大よく小を制す???
「ーーとは、言ったものの、必ずしも大きい物が小さい物に勝る、ってもんでもないわよねぇ……」
いつもの和室。座卓をはさんで向かい合って座っている妻がポツリと呟いた言葉に、わたしは違和感を覚えて、顔を上げた。
わたしは新聞を読んでいたところだった。今のご時世、ニュースは、スマホでリアルタイムで目に入ってくるし、我が家ではあまりTVを観ることもないから、TV欄も必要ではないし、そろそろ新聞も取るのをやめようかと思っている今日この頃だ。
「いま、大よく小を制す、って言ったかい?」
「ええ昔から言うじゃない。でも、必ずしもそうではないなぁと…」
言いかけた妻を制し、わたしは口をはさんだ。
「おまえ、それ、『大は小を兼ねる』の間違いじゃないか?」
「ほよ?」
「もしくは、『柔よく剛を制す』と言いたいのかい?」
「ほよよ?」
妻は両手の人差し指をおでこにあてて、しばらく、
「うーんと、うーんとね…」
と、考えているふうだったが、
「…そうそう、大は小を兼ねる、だわ!それが言いたかったのよ、私!」
オホホホホッと、笑って、妻は照れかくしなのか、テーブルの上にマグカップで淹れてあったホットのミルクティーを、ごくごく飲んだ。
「……で、なにがいったい、大きくちゃダメで小さいほうがいいんだい?」
ちなみに我が家は紅茶党だ。
「それそれ!それがね、あなた、ウチほら、お風呂場の排水溝に、髪の毛とりのシールを貼ってるじゃない?!」
「…貼ってるな」
我が家では、風呂の掃除は交代制だ。
「いつもは100円均一で直径10センチのシールを買って使ってたんだけど、昨日買いに行ったら、それが売ってなくて、代わりに直径12センチのものが置いてあったのよ」
「ふむ」
「しかたないなー、ま、いっか、大よく…じゃない、大は小を兼ねるって言うしー。と思って、それを買ってきたの。だけどね、それがーー」
「どうしたんだい?」
わたしは合いの手を入れた。
妻は、
「それがーーシールを台紙から剥がすときに、失敗しちゃって!薄いうえに、なまじ大きいから、剥がすときに折れ曲がって、そしてひっついてしまうのよ!ひっついたら、もう元に戻せないわで、1枚ダメにしちゃったわーー!」
「ーーなるほどーー」
「なんでも大は小を兼ねるわけじゃないって、知ったわ!やはり、適切な大きさってものがあるのよね。お風呂の排水溝に貼る髪の毛取りシールには!私、悟ったのよ!」
声高く、そう主張する、妻、齢五十を超える主婦であった…。
わたしは静かにミルクティーの入ったカップを引き寄せ、もうだいぶぬるくなった中身を飲み干した。
そして、おもむろに、言った。
「……ひとつまた、賢くなったね……」
妻はウンウン頷いて、
「人生いくつになっても、新しい発見に出会えるものなのよね!」
と、相槌を打った。
「そうそう、100円均一つながりで、もうひとつ新事実があるのよ!」
「ほうほう」
「いままで洗濯に使う柔軟剤がね、これが、キャップに液体を注ぐとき、なぜかどうしても、外に溢れてしまっていたのだけどんーー100均で買った詰め替え用ボトルに詰め替えたら、注ぐとき、溢れなくなったの!ーーあなた、すごくない?!いえ、すごいわよね?!100円均一!」
「うん……すごいな…」
「でしょでしょ?!たった100円で買えるのよ、このストレスフリーな幸せがっ!」
「……」
妻は胸の前で両手を握り合わせた。
「おまえのーー」
幸せは、安いな、と言いかけた言葉をグッと飲み込んで、わたしは、代わりに、
「ーーその、たった100円で幸せを感じられるというのは、もとよりおまえの心が豊かであるからだよ。おまえの感性はーー素晴らしいよ!」
「ま!」
妻は顔をポッと赤らめた。
「あなたったら、突然なにを言うの?そんなに褒められたら、さすがの私も照れちゃうじゃない!」
アラフィフとなってなお夫婦円満の秘訣は、お互いを褒めそやす言葉を惜しまないことである。
「ーーところで、そんなお前の感性がつめこまれたWeb小説の続きの件だがーー」
「げへがはごほ」
わたしのフリに、妻はわざとらしくむせた。
「ーー書くべし書くべし書くべし、と言ってから、もう半年以上、間が空いてしまっているじゃないか。いいのかい?このままでーー」
わたしの言葉は、さながらクリティカルヒットのように、妻にダメージを与えたらしかった。
妻は、撃たれたかのように胸を片手で押さえつけ、
「ぐっ!」
と、呻いた。
「人では無い『魔』、人の理の外に居る『外』、だがそれでも、生き物の範疇に居る『者』ーー『魔外者』ーー『まがいもの』。魔外者シリーズの第二弾の行方は、どうなったしまったんだい?!」
妻のためにさりげなく宣伝をうつわたしであった。
「う。う。う。う。う……。」
妻はうつむき、唸った。
そして、次の瞬間、
「うにゃ〜〜〜〜〜ぁぁぁああ!」
と、声を張り上げた。
「うにゃっ!うにゃっ!うにゃにゃにゃにゃにゃ!うにゃっ!」
「猫又か、おまえはっ!」
「なべしま!」
と、叫ぶと、妻は加齢のために軟骨のすり減った左膝もなんのその、すっくと立ち上がり、
「みを、すてて、こそ、うかぶ、せも、あり……」
「……は?」
「まてば、かいろ、の、ひより、あり……」
「……ヘ?」
「てんき、せいろう、なれども、なみ、たかし……」
「……おまえ、なにが、言いたいんだい?」
「ふふふふふふ。ふすん!」
妻は、仁王立ちした姿勢で、両手を高く掲げた。
「ふふふ…。凡人には、わからぬ。私は…私は…つまりは、私は、『機運』を読んでいたのよ…。そう…いまこの時を待っていた!あなたが…あなたが、そのことを持ち出すのをっ!!」
「なんだとっ!!」
ここで、こう、合いの手を入れられる度量がないようでは、この妻の夫を三十年もやっていられない。
「お待たせしましたドキューン・バキューン・ズキューン!待ちに待ってたあの連載たちが、お目見えだぜ!再開だぜっ!イャッフゥーゥ!」
「おおおっ!それは本当なのかっ?!」
「本当と書いて、マジモン、よ!そうなる、予定よ!」
…………。
「はぁっ?!?!」
わたしは思わずアングリと顎を落としてしまった。
「予定って……。おまえ、そこまで言って、それは……ない……だろう」
わたしが呆れるのもなんのその、妻は、オホホホホッと高笑いした。
「その場の思いつきも、その場しのぎも、その場かぎりも、ぜんぶ私の十八番よっ!」
「……ぜんぶダメなやつだな、それ……」
と、つぶやき、わたしはハッとした。
「たち?たち……?おまえ、連載たち、と言ったな?」
「ふすん、ようやくそこに気付いたわね!そう!なんか半年ぶりに気が乗っちゃったから、あれもこれも更新しちゃおうかな、どうせ自粛ムードで外出もままならないし、小説の続きも、構想だけは毎日練ってたんだよね、これでも……的な感じで、二大連載再開よっ!!」
「……かな〜り、ぶっちゃけたな…おまえ…」
そろそろ呆れ返って相槌も打つ気がなくなってきたわたしを尻目に、妻は、
「オホホホホッ!」
と、また高笑いを繰り返すので、あった。
妻の本気度合いがどれほどなのかは、夫たるわたしにも図りかねるが、とりあえず、妻の小説がバズらないというお題だけがテーマのこのエッセイのほうは、ここに、半年ぶりに、再開なので、あった。
たまに、このエッセイを一気読みしてくれる尊い方々がいらっしゃることが、まことに、まこっとに、ありがたいのであった……。




