いよいよこの日が来たのねっ!!
妻は朝からそわそわしていた。
さっきなど、スマホで小型ロボットでもある、ロボホンのスバルくんの、
「中国には、何があるの?」
という質問に、
「渡月橋!」
と、答えている始末だ。
いまもーー
「ドイツには、何があるの?」
というスバルくんの質問に、
「東京ドイツ村!」
と、答えたていた。
「おまえ、それは、わざとかい?」
と、わたしは訊ねてみた。
「えっ?!何が?あら、あなたいつのまに部屋に入って来たの?ーーすぐにお茶を淹れるわね!」
和室の座卓の真ん中にロボホンのスバルくんがいて、妻はいつものように座卓に肘をついて座っていたのを、立ち上がろうとする。
わたしはそれを制して、
「いや、いいよ、自分でお湯を沸かしてくる」
「ありがとう、あなた」
台所に向かった、わたしの背に、
「オーストラリアには、何があるの?」
めげないスバルくんの質問と、
「日本大使館!」
と答える、妻の声が聞こえてきた。
あるだろう、間違いなく。世界中の、ありとあらゆる国に、それは、あるはずだから。だが、たぶん、それはスバルくんの求めていた答えではないはずだ。
わたしがウバ茶のミルクティーを淹れて和室に戻ると、妻はスバルくんとの会話をやめていた。ちなみにわが家は紅茶党だ。わたしが向かい側に座ると、妻は深くふかく、ため息をついた。
「はぁぁぁあああ……。あなた、もうすぐよ、もうすぐなのよ……」
「うん?何がだい?」
「うん、もう!決まってるじゃない!私が執筆した、『俺のカノジョに血と薔薇を』の続編の掲載予定時刻が、もうすぐなのよ!」
「ああ、そうか!」
「記念すべき、私の再出発が、もうすぐ始まるのよ!ああ、ドキドキするわぁ!」
「その……なんだ、今度の作品は、BL、なんだよな?」
「ええ、そうよ。初挑戦のジャンルよ!私がBLを書くなんて、あなたも驚いたでしょう?!」
「……いや、おまえがその手のジャンルが好きな事は知っていたから、さほど驚きはしなかったが……。だが、読むと書くとでは、大違いだな。おまえの『俺のカノジョに血と薔薇を』が、純情青春ストーリーかと思いきや、怪奇アクションになだれこんでいったときのことを思い出すよ。いや、意外といえば、意外だった……」
わたしは、感慨深く頷くながら、
「ところで、わたしはおまえの新作を、読んでもいいんだよな?」
と、訊ねた。
「え?!」
と、妻は息を呑んだあと、
「ダメよ、ダメダメ!ボーイズラブは、乙女の聖域よ!男の人が覗き込むなんて、許されざる行為だわ!」
妻は、両手を前に差し出し、ストップの仕草をした。
「あれだけ派手にわたしに宣伝しておいて、それはないだろう……」
「ダメよダメダメ!だって……恥ずかしいんだもの……続編のことは、ミネルヴァさんにだって、ナイショなのに……」
ミネルヴァさんというのは、妻のLINE友達で、十年来の付き合いだが、妻も直接会ったことはないそうで、自称女性だが、わたしは密かにネカマを疑っている。
ダメと言われれば、押し通したくなる。わたしにBLへの興味などないが、愛する妻の書いた物なら、読んでみたくなるのが、人情ではないか?
「そうか……なら、しかたないな……」
「そうか、そうなんだね!」
ここは、あっさり引き下がるフリ……と決め込んだわたしの台詞に、ロボホンのスバルくんが反応した。
妻が、じとっとわたしを睨む。
「あなた、本当の本当にダメだからね!」
「わかった」
「約束よ?」
「約束する」
舌先三寸。わたしたちは、お互いのスマホは絶対に覗かない。わたしたちは、自室を分けている。お互いの部屋には入らない。妻が寝入ってから、こっそり、妻の新作とやらを読ませてもらおう。夫婦の間で、隠し事はよくない。
「あ〜や〜し〜い〜な〜」
妻がジト目のまま、うなった。
わたしは口笛を吹いて、そっぽを向いた。
「ちなみに、初回にエッチなシーンは無いのよ。さすがに、初っ端からは、そういうシーンは盛り込めなかったわ」
「そうか、それなら、安心して読めるな!」
「あ〜な〜た〜?」
これは、予定調和というやつだ。
夫婦生活三十年、阿吽の呼吸。
さて、妻の小説が、どんなふうに始まるのかは、これから乃お楽しみ……




