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第一話:嘘吐き猛虎が隠しても

 ズボンは()だ濡れて居るが、(おれ)は其処等をほっつき歩いて居る。

 何か歩きでもしないと自分の精神が狂ってしまう様な気がしたのだ。


 然し、案の定。


 ──ギュルルルル。


 腹の音が鳴る。其れも、かなりの大きさで。

 俺は何故か腹を(さす)って居るが、其んな物で腹は膨れまい。何か、食料を見付けなければ為らない。

 だが、此処等に食料と成る物は無い様に思える。(きのこ)一つ生えて居ない。

 

 ──ギュルルルルルウ。


 さっき依りも激しい腹の音が鳴る。己は其処等辺に生えて居る植物を千切って口に入れる。

 苦い。途轍も無く苦い。口の中には渋い味が広がる。思わず顔を(しか)める。けれど、此んな渋い物でも噛まなければ己は空腹でおかしく成ると思ったのだ。


 と、森を彷徨いて居ると何か、白い様な、もこもことした何かが現れた。耳が長い。何だ。

 いや、()れは動物の様だ。目を細めてよくよく見てみると、其れは兎の様だった。


 瞬間、己の意識は無くなる。

 何かが頭にうち込まれた様な酷い痛みを感じて、目の前がブラックアウトした。


 次に目を開けた時には、己は何故か視線が低く成って居た。

 口には鉄の味が広がって居る。嫌な味だ。何が有ったんだ。


 目線をゆっくりゆっくり、俺の口元に向けると、其処には兎の様な生物が(くわ)えられて居た。

 吃驚して立ち上がり、口から其れを放す。


 覗き込む様に其れを見ると、其れは死んで居た。

 腹に大きな歯型を付けて横たわって居た。いや、死んで居た。と表現するのはおかしい。


 


 ()()()()()




 そう、己が殺した。己が殺したのだ。絶対的に抵抗出来無い弱者を、己が此の歯で命を絶たせたのだ。

 口の中の血の味が其れを物語って居る。


 其れでも、如何しようも無く腹はギュルギュルと鳴る。


 目の前に横たわった奴を食べなければ、己の命は無い。

 もう、己の体はくたくただ。全身に力が入らない。


 すると、那の文字が脳裏を横切る。


『お前はもう人間じゃない』


 ──煩い。


『精々此の世界で苦しめ‼︎』


 ──煩い煩い‼︎


 すると、己の手は、其の無害な生き物だった其れに伸びて居た。

 己ははぁはぁと息を整えると、「いただきます」とぽつりと呟いて、其れを食べ始めた。

 

 己は食べる。食べて居る。此んな物を食べなければ行けない自分が憎い。

 自分で殺した生物を食べたく何て無い。でも、其れをしなければ己の命は無い。

 そして、此んな己に殺された此奴の立場が無い。


 だから、食べる。だから食べて居る。

 口の中にはどんどんと血の味が広がるが、己は骨迄むしゃぶり付く。

 肉の味何か、分かる訳無い。


 お前は人間じゃ無い? 嗚呼、其うだ。己はもう、此んな事をするのだから人間では無いのは火を見る依り明らかだ。


 見ると、己の手元に残ったのは骨だけに成って居た。脳味噌迄も。きっと。

 己は其の骨を両手に抱えて歩き始めた。此れを食べたからか、己の腹は鳴って居ない。


 己は森を又ほっつき歩いて居る。そして、尖った石を一つズボンに忍ばせて居る。

 更に、地面に埋まった石を見付けた。よし、此処にしよう。


 骨を一旦置いて、石の前に手で穴を掘る。

 然し、手が汚れる。犬みたいにせっせと掘って居ると、何時の間にか大きな穴が空いて居た。


 其の穴に、己は骨を丁寧に入れる。そして、土で埋め戻す。


 石を持って来たのは此の為だ。己は石に石で文字を書き始めた。


『兎:此処に眠る』


 此れで良いだろうか。此れで、少しは浮かばれるだろうか。

 己は石に書かれた字を眺めた。


 ……字がへろへろだ。蚯蚓(みみず)が張った様な酷い字だ。何れも此れも、きっと此の厭らしい蹠球(しょきゅう)の所為。


 此んな事をして何に成るんだ。と云われるだろう。己も此んな事をしたとて何にも成らないと思う。

 きっと、野生では日々殺し殺されそして食べられの繰り返しだ。


 ──けれど、でも、此れは、人間じゃ無くなった己の、一つの訣別(けつべつ)なのだ。

 此の世界に生きる、と云う己の決断でも有る。


 ああ、生きてやる。生きて生きて……そして現実世界に戻ってやる。絶対に。

 己は、未だ良く分かって無い。何故、己は此の世界に送られたのか、そして、己が何故此んな姿に成って居るのか。


 でも、生きる。誰かが己の此の有様を見て嘲って居る様で有れば、其奴の顔面を一発ぶん殴ってやる。

 其れが目標だ。


 己は手を合わせる。そして、石の上を見た。其処には、眠って居る兎が居た。


 ……何だ? 此れ? 


 俺はそっと奴を叩いて起こしてみると、奴は俺を見るなり全身をびくつかせて何処かに逃げる様に走って行ってしまった。

 何々だろう、さっき、岩の上に兎何て居たっけか。そもそも、何故此処で眠って居たのだろうか。

 ……まぁ、いいや。己に食われなかっただけきっと奴は幸せだろう。


 己が空腹だったら、きっと己は奴を食って居ただろうからな。


 * * *


「はぁ。」

 疲れた。己は池の前でゴロンと転がる。水のせせらぎが耳を通る。

 寝れない訳でも無いが、矢鱈と夜目が効いて居る。お陰で、其の辺に有る樹や目の前に湖ですら、はっきりと見えてしまう。


 お陰で寝れない。全く以って寝れる訳が無い。

 おまけに後ろからがさがさと聞こえて来る。耳がピクピクと動く。

 此処等辺には動物が多いのだろうか。

 

 ……俺も動物か。絶対に半分は獣だ。


 森、か。森と云うと狼、と云うイメージが有る。もしかしたら其んな奴に己が喰われるかも……と思うと心臓が縮こまる。あぁ、どうか己が喰われません様に。其んな事を考えて居ると、己は眠りに就いて居た。

そんな感じで……はい、諸、ですね。諸。何がとは言いません。



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