やっつけよう!
「ヤバイヤバイヤバイわ!もう夜の七時半だわ!20時の小説の更新が、間に合わないわん!」
と、言いながら、妻は和室に入ってきて、座卓についた。座布団の上に、少し足をくずして座る。妻は左膝が少し悪いのだ。
「正確には、19:21だよーーなんか、このやりとり、前にもしたようなーー」
と、わたしは妻に応じた。
妻にアイスティーを淹れてやりながら、
「おまえは、たしか一話書くのに二時間ほどかかると言ってなかったか?!これから書き始めるのでは、間に合わなかろうに……」
と、心配しながら、声をかけた。
「そこは、それーーもう、あらかた書き上がってるのよん!ただ、意外と今回の話も長くなってしまって……」
と、言って、わたしの差し出したアイスティーをガブガブ飲んだあと、
「ぷはー。生き返るわ!」
と、口もとをぬぐうと、妻はスマホをポチポチやり始めた。
邪魔しちゃ悪いな、と思ってわたしが静かにしていると、
「ーーこの間ね、やっぱりこの小説をポチポチとバスの中で書いていたときねーー」
と、妻、自ら、喋り出した。手は動かしたままで。
「マグロを、検索したのよ。そしたら……エッチな意味が、どーんと検索結果に表示されて……あれ、後ろの席の人とかに、見られたんじゃないかと、思い出すだに、恥ずかしいわん!」
「魚の鮪が、どう恥ずかしいんだいーー?」
「へ?あなた、マグロ、わかんない?まあ……あなたに、そんなひどい言葉、かけられたことないから、知らなくても驚かないけど……詳しく知りたかったら、ググッて。いま、説明してる時間がないの……」
私は言われたとおり、素直にスマホで検索してみた。
そして、赤面した。
「ーーおまえ、こういう用語を、公共交通機関の中で検索するのは、よしなさいーー!」
「時間がなかったのよ〜背に腹はかえられなかったのよ〜しかたなかったのよ〜苦渋の選択だったのよ〜」
と、妻はうめき声を上げながら、ポチポチ、やり続けている。器用なものだ。
「ーーだいたい、おまえの小説、ブクマはわたしの付けた一件だけだし、固定客ーーもとい、固定された読者様もいらっしゃらないのに、よくそこまで頑張れるものだねーー」
妻は、ハタと手の動きをとめ、キッとわたしを睨むと、
「あなた、それーー褒めてるの?けなしてるの?」
わたしは慌てて、
「褒めてる!褒めてるとも!活力源がないのに、毎日更新を続けられるおまえを、スゴイと思ってるんだよーー!」
妻は、またポチポチ作業に戻ると、
「まあ、いいわ。そういうことにしておいてあげるわ。ちょっぴりイヤミが入っていたような気もするけど、私の気のせいよね?」
「気のせい気のせい」
わたしの首筋には、汗が伝っていた。
「ーーしかし、おまえ、異世界転移モノの小説のほうは、全然進んでないねぇ……」
「あっちは、気まぐれ更新だから、問題ないわ!私がいま、賭けてるのはーー純情青春ストーリーにして、怪奇伝奇アクション物だった『俺のカノジョに血と薔薇を』の続編にして、こちらは18禁のBLモノの、題名はここでは言えない、超アブナイお話ーーの、ほうなのよ!」
自分の執筆中の物語二つの間に、思い入れの格差があると、ハッキリ言い切っているに等しい、妻の赤裸々っぷりであった。
やがて、
「ーーっしゃあ!校了!今日も20時に間に合ったわん!」
と、妻が万歳しながら、声を上げた。
「遅くなってしまったけど、夕飯にしましょうか?と言っても、こんな時間になってしまって、買い出しにも行ってないから、お茶漬けくらいしか、出せないけど……」
と、妻が申し訳なさそうに言うのを、わたしは、制した。
「いや……大丈夫、今夜の夕飯は、わたしが作っておいたよ!」
ジャジャン、と、わたしは告白した。
「ええっ?!包丁も握れない、ガスコンロもつけられないから、お湯は電気ケトルで沸かす、電子レンジはもっぱら温め専用ーーのあなたが、どうやって、夕飯をーー?!」
驚く妻に、わたしは、ある便利グッズを買って、初めての料理に挑戦したことを告げるのであったが、その詳しい話は、また明日以降の、エッセイの続きで……。




