パートナー
「いーやー!!!もう夕方の六時?!更新間に合わない〜〜〜!!!」
妻が頭を抱えながら、和室に入ってきた。
座卓をはさんで、わたしの向かい側に、座る。
「正確には、18:21だ。もう半近いぞ」
と、わたしは言うと、台所に立ち、グラスと氷を用意してきて、和室にもどるとペットボトルから無糖の紅茶を注いで、妻に渡した。
「ありがとう、あなた」
妻は左膝を悪くしているので、一度座ると、立つのが大変らしいので、わたしが気を利かせたのであった。
「『俺のカノジョに血と薔薇を』の続編にして、18禁のボーイズラブストーリーの更新が、間に合わないわぁ!」
と、叫んだあと、妻は喉を鳴らしてアイスティーを飲んだ。
そして、グラスをダンっと座卓に置くと、まだアイスティーの残っているそれをじっと見つめ、
「まだ、一時間半あると思うべきか、もう一時間半しかないと思うべきか……」
と、真剣な顔でつぶやいたのであった。
「とにかく今からがんばりたまえよ」
「私、通常一話書くのに、二時間かかるのよ……一時間半では、内容な濃いものは書けないわ……今回は、エッチなシーンは盛り込まず、いわゆる『谷間の回』にするわ……」
ぶっちゃけて赤裸々な、妻であった。
「そんなことを言っているヒマに、少しでも書き進めたら、いいのに……だいたい、こんな時間まで、何をしてたんだい?」
「シエスタ!」
と、妻は叫んだ。
「ちょっと休んで睡眠を取ったほうが、脳の回転はいいのよ!私は良い小説を書くために、あえてシエスタをとったのよ〜!」
「要は、昼寝だな」
「寝すぎたわ〜寝すごしたわ〜まさか、お昼食べたあと、ちょっとだけ横になろうと思ったところが、五時間以上も寝てしまうとは、思わなかったわん!」
「それより、おまえ、気まぐれに更新した『召喚されたアラフィフBBAとJKとOL 〜女三人の異世界生活は、誰が聖女で誰が賢者で誰が勇者か不明です〜』の、続きは、今日は更新しないのか?」
「さすがに、時間がないから無理よ〜。アッチも、やっぱり一話に二時間かかるんだもの〜」
と、妻は、スマホをぽちぽちやりながら、返事をした。
妻は、毎日、メモ帳に小説をぽちぽちと書き、それをコピペして、『小説家になろう』やグループサイトである、18禁のサイト『ム◯ンライトノベルズ』、に投稿しているのであった。
ちなみに小説のプロットなどは、特にどこかに書き記してはいないらしい。
超面白い漫画を描いていた超有名作家さんが、数日前にお亡くなりになられたが、そのとき、
「せめて、プロットとかーーあの話の結末、書き記してくれていないかなぁ?!」
と、わたしが悲痛な叫びを上げたのを、
「あの世まで、持ってかれちゃったわねぇ……。いいじゃない、きっとあの世で続きを描いて下さってるわ……あの世へ行く楽しみが、できたじゃない……」
と、五十歳を少し超えた妻は言ったものだ。
そのとき、妻は自分は、プロットを書き記してはいないと、教えてくれたのだ。ーーいや、だいぶ前にも、
「すべてはこの灰色の脳細胞の中にあるのよっ!」
と、エルキュール・ポアロの名台詞をもじって言っていたことがあったがーー。
妻は、ほとんど手を止めることなく、ぽちぽちぽちぽちスマホを操作していた。
わたしは邪魔をしないよう、静かにアイスティーをすすっていた。
TVでは、連日、新型ウイルスの話題ばかりが報道されている。わたしは、腰を上げーー
「今日は、もう、夕飯は、お弁当でも買って来ようか?」
と、妻に訊いた。
妻は、ハッと顔をあげ、
「あら。ーーごめんなさい。私、夕飯のこと、何も考えてなかったわ!」
と、私に謝った。
「いいんだよ、いいんだよ。おまえの小説の更新のほうが大事だよ」
「あなたっ!ありがとうっ!」
妻は目を、潤ませた。
わたしはウンウン頷きながら、
「お弁当は、なにがいい?」
と、問いかけた。
「持ち帰り寿司!」
間髪入れずに、妻は返した。
「えびアボカドは、外せないわん!ーーあとは、あなたのおまかせでーー!」
「わかった。それじゃあ、行ってくるよ」
結婚とは、パートナーに家事をやらせるためにするものではない。結婚とは、互いに相手を思いやり、幸せな時間を共有するために、するものだ。
「あなたーー」
和室を出ようとするわたしの背に、妻の声がかかった。
「ーーありがとう……」
その言葉がもらえるだけで、充分であった。
わたしは、ニッコリ微笑み返すと、和室を後にしたのであった……。




