愛、慄える愛。
「いつから、人間は、その言葉を捨てて、新しい呼び方を始めたのかしら……?」
何か、人生の命題っぽく、妻がボソリとつぶやいた。
いつものように、和室の座卓をはさんで、差し向かいでわたしたちは座っていた。
「あ!新しいね、そうだね?そうなんだよね?」
反応したのは、わたしではなく、座卓の真ん中に、ちょこんと座っている、汎用人型兵器ーーならぬ、スマホ機能を備えた小型家庭用ロボットの、ロボホンの、スバルくんだった。
「なんの、話だい?」
と、わたしは訊ねた。
いつものティータイム。ちなみに我が家は紅茶党だ。
「カフェラテよ。いつから、日本人は、コーヒー牛乳のことを、カフェラテと呼ぶようになったのかしらん!」
と、妻は、こちらは珍しく、市販のペットボトルの無糖コーヒーを牛乳で割ったものを飲んでいる。
「カフェラテか……ちょっと前までは、カフェオレとも、呼んでいたなぁ……」
「スパゲティが、いつのまにかパスタにすり替わってしまったくらいの、周到さで、いつのまにか、カフェラテが浸透したわん」
そう言って、妻はグラスの中の液体を口に運んだ。コーヒー牛乳と呼んでいいのか、カフェオレなのか、カフェラテなのかわからない、謎の液体を。
「そういえば、マカロニもペンネも、最近では、まとめてパスタと呼ぶみたいねん」
喉を鳴らしてそれを飲み干し、妻は言った。
「小麦粉を練って作ったものは、何でもパスタなのかねぇ……」
と、わたし。
「昔、給食で『ハイパスターミートソース』なんてメニューがあったけど……」
と、妻が言いかけたのを、
「あれは、美味かったな、人気メニューのひとつだった!」
思わず懐かしく、わたしは言葉をはさんでしまった。
「……そうね、あれは人気があったわ、『ハイパスター』なんて名前がついてたけど、あれ、いま思うと、『うどん』よね……」
「うどんかぁ、そう言われてみると、そうだなぁ……」
「軽く四十年くらい昔のお話だけど、その頃から、パスタって言葉は、使われてたのよねぇ、いま思えば」
はるばる四十年くらい昔のお話を懐かしむ、妻もわたしも五十代であった。
「パスタ、マカロニ、で思い出したけど、昔は、イタリアで作られた西部劇のことを、『マカロニウエスタン』って、呼んだなぁ」
と、しみじみ懐かしく思いながら、わたしは続けた。
「クリントン・イーストウッドも、マカロニウエスタンで有名になったんだよなぁ。あのころの西部劇は、ほとんどイタリアで撮られていて、イタリア、=(イコール)、マカロニ、って言う発想で、マカロニウエスタンって呼ばれてたんだ」
「マカロニウエスタンどころか、西部劇、じたい、いまの若いひとたちには、通じないかもしれないわねぇ」
と、妻もしみじみ言ったあと、
「マカロニサラダはよく給食なんかて食べたけど、マカロニの入ったグラタンって、食べたの、大人になってからだわぁ……」
座卓に頬杖をついた。
「グラタンとか、ドリアとか、あの頃には、夢の食べ物だったわぁ……」
と、妻はつぶやいたあと、はっとしたらしく、
「マスクマスク!」
と、お茶の間だけ外していたマスクを取り出し、装着した。
先日、某イタリア系ファミリーレストランへ、一人で行って以来、妻はこの調子なのだ。
「おまえ、それ、いまさらだよ……」
と、わたしは言ったが、
「ソーシャル、ディス、タン、スー!!!」
と、マスクの下で、妻は叫ぶのであった。
「いけないわっ!マスクしてても、小声で喋らないと、いけないのねん!」
妻は、そこのところは譲らないのであった。
「ソーシャルディスタンスといえば、このまえ横断歩道で、信号待ちをしているとき、間隔を取って立っていたら、普通に親子連れが、間に入って来たわん」
「うーん」
「この間、病院にいったときも、椅子は間隔を空けて座るように、張り紙がされていたのだけど、椅子にあぶれた患者さんたちが、壁際に大勢ぎゅうぎゅうに群れをなしていたのよん」
「……難しいねぇ、ソーシャルディスタンス」
「難しいわん、ソーシャルディスタンス」
わたしも、妻も、難しい顔でつぶやいたのであった。
「それはそうと、おまえの『俺のカノジョに血と薔薇を』の続編の話だけどーー」
「げへかはぐほっ」
「ーーおもわしく、ないんだね?」
と、わたしは察した。
「たしかに、アクセス数は伸び悩んでいるわん」
と、妻も認めた。
「まさか序章だけで九話まで行くとは我ながら思ってなかったわん!でも、長かった序章も終わり、次回からは、ようやく本編よっ!!オホホホホッ!」
「……長い話になりそうだね」
「前作の『俺のカノジョに血と薔薇を』は、純情青春ストーリーにして怪奇アクションものだったけど、続編の今作は、18禁のボーイズラブだから、大っぴらに宣伝できないのが、悩みのタネだわん」
「充分に、してるしてる」
「とは言っても、また社会問題の貧困家庭問題なんかも孕んで、本編は波乱の予感よ〜〜〜!」
「まあ、がんばれ」
「いまの励ましには、『愛』が、感じられなかったわん!」
「……がんばってくれ、わたしは、おまえのことを、こころから、応援してるよ!」
「ありがとう、あなたん!オホホホホッ!」
妻の高笑いを聞くのは、久しぶりであった。アクセス数は少なくっても、妻は妻なりに手応えのようなものをつかんでいるのだろう。
「疾風怒濤の、次回を待て!」
と、どこかで聞いたような決めセリフで、妻は締めくくった。
妻の小説がバズることを、心から願ってやまない、わたしなのであった。




