中間地点
別に死にたいとかそういう気持ちはなかった。ただ何か義務的に死なないといけないと思っていた。
それに気づいた高二の冬、僕は屋上から飛び降りた。
痛かった。
身体的な痛みもあるが、視線が痛かった。数えきれないくらいの生徒が僕を見ていた。人が死にかけてると言うのに笑みを浮かべたり、写真や動画を撮りながら何かを言っている。痛い、体の表面は暖まっていくのに体の芯は冷めていく。
「やっと死ねる。」
そこには1種の達成感を感じていた。周りの人など気にならなくなってきた頃、遠くから僕を邪魔する音が聞こえてくる。
「僕はただ死にたいのに、」
そこで僕の意識は途絶えた。
気が付くと川のほとりにいた。川幅はかなりのもので目測数キロ以上あり船がいくつも浮いていた。
『三途の川』
その言葉が頭の中で繰り返される。あの世とこの世を繋ぐ川、つまりこの向こうは黄泉の国という事だろうか。
どれだけ時間が経っただろうか、ここでは日が昇ることはなくただひたすらに薄暗い世界が広がっている。早く向こう側に行きたいのに行く手段がない。残念ながら僕は俗に言うトンカチで特技は溺れることだった。そんなことを考えながらまた幾らかの時間が経った。
ふと、目を下にやるとそこに一輪の花が咲いていた。白く凛としていて美しく、それは生き生きとしていた。花は右に揺れたかと思うと左に揺れ、今度は左に揺れたかと思うと右に揺れた。そこに自身の意思はなく、ただ周りの空気に動かされているだけだった。
それに気づいた瞬間、その花に対する感情が反転した。僕はそういうやつが嫌いだった。自身の意思がなく周りに合わせ自分を殺している。周りが黒といえば白でも黒と言い、逆に白といえば白という面白みに欠ける人間。
そうして僕は花を抜いた。
その時また風景が変わり、今度は辺りが真っ赤な世界にいた。ここは先程とは変わって空には燃え盛る太陽のようなものがあった。
『地獄』
日本で生まれ育った人間にはそう形容したら伝わるだろう。そういう世界が広がっていた。しかしそこには誰もいなく、何も無くただ地平線が広がっていた。特にすることがないので自分の人生について考えた。
勉強も運動も人並みでどこにでもいるようなモブB、誰かの記憶に残ることも無く死んだらみんなの記憶からも世界からも消える、だからこうやって死ぬのは義務的なものだと感じていた。しかしその死の先には無だけがあった。無常という言葉は常に無という意味なのだろうか、それを訪ねようにもここには人がいない。少し寂しく感じた。
「これがあなたが求めていた死ですか?」
誰も居ないはずの後ろから声が聞こえた。男性とも女性とも取れる中性的な声。振り返るとそこに背丈160程の人がいた。
「別に僕はそんなの求めてませんよ。」
「自らの意思で死を選んだのに?」
「そんなのオタマジャクシがカエルになるのと一緒で自分の意思とか関係なく元からそういう風になっているんですよ。」
自分の行動を正当化しようと口から次々と言葉が出ていく、口から出任せを言うとはまさにこの事だろう、そんな僕にその人は憐れむかのような目を向けていた。
「自分から大切な命を投げ出すなんて勿体ない、なぜそんなことをするのか?」
「は?」
突然発せられた言葉を理解するのに数秒かかった。それは僕に対する同情であり同時に僕が嫌いなありふれていて、それを発した本人は本当は思ってもいない。そんな言葉だった。
「僕は1度もこの命を大切だと思ってませんよ。」
嘘だった。飛び降りた時、ほんの一瞬後悔した。まだ見たいものがある、まだ読みたい本がある、まだ歌いたい歌がある。その一瞬は自分の命を大切にしてる証拠だった。
「奇遇ですね。私もあなたの命なんてどうでもいいですよ。あなたが死んだところで私の何かが変わる訳でもないですし、あなたが生きてても特に何もありませんから。」
「お、お前は何を言いたいんだよ。」
「あなたこそ今本当に思ってることはなんですか? 死ぬのが義務だと思ってた? 笑止千万ですよ、代わり映えのない毎日に刺激が欲しくてそう思うことによって特別感を出してるただの厨二病じゃないですか。」
「うるさい!! それの何が悪いんだ。誰にも迷惑をかけてないからいいだろ!!」
「開き直りですか? 怖いですね、それに誰にも迷惑をかけてないって、あなたが飛び降りたせいで学校とかでは色々と支障が出てるんですよ、そういう自己中心的な考えはやめた方がいいですよ」
鬱陶しい、何もかも知っているかのような口ぶりで好き勝手言われて、何もかも僕が悪いみたいな物言い、でも言われたことは深く胸に突き刺さり何も言い返せなかった。
「まずですよ、死ぬなら未練とかそういうのは全部捨ててもらわないと困るんですよね」
「え?」
「だから、自殺とかするなら後悔とかしないで満足して死んでもらわないとこっちでの手続きが面倒なんですよ。 なのであなたには帰ってもらいます。」
そう言って腕を上にあげると、僕は上に落ちた。重力に逆らい落ちて行く途中で目の前が真っ暗になり気が付くと病院にいた。
「生きてる」
僕はそう呟いていた。