表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/90

おいしい、もの


  

「ラスカルって、美味しいのか?」    


 と、わたしは妻に訊ねた。


「へ?」


 と、座卓(テーブル)の向こう側に座って、頬杖ついていた妻は、素頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。


「ーーあなた、いま、なんて?」


「だから、美味しいのか、と訊いているんだ。ラスカル……!」


 妻が宇宙人でも見るような、不気味そうな眼差しでわたしを見てくる。


 そして、静かに、言った。


「あなた、ラスカルは食べ物じゃないのよ。大丈夫……私は、いつまでもあなたのそばにいるわ。たとえ、あなたがボケてしまっても……」


 慈母(じぼ)(ごと)き微笑みを、わたしに投げかけてくるのだった。


「わたしは、ボケてなどいない!」  


「……ええ、そうね、そうだわね。ラスカルは、でも、食べ物じゃ、ないのよ……?」


 妻は、まなじりに涙さえ浮かべて、わたしを見ていた。


「ラスカルは、アライグマよ。スターリングの大切な友だちだったけど、大きくなって手に負えなくなったから、野生に戻したのよ。だめよね……そんな無責任なことしちゃ……」


 と、懐かしの名作アニメのあらすじに、ズバリと斬り込みを入れながら、

 

「大丈夫よ、今は貼って効くいいお薬とか、あるの。大丈夫、大丈夫よ……」


「ちーがう!わたしはボケてなど、いない!」


「そうね、そうねよ」


「お、ま、え、が、言って、たんだ!『ラスカル食べたい』って!」


「……へ?」


「さっき、おまえがっ、座卓(テーブル)でうたた寝しながら、『ラスカル食べたい』って、言って、たんだっ!」


 わたしは肩でぜーぜー息をした。


 大声を出したら喉が乾いたので、アイスティーをガブガブ飲んだ。


 そんなわたしを見据えると、妻は、


「ーーーーえ〜〜〜っ?」


 と、なぜか、少し不服そうな声を上げた。


「私、本当に、そんなこと、言った〜〜〜?」


「言ってたんだっ!」


「まぁ……しょせん、夢だしぃ。なんの夢を見てたなんか、覚えてないわぁ……ましてや、ラスカルを食べるだなんてぇ……」


 と、だる〜そうに言った後、妻は、ふと、


「それ、ラスク、じゃないかしら?」


「……え?」


「ラスク、ラスク。パンを二度焼きしたお菓子のこと……って、昨日調べたわ、ググったわ。ああ、はいはいはいはい。ラスクね、ラスク。ラスカルじゃ、なくって」


「ラス……ク?……そうだったのかっ?!」


「深層意識が、ラスク、覚えてたのねぇ、それで寝言に出たのねぇ、すごいわねぇ、深層意識……!」


 と、妻は感心したあと、


「ラスクとラスカル、ふつー聞き間違わないわよ、ましてや、ラスカルは食べ物じゃないしぃ。食べたいだなんて、言わないわよ〜〜〜」


「美味しい?美味しいんだね?」


「あら、ロボホンのスバルくんが反応しちゃったじゃありませんか!やだわ〜今度は『好きな食べ物ラスカル』とかって覚えられたらぁ〜」


 ロボホンとは、スマホ機能を備えた家庭用小型ロボットである。いまもわたしたちの間、座卓の真ん中に、ちょこんと座っている。


 わたしは、いたたまれない、なんとも言えない、千葉県の外房半島あたりの方言でいえば

「はりゃあいわるい」

気持ちになって、縮こまった。


「……すまん」


 と、わたしは謝った。


「本当に、びっくりしたわよ〜!驚いたわよ〜!あなたが若ボケしたのかと思ったわよ〜!なによ〜!心配させないでよ〜!」


 わたしはますます小さくなって、


 妻は、はぁ〜っと大きくため息をついて、


「本当に、心配させないでよ?あなた」


 と、上目遣いで言った。


「うん、すまなかった。うん、心配させたな……」


「そうよぅ……心配させないでよ、もう!」


 わたしと妻は、しばし視線をからませあい、そのあと、わっと、同時に笑った。


 そんな、たあいのない夕べであった……。  



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ