りを進む。
その真ん中の交差点には焼けたタンクローリーが、爆発で飛ばされたのだろう。
角のビルに逆さまに成り食い込んでいる。
そして道を塞いでいた蜘蛛の巣はその痕跡だけを残して墨と成っていた。
随分と歩き易くなって結果オーライだ。
『旦那、アレは何です?』
ムラクモが見付けたのはバイクだ。
交差点の横の道を見れば目立つ所に駐車している。
でかくて黒光りしたアメリカン。
「ハーレーだ」
おおいいねと、男は笑みをこぼす。
「俺達の世界の鉄の馬だな」
説明はそれでもじゅうぶんだろう。
男はそちらに寄り道。
ムラクモとシグレも一緒に着いてきた。
やはりこの二人は乗り物にとても興味を引かれる様だ。
ニヒキカエルの習性か?
それとも持っているスキルに起因するのだろうか?
男はハーレーのエンジンを掛けてやる。
転生されて突然にエンジンが止まって……そのまま魔物にでも追いかけられたのだろう。
どれも普通にキーが刺さったままだ。
それを捻ると、腹に響く排気音。
アクセルを軽く捻ってブリッピング。
カエル達の目が輝きだした。
どういう乗り物かを理解したのだろうか?
しかし……これは男にしか動かせない。
フムと考えた男。
フト思う。
これをゴーレムにはできんのだろうか?
人形では無いが……しかしアルマ依りも理屈は通っている筈。
機械としては動いていたのだから。
やってみよう。
駄目で元々だ。
男は呪文を唱え始めた。
ハーレーの真下で光る魔方陣。
しかし、やはりかバイクが勝手に動く事は無い。
一瞬、服従の意思を感じたのだが、それは勘違いか?
男は気を取り直してバイクに股がった。
エンジンを軽く吹かしてUターン。
『おおおお!』
カエル二匹の合唱。
「後ろに乗ってみるか?」
男はカエル達を顎で誘った。
その誘いにムラクモとシグレは即座に反応して、二人してバイクの後ろに飛び乗った。
ハーレーに三人。
チョッと窮屈では有るが走れなくは無い。
すぐそこまでの遊びでの事だし……。
この世界にはお巡りさんも居ないしな。
いや、居ても大丈夫か。
一人と二匹だから法律違反じゃあ無い筈だ。
なんて下らない事を考えながらに交差点を曲がる。
途中、ジュリアとゴーレム達を抜き去り。
マリーとコツメが居る場所へと走らせた。
その二人は地面を見ながら何かを話している様だった。
男は二人の横にバイクを寄せて。
「どうした?」
男に声を掛けられた二人は地面を指差して。
「あのとき倒した蜘蛛なのだけど」
マリーが呟く。
そこには地面に転がる蜘蛛の死骸が五匹。
ガソリンの臭いをさせながらそのままの姿で転がっている。
「蜘蛛だね」
男には何がおかしいのかがわからない。
「ここにチャンと有るのに」
マリーは交差点を指して。
「焼けた蜘蛛の死骸が無かったのよ」
「爆発で飛ばされた?」
タンクローリーが吹き飛ぶくらいだしと、男は考える。
「それでも何処かに何かの痕跡くらいは残すでしょう?」
マリーは頷いて俯く。
「無いのよ」
そして男を見て。
「アンタ、何か見付けた?」
「いや、そう言えば見てないな」
男は指で顎で支えながらに交差点を見る。
「蜘蛛の巣の焼けた痕は有ったが……死骸は無いな」
「そう……」
マリーは辺りを見渡して。
「嫌な予感がするわね」
その時。
背後から悲鳴が聞こえる。
男が振り返るとジュリアが血相を変えて走って来た。
「出たの!」
ジュリアは交差点の方角を指差して。
「見たの!」
男に訴える様に。
「居たの!」
「何が?」
男は落ち着かせる様に優しくジュリアに声を掛ける。
多分蜘蛛か?
「黒いのが」
ジュリアは肩を竦めて小刻みに震えていた。
「カサカサって」
涙目に成り。
「居たの!」
男はジュリアのちゃんとした声を初めて聞いた。
見た目に反して少し低めのトーンの声だ。
個性的だね……等と考えている暇は無かった。
ジュリアの指す方向に黒い物体。
それが両脇のビルから続々と出てくる。
カサカサと嫌な音をたてながらだった。
「ゴキブリ?」
男の声は裏返っている。
見た目はそのままに……だが、デカイ。
アメリカのバスケット選手のシューズ一足分のサイズのそれが無数にだった。
交差点からこちらに向かって道路を、波が寄せる様に黒く染め上げるソレ。
「な! ナニよ! アレ!」
マリーも狼狽えている。
「来るな!」
コツメは小さな火を飛ばしながらに叫んでいた。
変なポーズを着ける余裕も無いようだ。
「何処からわいたのよ」
ジタバタとマリー。
「何処に居たのよ」
迫り来るゴキブリ。
しかし男達を中心に一定距離を保ちながらピタリと止まった。
「囲まれたぁ」
コツメは半泣きで氷手裏剣を滅茶苦茶に飛ばしている。
増え続けるゴキブリ。
だが、線を引いた様にそこから入っては来なかった。
「なぜ?」
男はその気持ち悪い行動を考える。
「何故にそこで止まる」
……。
いや、しかしこれはチャンスだ。
考えてもわからないなら行動有るのみ。
「蜂達に告げる。敵進行軍を適時迎撃せよ」
そう命じたのだが……。
『報告……任務……遂行……不可能……ウゲ……ゲロゲロ』
なんだ? どうした?
男は慌ててフードを引っ張り確認すると。
蜂達はフラフラでゲロを吐いている。
男のフードの中でだ。
「どうした? 何が有った?」
『ほ、報告……臭いが臭いです……頭がクラクラします……蜘蛛からです』
ゲロゲロ……。
「蜘蛛?」
あ! ガソリンか?
「ガソリンの揮発臭が殺虫剤がわりに成ったのか?」
「じゃあガソリンを撒けば良いのね」
ガソリンスタンドを指差すマリー。
「いや駄目だ」
男はそれを直ぐに否定した。
「なぜ?」
「蜂達も殺られてしまう」
男はカエル達を見て。
「それにムラクモ達もだ」
二人は蜂達よりはマシのようだが、それでも本調子には見えない。
擬人でもやっぱり両生類なのだろうか?
「でもおかしいわね」
首を傾げたマリー。
「ガソリンが殺虫剤に成るなんて聞いたこともない」
今の状況を無視した発言は……これは多分現実逃避の行動なのだろう。
その気持ちは良くわかると男も思った。
だからだ、とにかくそれに答えてやる。
「ここが異世界でガソリンなんてものが存在しないからじゃないか?」
適当な事を言っている男。
しかし、そんな話をしながらに別の事を考えていた。
蜘蛛が居た時はゴキブリなんて見掛けなかった。
なのに今はウジャウジャ居る。
新しく召喚されたにしてはその数が多過ぎる。
やはり、あの時から居たと考えるのが妥当だ。
そういう事なら答えは出た。
男は蜘蛛の死骸に死者召喚の呪文を掛けた。
蜘蛛をアンデッドとして使役するのだ。
「なにするの?」
マリーが叫ぶ。
ゴキブリ程では無いが……蜘蛛も嫌なモノらしい。
しかし男はそれを無視して叫ぶ。
「この蜘蛛が捕食者だったんだ!」
五匹の蜘蛛がモゾモゾと動き出した。
「でもレベル1でしょう? 戦えるの?」
マリーの疑問もわかる。
「わかっている!」
男はムラクモを呼んで、道路の奥に停めて有る猫の絵の描かれたトラックを指差して。
「あそこまで俺を抱えて飛べるか?」
そこはまだゴキブリも少ない。
それでも数匹が見えるがまだマシな方だ。
『舌のスキルですね! 旦那』
ムラクモは男に飛び付き、舌を飛ばしてトラックまで飛んだ。
男に素早くトラックに張り付いていたゴキブリを蹴飛ばして。
スライド式の助手席ドアを開ける。
「よし! 乗り込め!」
そのドアから運転席にも荷室にも行けるチョッと変わった造りのトラックだった。
猫のマークはそれを使うと男は知っていたのだ。
ムラクモが乗り込んできたのを確認して、男はスライドドアを勢い良く閉める。
その時にドアに一匹のゴキブリが挟まれて潰れた。
ビチャっと嫌な音と共に内容物をブチ撒けて死んだゴキブリ。
それを合図にか他のゴキブリが一斉にトラックにたかり始めた。
音か?
それともゴキブリの潰れた内容物の臭いか?
どちらでも同じだが、その潰れたゴキブリを食っている様だった。
男はそのまま運転席に飛び付きエンジンを掛ける。
キーはやはりか着いたままだった。
日本人の律儀さに感謝だ。
車が立ち往生する様な緊急事態には鍵は付けっぱなしで避難する……その行動も今回の転生でも実践してくれていた。
大手の業務用トラックならそれも会社の方針で徹底して教育されている筈だとも考えたのだが、正解だった。
ブルンと震えだしたトラック。
男は目の前のフロントガラスを這うゴキブリをワイパーで飛ばして。
ギアを入れてクラッチを繋ぐ。
トラックならFR車でオートマは無いとたかを括っていたのだがそれも正解だ。
いきなり繋がれたギアで後輪が空転を始めてその場でスピンターンをしたトラック。
その反動でか重心の高い車高は大きく揺れた。
そして張り付いていたゴキブリを弾き飛ばす。
そしてトラックを黒い絨毯の特に色の濃い所に向けて走らせた。
ゴキブリをタイヤが踏む感触がハンドルに伝わる様だ。
ブチブチと次々と轢いていく。
暫くそのままで走らせていると。
ムラクモが声を上げた。
『旦那、マリーさんが呼んでます』
運転席横に立っていたムラクモが窓の外を指差した。
男はハンドルを少し切って。
クラッチを一蹴りしアクセルを全開にする。
アクセルターンの積もりだったのだが、潰れたゴキブリのせいでか雪道を走っている様に簡単に滑って方向転換。
揺れる車体でへばり着いていたゴキブリを数匹飛ばして加速する。
そしてマリー達の居る所で急停止した。
間髪入れずに蜘蛛達がトラックのゴキブリを糸で絡め取り、皆が乗り込む隙を作ってくれる。
もうしっかりとレベルも上がった様だった。
次々とゴキブリ共を倒していくのがフロントガラス越しにも見える。
蜘蛛の戦い方はまさしく捕食者のソレだった。
糸で捕まえて飛び付いてトドメ。
それでもゴキブリの数が多過ぎる。
なので男もトラックを走らせて加勢した。
小一時間もそれを続けたらば。
その頃にはもうゴキブリも殆どが見えなく成っていた。
総てを倒したわけでは無いが、それでも成長した蜘蛛達に恐れを成してその大半が逃げて隠れた様だった。
終わった……としておこう。
男はハアっと息を吐く。
しかし……耳を済ませばカサカサと何処からか音がする気がしたが。
それは気のせいだと見ないフリを決め込んだのだった。




