幼馴染な妹
思い浮かんだ設定はあるのでもしかしたら続くかもしれませんが気分次第です。
なぜ、人間は毎朝起きなければならないのだろうか。
目覚まし時計のアラームをバチリと叩いて止める。こんなに眠いのになんで起きて学校なんかに行かねばならないのだ。そんな詮のないことを思っているうちに、また意識はまどろみの中に溶けていく。
そうして数舜訪れた朝の静寂もまた同じようにスヌーズ機能で破られるが、それもすぐにバチンと止める。
そんなことを何度か繰り返していくうちに、ようやく目覚めはじめた僕の理性は、「そろそろ起きたほうが良いぞ」と警告するが、眠りに対する飽くなき欲求は「まだ大丈夫、もう少しだけ」と僕を甘く誘惑する。
流石の三大欲求。説得力が僕のクソザコ理性と比べて段違いである。
そうだ、まだ時間はある。それに昨日は夜更かしをしすぎた。だから今はギリギリまで寝ていたほうが良い。
そんな風に理性の警告から目を背け、ついでに目覚ましをアラームごと完全に止めて、さらにタオルケットを頭から被りなおして寝返りをうつ。そうして今度は枕元の小うるさい目覚ましにも邪魔されない、完璧な二度寝の世界に意識が落ちていく。
再び訪れる静寂。幸せとはこういうことを言うのだ、と、半分寝ている脳みそは考えるが、そんな幸せの終わりは玄関のチャイム音と共にわりとすぐに訪れた。
ピーンポーンと遠くで響く来訪を告げるベルの音。それからほとんど間を置かずにガチャリと扉の開く音がして、足音と誰かの会話する声が聞こえた。
あいつは形だけベルを鳴らしてから、結局はすぐに自分で扉を開けるので、相変わらずインターホンの意味がない。別段勝手に入って来ても誰も咎めないし、勝手知ったる他人の家といった感じなので、インターホンを鳴らすだけ律儀なのかどうなのかは僕にはよくわからない。
胡乱な頭でそんなことを考えていると、そのうちに足音がタンタンと階段を昇ってくる。
そうして思う。「あ、これまずいわ」と。
なんだかいつもより階段を踏む音に迫力があるし、今しがたガチャンと開け放たれた僕の部屋のドアも、ひらき方が乱雑で、明らかに「怒ってますよ!」という意思表示を感じる。これはいけない。
気持ちよく二度寝の海に沈んでいた僕の意識を必死に浮上させるが、僕が意識を取り戻して眼を開いたのと、あいつが、
「ふぅ」
と息を吐いたのちに軽い助走からトン、トン、タンと踏み切った音がしたのは同時だった。
……え? 踏み切った? なんで踏み切ったの?
そう思った瞬間、わき腹に鈍痛が走った。そうしてドタンと何かが床に落ちる音。衝撃による勢いで転がって見えた視界の端では、一瞬制服のスカートが丸ごとめくれてパンツ丸出しになった女の脚が見えた。
それで僕は何が自分の身に起きたかを悟った。
こいつドロップキックしやがったぞ、信じらんねえ!
そうして脚だけ僕のベッドに乗っていて、まるでなんたら家のスケキヨさんみたいな格好になっていた女は、そのまま器用に後転して立ち上がり、悶絶して声も出ない僕のことを見下ろして、
「なにかありました?」
みたいな顔をして立っている。こいつなんなの? そうすれば誤魔化せると思ったの? 無駄に運動神経いいのに頭は悪いの?
何かありましたかどころの騒ぎではないし、言いたいことは色々あるが逆に色々ありすぎて上手くまとまらない。だいたい今は息が詰まって声が出せない。
お前、人が寝てるからってやりたい放題すぎだろう。恨みがましい目でジトリと見上げ、ひっひっふー、ひっひっふーと呼吸を落ち着けていたら、ヤツも流石にやりすぎたと思ったのか僕の背中をさすりながら、
「大丈夫?」
と声をかけてきた。
大丈夫ではない。確かに毎度毎度起きない僕が悪いのだが加減というものを知らんのか。
ようやく息が落ち着いてきたので、体を起こして膝立ちになって顔を見上げえると
「なに」
と言って、少しばつが悪そうに顔をそらされた。
まあ、ちっとは反省しているようだがこれだけは言っておかなきゃいけないと思い、少し真面目な顔をして真面目な声を作り相手の名前を呼ぶ。
「万冬」
「…………」
彼女の名前は万冬。お隣に住む幼馴染兄妹の片割れ。昔から僕たちは3人そろって一緒によく遊んでいた。
「万冬」
「……ん」
返事がないのでもう一度名前を呼ぶとかすかにうなずいた。昔からこういう反応は変わらない。僕にとっても本当の妹みたいな存在だからちゃんと注意しないと。だから。
「……お前、黒はダメだろ、黒は」
「はい?」
……ん? あ、違った。言いたいことが色々ありすぎて、つい一番印象に残ったことが口からこぼれ出てしまった。まだ頭寝てるわ、これは。
万冬も一瞬なんの事かポカンとしたが、すぐに思い当たったのか色白の顔がみるみる真っ赤になった。一応恥ずかしいと思う神経は残っていたようで良かった。いや、良くない。
「あ、ちが」
「し、し、し、、、、」
し? 何だろう? 何が言いたいのかはもうバッチリわかるけど、全然わかりたくないから笑ってごまかそう。
そう思ってにっこり笑いかけてみたが、
「し、死ねえ!!!! この馬鹿!!!! エロ!!!!」
そう言った瞬間に飛んできた左足のインステップキックは、本能的に防御しようとした僕の腕をすり抜けて見事にみぞおちを打ち抜いた。
「……お、ごっ」
本当に無駄に運動神経が良いなと思いながら、そんでもってエロって単語は女子高生的にどうよと思いながら、結局起こしに来た万冬の手(足?)によって、僕はもう一度意識を手放したのだった。
これは僕こと羽村 巴とその幼馴染であり妹分である宮ノ平 万冬の関係の変化が訪れる高校時代の物語である。
お読みいただきありがとうございました。