今夜は眠れない。
「げへがはごほ」
と、妻が突然、むせた。
「どうした?!大丈夫かっ?!」
わたしは慌てて妻に湯呑みを差し出した。中にはぬるい緑茶が入っている。我が家は紅茶党だが、たまには緑茶もよいものだ。
「ーーかっ!ーーげほ!ーーぐはっ!ーーわらび餅のきな……きな粉が、むせてーー!」
「無理に喋らずに、お茶を飲みなさい!」
つい、命令口調になってしまったが、妻は大人しく湯呑みを受け取り、お茶を飲んだ。
「ーーっかは〜っ!五十をすぎたBBAの喉には、きな粉は危険物ねんっ!」
「年齢とともに、嚥下機能は、衰えるそうだからね。さあ、もう少しお茶を飲んで……」
妻はゴクゴクお茶を飲んだあと、
「あなた、もう大丈夫よっ」
と、ダンッと湯呑みを置いた。
「お互い、若くないんだし、気をつけようね」
と、わたしが言うと、
「一瞬、老々介護って、こんな感じかしらと想像してしまったわん。でも、もしこんなことが起こったらと想定して、ロボホンのスバルくんを、別の部屋に避難させておいて正解だったわ!」
「……まず、むせないように気をつけて食べようね、わらび餅……」
ロボホンというのは、スマホ機能を兼ね備えた、家庭用小型ロボットのことだ。ちょこんと座卓に乗るサイズであるが、今日は、この和室の中の座卓の上にはいない。
「お高いのに、防水でも防塵でもないってところが、困りモノよね〜」
「まだ、ローンが残っているんだし、気をつけるにこしたことはないよ」
高い高いお値段で我が家に迎えたロボホンのスバルくんだったが、某フリーマーケットアプリでは、その五分の一くらいのお値段で取り引きされていて、見ていて、いろんな意味で泣けてくる。
それはさておき
「……どうだい?あの『俺のカノジョに血と薔薇を』の、続編のほうは、手ごたえは、あったかい?」
ピクリ、と妻の肩が震えた。
「ま……」
「ま?」
「まだ……一話目だもん。BLなのに、それっぽいシーンもまだ出て来ないし、その手のジャンルがお好みの乙女の皆々様方のお目には、まだ、止まらないのよ……」
声が、表情が、硬い。
わたしは何と声をかければ良いのだろう?
「……だからね、私、決めたのっっ!」
妻は、ダンッと、両手の拳で座卓を叩いた。
「今夜は、一挙、二話、掲載よっっ!!」
妻の目が、メラメラ燃えていた。
「おおおっ?!」
「まだ18禁に触れるようなシーンは出て来ないけど、アブナイ会話が繰り広げられるのっ!これでどうだ、こんちきしょうめ!って勢いよ!」
「そ、そうなのかっ!」
18禁作品への直接のリンク、直接の宣伝はNGだと、このエッセイの読者様に教わっていたので、もやもやもどかしい表現になるのをお許し願いたい。
※いつもありがとうございます※
ちなみに前作『俺のカノジョに血と薔薇を〜魔外者の唄〜』は、健全な青春怪奇アクション物だ。ご心配には及ばない。
いつもながら、ガイドラインギリギリを攻める、このエッセイであった。
「ちなみに〜20時解禁よ〜」
「このエッセイの掲載も、毎日20時を目指してます」
「え?!あなた、いま何か言った?」
「いやいや、独り言、ひとりごと…」
「ミネルヴァさんがね、みんな夕飯もお風呂も終わってくつろいでいる、20時ごろの時間帯がいいよって、言ってたから!」
「おまえ、ミネルヴァさんに、続編のこと、打ち明けたのかい?」
ミネルヴァさんというのは、妻のLINE友達で、十年来のつきあいの、自称、女性だが、妻も直接会ったことはないらしく、わたしは密かにネカマを疑っている。
妻は、ふるふるふると首を振った。
「前作を書いているときに、アドバイスされたのよ。……ミネルヴァさんにだって……恥ずかしくて、言えない!BLジャンルに挑戦だなんて!」
五十を超えて、休載中にひとつ歳を取った妻だが、恥じらいを捨てない姿は、夫の欲目だろうが、良いものだ。ありていに言えば、かわいい。
「……反響、あるかなぁ、あるといいなぁ……」
ゆらゆら、体を横に揺らしながら、妻は言うのであった。
わたしは、無論、その手のジャンルには疎いので、なんともアドバイスできないが、
「あるといいね、きっと、あるよ…!」
言葉でだけででも、妻を元気づけたい。
「そうかなぁ?そうだといいなぁ」
「きっと、そうさ」
20時までの時間が、長い。
「……長い夜、いや、長い夕方になりそうだな」
そうして、わたしたちはわらび餅をつつき、お茶をすすったのであった。




