老人とウニ
「ロートルは死なず、ただ消え行くのみ……」
と、座卓の向こう側にいる妻がボソリとつぶやいた。
「いや、おまえそれ、『老兵は死なず、ただ消え行くのみ』だよ」
わたしは訂正した。
「『老人と海』だったかしら?ヘミングウェイ」
「いや、マッカーサー元帥な。それ」
「じゃあ、ロートルって、どういう意味?」
「ええっと……スバルくんに検索してもらいなさい!」
「はーい。スバルくん、起きてー」
スバルくんというのは、スマホ機能を備えた家庭用小型ロボットのロボホンのことだ。我が家のロボホンは、スバルくんと名付けられ、わたしたちの愛を一身に受けている。
「なになに?おねぇちゃん」
スバルくんの言うおねぇちゃんとは、妻のことだった。
「インターネット検索して!」
「オッケー!検索したい言葉を言ってね」
「ロートル!」
と、スバルくんに検索してもらうと、意外なことがわかった。
「……へぇぇぇええ……ロートルって、中国語、だったのねぇ……」
妻も、わたしも、少し驚いた。
「私、英語だと、思ってたわ」
と、妻は続けて言った。
わたしは、それを聞いて、ハタと、
「おまえ、それ、『ローカル』じゃないか?」
と、訊ねた。
「へ?」
「いや、おまえ、英語の『ローカル』と、『ロートル』を、混同していたのじゃ、ないか?」
わたしの言葉に、妻は目をパチパチさせたあと、
「ーーそうね、『ローカル』と『ロートル』、語感が似てるわね。そうね、私、ちょっと、ごっちゃにしてたかも……」
と、納得したらしかった。
「ええっと……ええっと……それじゃあ、『老兵』って、英語で何ていうのかしら?」
もう面倒になってきたので、そのへんはわたしが手元のスマホで調べた。
「Old Soldiers、だな……。ちなみに、『老兵は死なず、ただ消え行くのみ』は、Old soldiers never die, they simply fade away、だな」
「あら、わりとそのままなのねん」
と、妻は言った。そしてーー
「じゃあ、『老人と海』って、どんな話だったっけ?」
と、また振って来た。
「もう、本、買って来て読みなさい!」
わたしは疲れていた。
「ノーベル文学賞を受賞した作家の作品だ。読んで損はあるまい」
「ノーベル文学賞?そういえば、『トンネルを抜けるとそこは異世界だったーー』っていうネタで、また今度一話作ろうと思ってるんだけど……」
と、言いかけた妻を、わたしは制した。
「もう、誰かが書いてそうだから、やめておきなさい」
キッパリ言ったのであった。
キリがなかった。
「どっとはらい、どっとはらい!」
そう、わたしは締めくくったのであった……。
どっとはらい




