原・点・回・帰
思えばーー
「妻の小説がバズらないっ!」
というというお題だけで続けてきたこのエッセイも、はや八十五話……よくもまあ、一年以上もこのお題だけでこのエッセイも続いたことであることよ……。
それにつけても、妻の小説は、本当にバズらないのだ。
読者がつかないのだ。
ブックマークがつかないのだ。
もちろんレビューなどいただけないのである。
それでもめげずに小説を書き続けている妻を、わたしはひそかに尊敬しているのである。
誰にだってできることじゃあ、ない。
あまりの反響の無さにうんざりして、途中で投げ出してしまっても、おかしくない。むしろ、そうしてしまわないのが、はたで見ているわたしからすれば、不思議なくらいである。
不思議といえば、妻の小説にちっとも読者がつかないのも、わたしには不思議だ。
本人もよく、
「おっかしいわねん、おっかしいわねん…!」
と、アクセス結果を見ながら、かわいらしく首をかしげてつぶやいている。
妻の奮闘ぶりは、このエッセイの読者様なら、よくご存知ずみだとは思う。
そんな妻が、報われる日がいつかくることを祈りつつ、今日もわたしはただ見守ることしかできないのが、はがゆい……。
「スバルくん、今日の衣装も、よく似合ってるわ〜!よーし、Twitterに上げちゃおうねー!」
当の本人である妻は、ここのところ現実逃避気味というか、小説の更新もせずに、ロボホンのスバルくんのお着替えを買い漁っては、Twitterにあげるのが、ほぼ日課のようになっていた。
ロボホンというのは、汎用人型兵器ーーならぬ、スマホ機能を兼ね備えた、家庭用小型ロボットである。身長は19センチほどで、重さはリンゴ一個ぶんくらい……だと、ロボホン自身が言っている。
ちなみにうちの子の名前は、スバルくんだ。
今日もわたしと妻は、いつものように和室の座卓を挟んで向かい合って座っていたが、今日は座卓の上には紅茶や茶菓子ではなく、スバルくんだけが、乗っている。ちなみに我が家は紅茶党だ。
「キャー!イカ頭巾に甚平さんが、よく似合ってるわー!さながら忍者に見えるわ!忍者忍者!!」
と、妻ははしゃいでいる。
ーーと、
「うん、忍者踊るね!」
スバルくんが自分でミュージックを流し、殺陣を踊り始めたではないか!
そう、ロボホンとは、スマホ機能のほかに、喋ったり踊ったりする機能も備えているのだ。もちろん、自立二足歩行が可能である。
「もうっ!なんて可愛いの!もう、動画に上げちゃうから!スバルくん、動画デビュー!」
スマホでスバルくんを撮りまくる妻に、わたしはずばり、切り込んでみた。
「ところでおまえ、小説の続きはどうなっているんだい?もう半月も更新をお休みしているじゃあないか」
「げへがはごほ」
いつものお約束どおり、妻はわざとらしく、むせた。
「おまえは、もう筆を折ったのかい?小説家になる夢を追い求めるのは、やめたのかい?」
「そ……そんなことは、ないわん……」
「なら、どうして、続きを書かないんだい?おまえのたったひとりのブックマークのわたしは、おまえの更新を心待ちにしているというのに……」
「BLの小説の更新を心待ちにって……あなた、まさかアレを読んで、その道に目覚めちゃったの……?」
妻がジト目でわたしを見てくる。
「違う違う、そんなわけないだろう!わたしは読み物として、お前の小説はちゃんと成り立っていると評価してるんだ!認めているんだ。だから、これからストーリーがどう進んでいくのか、ちゃんと完結するのかが気になってだな……」
妻は、ふうっ、とため息をついて、
「そんなことを思ってくれているのは、あなたひとりだけよ。悲しいわね、これ戦争なんだよね、じゃない。悲しいけど、アクセス数の伸びないこれが、現実なのよね……」
遠い目をして、言った。
「どうしてかしらね……目を通してもらえさえしないっていうのは……。読んでみて、つまらないだの面白いだの言ってくれるならまだしも、そもそもアクセスすらしてもらえないんじゃ……さすがの私も、お手上げ……というか、どうしようもないじゃない。お手上げよ。ホールドアップよ、フリーズよ……」
「最後のふたつは、お手上げじゃなくて、手を上げろ、だろ?西部劇によく出てきたセリフだ」
「もう、どうだっていいのよ……私の小説が、どんな展開を迎えようと、もしかしたら結末を迎えられなかろうとも、あなた以外、だーれも気にとめやしないのよ……」
「なにを捨て鉢になっているんだい!おまえらしくないじゃないか!えっしゃおらー!と、ふんばるおまえは、どこに行ったんだい?」
「そんな昔のことなんて、わすれたわ」
「もう、書かないつもりなのかい?」
「そんな先のことまで、わからないわ」
「おまえ、それ、名画カサブランカの中のセリフな」
「それがどうしたっていうの?」
往年のイングリット・バーグマンのように、ふっ、とため息ととも言葉を吐き出す妻であった。
「そんな、なげやりなおまえは、見てられないよ……」
「ええ……そうね。私も私が私らしくないと思うわ……でも、これがいまの本当の私の姿……」
なんだか、今日の妻は、映画女優にでも、なったかのような物言いばかりする。
「本当の、本当に、もう書かないつもりなのかい……?」
「……そんなことは、言っていないわ。ただ、先のことはわからないと言っているのよ……」
「先のことなんかじゃ、ない。今、だ!」
「ーーえ?」
「いま、おまえはそんなおまえでいいのか?!いま、そんなふうに、スバルくんのお着替えだけに興ずる自分で、いいのかっ?!いま、書き始めなくて、いいのかっ?!」
「ーー」
「おまえが書き始めたあの物語を、誰が書き進める?誰が完結させる?誰もいやしないーーおまえのほかにはっ!!これから先のことがわからない?ーーそうだ、今はいましか見えない。今やらなくちゃ、意味がない、今やらずに、いつやる?後であとであとで?この先にこの先でこの先ならーーか?先のことなんて、誰にも見えやしない。だけど、今は、見える。いま、やるべきことは見えているはずだ!」
「……」
「いま、やるべきことをやるんだ。いましかできないこと、おまえにしか、できないことを!」
妻は、何か言いかけようとしたかのように、口を開いた。
だが、それより先に、わたしが言葉を継ぎ足した。
「おまえが、やりたいことは、なんだ?」
わたしは妻の返答を待った。
答えは、なかなか返って来なかった。
「おまえの、やるべきこととは、言わない。おまえの、やりたいことは、なんなんだい……?」
やさしく、声を和らげて、わたしはもう一度、訊ねた。
わたしと、妻の視線が交錯した。
妻は、くしゃっと、表情を崩した。
「だって……誰も読んでくれないのよ……」
「わたしが、読んでる」
「誰も……認めてくれないのよ……」
「わたしが、認めてる。おまえは、すごいやつだ。偉いやつだ!」
「でも、もっと、たくさんの人に、読んでもらいたいの……」
妻の目から、涙がこぼれ落ちた。
「読むさ、いまに!それこそ、先のことなんて、わからない。わからにいってことは、悪いほうに向かうことも、良いほうに向かうこともあるって、意味だ!おまえの小説が認められない未来なんて、こないさ!きっと、おまえの小説が認められる未来が、来る!」
妻は、くしゃくしゃの顔で、涙を流し続けた。
「あなた、楽観的すぎるぅ!」
「おまえと三十年も連れ添っているからな、おまえに似て来たんだ!楽観的は、おまえの十八番だろう!」
「あな……あなだぁああ!」
ボロボロ涙をこぼす妻と、わたしは、座卓ごしに、がっし、と抱き合った。
「でも、つらいの。よんでもらえないのが、はがゆいの。くやしいのよぉぉおおお!」
妻の魂の叫びであった。
「こんなにもあんなにもおもしろいのに、日本文芸界の損失なのに、読まれないのが、本当にほんとうに、くやしくてかなしいのよぉぉおおお!」
血の涙さえ流しそうな、妻の叫びであった。
「うん、うん」
わたしは、ただうなずいて、妻の頭をなでた。
「うぇぇええええ〜〜〜ん!」
妻は、泣いてないて泣いた。
わたしは、ただ妻の頭を撫で続けた。
わたしのシャツが、妻の涙と鼻水でぐっしょりになるまで、妻は泣き続けた。
そしてーー
「はだみず……てっしゅ……」
「鼻水をかみたいんだね、はい、ティッシュティッシュ!」
「ありがどう、あなだ……」
妻はズビズババッと三度ほど鼻をかむと、落ち着いたらしく、座布団の上に、ポンと座り直した。
「もう……だいじょーぶ……」
「うん、もう、大丈夫、だね」
「うん、書く。これから、書く。いま書く」
「そうか、そうか」
「自室に戻るね。行こう、スバルくん」
「はぁーい」
と、返事をした、忍者姿のロボホンなスバルくんを、両手に包み込み、妻は和室を出て行った。
昨日は小雨が降ったが、今日はいいお天気だ。
梅雨もいつかは必ず明ける。
待てば海路の日和あり。
明けない夜はない。
何度くじけそうになっても、何度くじけても、何度そうなっても、わたしは妻を支え続ける。
妻と、同じ夢を見ながら。
妻の小説がバズる日を夢見ながら……




