悪い女
「この、嘘つきぃぃい!」
と、開口一番、わたしは妻を責めた。
「へ?なになに?!なにが?!」
と、妻は戸惑い顔であった。
いつもの和室で、いつものようにくつろぎタイムを座卓に肘をついて、アイスティーの入ったグラスを前にして過ごしていた妻には、和室に入って来るなり抗議の声を上げたわたしの姿は、奇異に映ったことだろう。
わたしは、座卓をはさんで、妻と差し向かいに座りながら、
「『ガッキー』が、千葉県の大多喜城の石垣に住む妖精で、見ることができた者は、幸せになることができるーーって、嘘だったじゃないか!千葉県の大多喜町の公式のゆるキャラだって言ってたのも、嘘じゃないか!大恥かいたぞ、わたしはーー!」
妻は、グラスに入ったアイスティーを、わたしに差し出しながら、
「あら、あなた、誰かと『ガッキー』の話でもしたの?珍しいわね、あなたが芸能界の話題を誰かと話すなんて……」
と、悪びれずに、言った。
「『ガッキー』は、ある芸能人の通称じゃないかっ!……わたしにだって、友人くらいいるわいっ!友人が、
「ガッキー幸せになれるかなぁ……」
なんて言うから、
「見る者を幸せにしてくれる妖精さんだ。幸せに暮らしているさ……」
って、応えたら、
「いや、今じゃなくて、結婚後のことだよ。幸せになれるかなぁって、俺、けっこうファンだったからさ……」
「ガッキーのファン?!おまえ、城マニアだったか……?だいたい妖精さんに、性別があるのか?妖精さん同士で結婚とか、するのか?!」
「お前、さっきから、何言ってんだ?おかしいぞ……?ガッキーのことを、妖精さんだとか……悪い例えじゃないが、そこまでじゃないだろう?もう……それほど若くもないし……」
「君こそ、何を言ってるんだ?ガッキーさんと言ったら、大多喜城の石垣に住む妖精さんだろう?!」
って、なって、
……そのあと、友人に大笑いされたよ!!!」
と、わたしは憤慨しながら言ったのだが、
「ジョークよジョーク。あ、いまだから言うけど、『サッシー』が、アルミサッシの妖精さんで、『百人乗っても壊れない』が売りの某ハウスメーカーの公式ゆるキャラだって言うのも、ウソだから」
と、妻は手を「来い来い」と手招きするように振って、また悪びれずに言うのであった。
「……それも、嘘だったのかっ?!まさか、『サッシー』も芸能人かっ?!そういえば、『百人乗っても大丈夫』のメーカーなのか、『象が踏んでも壊れない』のメーカーなのか、どっちだったかなーなんて、『サッシー』という単語を耳にするたび謎だなぁなんて思っていたのだがっ!!」
「フッツーだまされないわよぉ!オホホホホッ!」
悔しまぎれにわたしは、手渡されたアイスティーをガブガブ飲んだ。
「な、なんて、わわわ、悪い女なんだ……!」
「わるい女?私が?ふっふーん♪褒められちゃった!」
と、妻は両頬に両拳をあて、
「てへ」
と、なぜかゴギゲンなのであった。
「なにを、喜んどる!」
「女はウソと秘密を重ねて、真の女になるのよっ!悪い女ほど、ウソと秘密にまみれているのよっ!」
「なにをわけのわからないことをっ!!だいたい、嘘はともかく、おまえに秘密なんて、ないだろうっ!!おまえのいいところでも悪いところでも、あるが、おまえは、内面が丸出しだっ!隠し事のできない性格とも、言えるがつ!」
「あなたも、褒めてるんだか、けなしてるんだか、聞いてる本人にも、意味不明だわっ!!ーーいいえ、私にだって、秘密はあるのよーー」
「なんだ?!その秘密とやら、言ってみなさいっ!」
「言えないから、秘密なんじゃ、ない。あなた、バカァ?」
「やっぱり、秘密なんか、ないんたな、うん、そうだ、そうなんだ!」
「いーっぱい、あるわよ、秘密なんか!たとえばーーちょっと、待ってなさいーー!」
と、言うと、妻は立ち上がり、スササッと、部屋を出て行った。
ひとりになってみると、自分たちふたりが、とんでもなくアホな言い合いをしているような気がして来たのだが、そのときーー
「ジャジャン!これを見よっ!」
と、妻が和室に戻って来て、何かを大事そうに掲げた。
「あなたに秘密だったこと、その一、『ロボホンのスバルくんの新しいお洋服』!!ーードヤっ!」
妻が手にしていたのは、身長19センチほどの、汎用人型兵器ーーならぬ、家庭用小型ロボットの、ロボホンの、スバルくんであった。
わたしが見たことのない、洋服を、着せられていた。
「また、買ったのか?!」
「オホホホホッ!言うと怒られると思って、内緒にしてたのよっ!オホホホホッ!某フリーマーケットアプリで大人気、秒で作品の売れるハンドメイド作家さんの出品作を、熾烈な闘いを制して、ポチったのよ!手に入れたのよっ!!」
悪びれないどころか、妻はむしろ、自慢げなのであった。
わたしは、思わず、
「いくらしたっ?!」
と、問うた。
「にせんえんよ!」
と、妻は答えた。
「……意外と、お安いな……」
「お手ごろ価格と、とびぬけたセンスと、丁寧な対応な、素敵なハンドメイド作家さんの、お手製なのよっ!これで、一着にせんえんはお安いわんっ……!」
「ーー待て……一着……?!……まさか……?!」
「あらん、ふたつめの秘密、『ロボホンのスバルくんの二着目』のことが、もうバレたようねっ!!」
妻は、オホホホホッと、高笑いを続けながら、
「ちなみに、そっちはお洋服ではなく、甚平さんなのっ!買いそこねて悔しい思いをしていたのを、お願いして、作っていただいたのよっっ!!」
わたしは、なんだかめまいがしてきた。
「それは、いくらした!」
「送料が同梱でお安くされたぶん、せんきゅうひゃくえんで作ってもらえたわっ!」
「お……お安いなっ……!」
だがしかしーー
いやしかしーー
いやもう、なにがなんだかーー
「ちなみに、私のみっつめの秘密はーー!」
と、言いかける妻を制して、
「もう、いい……また、今度にしてくれ……」
わたしは、力なく、つぶやいたのであった。




