107 ついているマリーと新王
敗戦が決まって三日後の夜の事。
ゾンビ大臣とルイ王が帰って来た。
頭目も勿論一緒にルイ家にやって来る。
それ以外のゾンビ盗賊達は、いったん里に帰る事に為った。
ルイ家の屋敷に入るには、ぞろぞろと多すぎる。
屋敷の玄関をくぐったルイ王にソフィーが目を剥いて驚いた。
「お祖父ちゃんが……生き返った!」
その呻きを聞いたテレーズも。
「あら、本当に」
ルイ家の当主も驚いていた。
「他人のそら似と言うモノを初めて理解出来た気がする」
と。
それを見ていた? 顔の大臣。
「闘将ルイ王なのだから似ていても当然では? 血の繋がる御先祖なのでしょう」
と、要らぬ事を口走る。
ルイ家には、俺がネクロマンサーだとは明かしていないのに……と、男は眉をしかめた。
「御先祖?」
主人が首を捻る。
その姿に大臣も気付いた様だ、今更ながらにしまったと言う顔に為る。
そこに、溜め息を吐きつつマリーが。
「この男は、ネクロマンサーなのよ」
と、男を差し。
ルイ王を見て。
「こっちは本物のルイ王……召喚したアンテッドよ」
「アンテッド……」
一歩、後退る当主。
「あら、そうなの?」
と、テレーズが明るく答えて。
「それでは、お供え物が必要かしら」
「ワシは幽霊では無いから必要は無い」
「でも、死んで居るのよね?」
「確かに生きてはおらんが……」
と、困惑顔のルイ王。
「お供え物が無くとも化けて出たりはせん」
「化けて、出てるじゃん」
コツメがチャチャを入れ始めた。
確かに化けている、本来は骸骨の姿なのだからと、男も納得してしまった。
「やはり、お供え物が……何が良いのかしら」
と、台所に消えていくテレーズ。
「最近、お買い物にも行きにくくて、何も無いのよね……」
「……もう、何でも良いぞ」
そう言って諦めたルイ王。
その気の抜けたやり取りを見ていた当主とソフィー。
驚きも恐れも何処かにやってしまった様だ。
「本物の御先祖様」
当主がまじまじと見る。
ソフィーも正面階段の踊り場の肖像画とルイ王を見比べている。
二人共にもっと重要であろう事、男がネクロマンサーだと言う事は頭に入っているのだろうか?
それとも、実はそんなに大した事でもない?
男が一人で気にしてるだけ?
そんな時に、扉を叩く音がした。
深夜では無いが、もうすっかり日も落ちて長いのだが。
主人が扉を開けた。
その先にはエルフと人間の男が立って居る。
その男の方が口を開いた。
「ルイ・シャルル殿、我が国の全貴族に召集が掛けられました、お越し願いますか?」
その後ろにエルフが居る時点で、占領軍による呼び出しを示している。
「伯爵殿、私は貴族と言っても爵位も有りませんが……」
少し困惑顔のルイ家の主人。
「貴方はルイと言う名がそのまま爵位です……立派な貴族です」
キッパリと言い切った。
「呼ばれたのじゃ、行ってその責務を果たして来い」
ルイ王が主人の肩を叩いた。
そのルイ王を見て、伯爵が。
「そちらは……先代か?」
少しいぶかしむ。
ルイ家の主人もルイ王も、やはり似ているのはそうだろう、血の繋がりが有るのだから。
うやむやに頷いた主人。
それを見て伯爵がルイ王に声を掛けようと歩み寄るが。
その伯爵をルイ王がせいして。
「今のルイ家の主はその男だ」
主人を差し。
「全てはその者が決める事じゃ」
と、微笑んだ。
それに頷く伯爵。
「では、そのようにして」
と、頷き返す。
そして、ルイ家の主人を見て頷いた。
「参りましょう」
そのまま、主人を連れて出ていった。
もちろん男は、蜂とネズミを忍ばせる事を忘れてはいない。
残された男達はそれぞれに顔を見合せ。
そして、ルイ王を見る。
「占領軍の統治の始まりじゃ」
その皆が聞きたいで有ろう事を答える。
「この国の在り方はそのままで、統治者に口を出す……そんなところじゃろう」
「しかし、この国の全ては王が決めていた事、それを貴族を集めても……」
大臣が首を振る。
詰まりは独裁政権だったのか……そんな気はしていたが。
「なら、王を決める事に為るかもじゃな」
軽く言ってのけたルイ王。
「爵位の上位者でも、政治は……」
と、口を濁す大臣。
「どうせ、政治などは占領軍が勝手にやるじゃろう……それを民に伝える為の看板じゃ」
ルイ王はニコリと微笑み。
「誰でも良いのじゃ」
「そんなものなのか……」
男も頷いた。
「案外、ここの主人が王に成ったりしてな」
ルイ王が笑う。
「そんな事が有るのか?」
と、男も笑った。
「あるかも知れません」
一人真顔の大臣。
「貴族の中でも唯一、戦争に関与していないのが……ここの主人です」
ほお! 皆が驚きながらに声を出す。
でも。
「まさかね……」
と、男は呟いた。
その日の深夜。
男は一人でロビーの端に座りながら煙草を吸い、貴族達の会議の様子を蜂伝いに覗いていた。
と、言ってもエルフの一方的な押し付けを貴族達が頷くだけの事なのだが。
その話が佳境に入った頃。
男は椅子から転げ落ちる事と為る。
ルイ家の主人が……本当に王に成ってしまったのだ。
その物音に驚いたのか、マリーが起きてきた。
「何? 今の音」
瞼を擦りながら。
「ここの主人が……王に……」
転げたままでそう告げる。
「そう……」
興味の無さそうな態度で男を跨いで。
「トイレ」
そのマリー、いつの間にかパンツを履いていた。
買った覚えも、見た覚えもない。
んん? と、男が考えて出した答えが、取って着けた下半身が元々履いていたヤツ?
正解?
それを聞く間もなくマリーがトイレに駆け込んだ。
そして、暫く。
突然にマリーが屋敷の屋根が飛びそうな勢いで叫びながら走りよってくる。
「付いてる!」
ん?
「そりゃ、付けたんだから……付いて居るんじゃ無いの?」
「違うのよ! 付いてるの!」
「その下半身は自分で付けたじゃないか」
くっついて無いならそれはそれで大変だろうに。
真っ赤な顔で叫んだマリー。
「チンチンが付いてるの!」
「マリ夫!」
階段からコツメの声。
そして、笑い声。
マリーの騒ぎで起き出したのだろう、皆がロビーに集まり始めた。
頭を抱えて踞るマリーを指を差して笑うコツメ。
必死に笑いを堪えるジュリア。
何がなんだかわからないルイ姉妹。
男は椅子を起こして。
「どうでもいいんじゃないの?」
動けば何でも良いじゃん。
「どうでもよくない!」
また叫ぶマリー。
「付いてんのよ!」
「じゃ……切れば?」
手で適当に払いながらに、新しい煙草に火を付けた。
「簡単に言わないでよ!」
マリーに睨まれた男。
「マリーが自分で選んだんじゃ無いか」
男は口をへの字にして。
「……見た時は、可愛いかったのよ」
半泣きだ。
「良いと思っちゃたのよ」
「男の子なのを気付かずに、付けちゃったんだ」
また笑うコツメ。
「ハイハイ」
男は適当に返事をして。
「そのうちにマリーのクローンが出来るから、それまでは我慢だな」
「そんなの……ズット先じゃない」
本泣きのマリー。
寝そべって、床を叩いて泣きじゃくる。
そんなマリ夫は放って置いて、ルイ姉妹に。
「君らのお父さん……この国の王になっちゃったよ」
と、告げる男。
「?」
な、顔で返す姉妹。
「君らも、今から王族なんだよ」
大袈裟にお辞儀をして見せた。
ますます混乱し始める姉妹。
「王様?」
テレーズが男を見て。
ソフィーは考え中なのか首を捻りまくっている。
「そう……王様」
「この国の王様は?」
ほんわかと、聞いてくるテレーズ。
あの間抜けな独裁者の事か?
「死んだよ」
戦死なんて格好いい死にかたじゃ無い。
裏切られて刺されただけの情けない最後だが、それは言わないでやろう。
初めて聞いたにしては驚かない二人。
「でも、姫様は?」
「エルフが決めた事だからね、敵国の王の血は排除したいのでは?」
それに、その姫……本人も嫌がっていたし。
「それでも……他に適任者は……」
と、そこでソフィーが初めて口を開いた。
「お父様の様な、何にも考えてない……適当な人間に勤まるとは……」
ちらりとテレーズを見て、そして頷いた。
ソフィーにとっては、父と姉はふわふわの雲の上を歩いている様な幸せな人……そんな評価なのかもしれない。
「たぶん……だからだと思うよ」
そんな人間の方がエルフも御し易いし……民も安心しやすい。
そんな腹も有るのだろうと男は答えを見付けた気がしたのだ。
「ついているのよ……」
マリーがまだ、泣きながらに叫んでいる。
男は頷き。
「君らのお父さんは、運がついていたんだね」
「運のつき」
コツメが笑い。
「ついていたのかぁ」
と、ソフィーが唸る。
「誰も他に候補者も居なかったようだから、玉突きでだろうのう」
ルイ王が横から。
「そうね、玉もついているのよね」
ジュリアが口元を抑え。
「つき……」
テレーズ。
「そうよ……ついているのよー」
床をバンバンと叩くマリー。
「ついているモノは仕方ない」
男も笑った。




