懐かしむ、そして討論する。
「あのとき、その目には、何が見えていたのかしら……」
和室の座卓につき、いつものようにお茶をしていると、妻がふいに呟いた。
「なんの、話だい?」
と、わたしが問うと、妻は神妙な顔つきで、
「ほら、ジャンケンをするとき、両手をひねって握り合わせて、くるっと回して目の前に、握り拳を持ってきて、その中を見つめてから、手役を出す子、いたじゃない。あのとき、そういう子たちの目に、拳の合わせ目に、何が見えていたのかしらと、ふと気になって……四十五年来の、謎だわん……」
そういう妻は、五十を少しだけ超えた歳。わたしは、その二歳上。最近のことより、昔のことのほうが鮮明に思い出せてくるお年頃だ。
「なんだか、階段でよくやっていた遊びを思い出すなぁ」
と、わたしも昔を思い出しながら、言った。
「あら、どんな遊び?」
「ジャンケンをして、チョキを出して勝ったら、『ちよこれいと』で六段、パーで勝ったら、『ぱいなつぷる』で、えーと……やっぱり六段か、昇って……」
わたしは、指を折って数えながら続けた。
「……グーで勝ったら、『グ◯コ』で、三段昇って……」
「あら、そこは『グリ◯のおまけ』で、七段じゃありませんでしたっけ?!」
と、妻が口をはさんで来た。やっぱり、指を折りながら。
「ローカルルールで、そのへんは変わったのかも知れないなぁ。ああ、懐かしいなぁ…」
と、わたしは返答した。
「そうね、そんな遊びしたわね、懐かしいわぁ…」
と、妻も言った。
「先に昇りきったほうが、勝ちなんだよな」
「昇ったら、降りるときも同じ要領で、勝負したわ」
「ああ、そうだったな」
しみじみ、つぶやいた後、わたしは、
「ところで、おまえの小説の続編のほうの反響はどうだい?」
と、話をふった。
「げへがはごほ」
と、妻はわざとらしくウバ茶のミルクティーにむせた。
ちなみに我が家は紅茶党だ。
最初は真似だったみたいだが、そのうちに本当に気管にミルクティーが入っていったらしく、しばらくヒーヒーむせた後、妻は、
「お……思わしくないわん。何が『ム◯ンライトノベルズ』のBL大好きな乙女の皆々様方の琴線に触れないんだかわからないのだけど、そもそもアクセス数が、ないの。少ないのん」
と、悲しげに睫毛を伏せた。
「書いてる自分が言うのもなんだけど、とってもとっても萌ゆる展開になってきたのに、そもそもアクセスしてくれないなんて、もったいないわっ!」
「乙女の皆々様方の心持ちは、さすがにいい歳したオジサンのわたしにはわからないが……」
一瞬、おじいさんと自分のことを言うべきか悩んだが、結局オジサンで通すことにしたわたしは、
「……そもそも、ボーイズラブというジャンルに求められる物は、『萌え』なのか?それとも、『エロ』なのか?!」
疑問を、ぶつけてみた。
「ガビーン!」
と、妻が、脳天を雷に打たれたような擬音を背中から発して、固まった。
妻は、しばらくその疑音を背負ったまま、目をパチクリさせていたが、
「そ……それは……っ……それはっ……!それは……どっちなのかしら?!」
両手で頬を抑えて、叫んだ。
「あっちょんぷりけ!」
あじゃぱーと、同じくらい、古い。
「『萌え』と『エロ』……両立するようで両立しないような……どうなのかしら?!」
妻の頭から、疑問符の『ふきだし』が、飛んだ。
「そもそも、おまえの書いている『俺のカノジョに血と薔薇を』の続編にしてBLで18禁だから直接的な宣伝のできないあの小説に、おまえが吹き込んでいる魂は、『萌え』色なのかっ?!『エロ』色なのかっ?!」
「俺の魂は何色だっ?!」
と、妻はどこかで聞いたようなないような台詞を叫んだ後、
「んー?!んーっ?!んーっっ???」
自分の頭をぽこぽこ叩き出した。その後、
「ーーいや、そこ、おまえの血は、か……」
と、ひとりごちた。
わたしと妻は、ウバ茶のミルクティーを揃ってズズズっと飲んだ。
「『萌え』か、『エロ』か、かぁ……これは、永遠の命題になりそうだわ……」
妻はつぶやいた。
齢五十を超えたいい歳した夫婦であるわたしたちは、考え込み、頭を抱えた。
しばしの沈黙ののち、妻は顔を上げ、目をキラリと、きらめかせて、こう言ったのであった。
「師、曰く、『考えるな、感じろ』だわ!」
「いやおまえ、それ孔子じゃなく、言ったの、ブルース・リーな」
「死亡遊戯!」
「いや、燃えよドラゴン、だよ!」
「萌えよドラゴン?!」
妻の目が、メラメラと『もえ』た。
「なんだかんだ、討論してたって、頭で考えたって、ダメなのよ。感じるのよ、こういうのはフィーリングなのよ、考えちゃ、ダメ、感じるのよ!フィ〜〜〜〜〜ルッ!!!」
口をとんがらかせて、妻は叫んだのであった。
さながら、ブルース・リーのように。
そして、しばらくの沈黙ののち、また、ズズズっとミルクティーを飲んだ。
収拾がつかなくなってきたところで、日も暮れてきた。
立ちはだかる、18禁の壁だが、どうか、妻の小説を探し出して、読んでみてほしいと、わたしは切に、切に願ってやまないのであった……。




