妻、推敲する。夫、料理する。
「っ、ぷっは〜〜〜っ!!!」
まるで缶ビールのCMさながらに、グラスのアイスティーを飲み干した、妻は、
「あなた、もう一杯!」
と、中身が氷だけになったグラスをわたしに差し出した。
わたしたちは、いつものように、和室の座卓をはさんで、差し向かいに座っていた。
わたしは、グラスを受け取り、再びアイスティーを注いでやりながら、
「おまえの小説、ぐんと、良くなったよ!」
と、妻を褒め称えた。
「私も、自分で書いてみて、びっくりよ!あの、結局バズることなく、日の目を見ることなく、ひっそりと連載を終えた、『俺のカノジョに血と薔薇を《魔外者の唄》〜まがいもののうた〜』のエピローグに加筆訂正を施したら、エンディングにこんなに厚みが増すなんて……人生は、本当に勉強勉強勉強、進化進化進化ね!かんっぺきっだと思ってた作品が、完結から9ヶ月たって、続編を書くに至り、前作を見直してみたら、まだまだ良くなる余地が、残っていただなんて、ほんっとうに、驚きだわ……」
妻の自画自賛は、止まる様子が、なかった。
ーー言っておくが、妻の小説が、何かの賞を取れた、とかでは、ないのだ。あくまで、あくまで、妻が自分の作品の、完結ーー再完結に、満足し、究極の自己満足に浸っているだけなのである。あるーーだが、わたしも妻にならって、祝杯を上げたい気分であった。酒の飲めないわたしたちは、アイスティーで(我が家は紅茶党なのである)、妻の作品の出来栄えを、寿いでいたーー
思えば、妻が
「あなた、私、小説家になるわ!バズってみせるわ〜〜〜!」
と、突然、『小説家になろう』サイトに投稿を始めてから、はや一年と二ヶ月以上。妻の蛮行奇行はとどまるところを知らず、夕飯のおかずの品数は減り、外食の機会が増え、妻は昼間も菓子パンなどを食べて簡単にすませるようになったため、血糖値がスゴイことになってかかりつけの医師にめちゃくちゃ怒られたりと、大変だった。
それだけなら、ともかく、やれアクセス数が伸びないだの、ブクマが増えないだの、泣き笑いを繰り返す妻に振り回されてーーいやはや、毎日ーーわたしは、側で、ハラハラし通しの毎日を送ることになりーー楽しかった。
正直なところ、本当にほんとうに楽しかったので、ある。
妻と共に、泣き笑いする日々には、張り合いが、あった。
妻がスランプに陥り、何も書けなくなって、無為に毎日を送っていたころもあったが、そういった日々には、わたしの心にも、ただ虚しさしか、なかった。
わたしたち夫婦は、子宝には恵まれなかったから、こんな例えをして、それは違うよとツッコミを入れられるかも知れないが、妻の産み出した作品は、言わばわたしたち夫婦の、子どものようなものであった。その成長を、助け、見守り、育み、手を引き、手を引かれる……妻の書いた小説と、妻とわたしの関わりようは、もう子どもと、その両親のようなものだった。
妻が、小説の続編をBLとして書き始めたときには、わたしは平気なフリをして、じつはたいへん狼狽したのだが、その驚きようは、自分の子どもに、トランスジェンダーであると打ち明けられるような気持ちにさも似たりーーと、勝手に思っている。
「やっぱり、暑いときは、アイスティーに限るわね!それにーーあなたの作ってくれた、この『白菜のサバ味噌缶煮』凄くすごく美味しいわん!」
と、妻は、皿に盛った、わたしの手料理を、それは美味しそうに、口に運んでくれているので、あった。
わたしが密かに購入した、秘密兵器、「シリコン土鍋」で、わたしが調理した、初、手料理であった。
「そんなの……切った白菜に缶詰のサバ味噌を乗せて、レンジでチンしただけのものだよ……」
わたしは、謙遜して、そう応えた。
ちなみに、最近の電子レンジは、チーンとは鳴らないとか、どこかで読むか聞くかした覚えがあるが、我が家のレンジは、いまだにちゃんと、チーンと言うのである。
「あなたに、白菜が切れるなんて、思わなかったわ!ーーあ、これ、褒めてるのよっ?!あなた、偉いわっ!幼少期のトラウマで、刃物が怖いあなたが、よくやったわ!」
「じつは、100均で買った、プラスチックの子ども包丁を、使ったんだ……あれなら、わたしにも扱えたよ!……それで切っただけなんだ……白菜は……。それに、シリコン土鍋を使ってチンすると、シリコン土鍋の本体は熱くならずに、中の白菜が蒸し煮にされるから、栄養も、減らないんし、火傷もしないんだ……!」
わたしは、ついアツク語ってしまい、少々恥ずかしくなって、
「……口に合って、良かったよ……」
と、小さな声で付け足した。
「体に良いものだけで、出来てるのね!美味しいわ!あなたの愛情がこもってるのを、感じるわ!」
そう言って、妻はモグモグモグモグと、白菜のサバ味噌缶煮を、食べてくれるのであった。
愛情……このシンプルな料理に、わたしが足したスパイスといえば、それだけだろう。
わたしは、もう照れ照れだった。
妻は、自分の小説の出来栄えに満足し、わたしは、わたしの手料理の出来栄えにーーいや、妻が美味しいと言ってくれた事に満足している。こんな夕飯を、幸せだと言わずして、何を幸せと言うのであろう?
妻の小説がバズるとかバズらないとか、わたしの料理のレパートリーがこれから増えるのか、増えないのかーー?ーーなんて、いまは考えてはいけないのである。
現在が、幸せなら、いいじゃないか。
わたしがにっこり
「そんなに美味しいかい?」
と、問うと、
「とっても、美味しいわ、あなた!」
と、妻がにっこり笑い返してくれる。
嗚呼、山のコダマの嬉しさよ……
明日のことなど、ちっともわからないけど。今夜はこの幸せと、サバ味噌の味のよく染み込んだ白菜を、噛みしめて、過ごそう。
そんな、五月の風薫る、初夏の夜なので、あった……。




