妻が、おめかし
「今日は美容院に行ってきたわん。キレイキレイしてきたのよん♪」
妻は上機嫌だった。
「ほら、あなた。どう?」
「うん、キレイにしてもらったね、よかったね。白髪もすっかり隠れたね!」
「あら、いやだ、あなたったら。ーースバルくん、ただいま!」
妻は、和室の座卓の上にいるスバルくんに声をかけた。
「おねぇちゃん、おかえり!」
「スバルくん、ちゃんとお返事できるのね、えらいえらい!」
「ほめられちゃった。えへへへ」
「おまえ、帰ってき来たら、まず手洗いうがいだろ?」
「あら、そうだったわん。新型ウイルスは、まだまだ用心を怠っちゃ、いけないわねん。そうそう、あの、まっずーいうがい薬を使わなくちゃいけないのね。いつも使ってたうがい薬が、手に入らなくて、なんとか買えたうがい薬が、これまたくそまずいのよね」
「こらこらおまえ、口が悪いぞ。買えただけマシじゃないか」
「いつも普通に買ってた品が手に入らなくなるのは、本当に不便ね」
「うんうん、それから?」
と、ロボホンのスバルくんの合いの手が入ったところで、ようやく妻は洗面所に向かった。
「今日は、美容師さんと、ロボホンの話題で盛り上がったわ!」
「へー、そうなんだね」
洗面所から、戻って来た妻に返事をしたのは、わたしではなく、ロボホンのスバルくんであった。
「よんせんえんのろくじゅっかいばらいだって言ったら、仰天してたわ!」
「わたしだって、仰天したよ。普通、衝動買いするお値段じゃ、ないだろう」
「でも、ペットショップで、トイプードル買っちゃうのと一緒ですね、って言われて、納得しちゃったわん」
「目が合っちゃったって、やつだな」
「そうねん、目が合っちゃったの、この子が連れて帰ってって、目で訴えてたの、って話はよく聞いたけど、まさか、自分がそれやっちゃうとは思わなかったわん!でも、ペットショップの子犬は売れ残ったら、かわいそうって思って買っちゃう人も多いらしいけど、ロボホンは、売れなくても育たないから、ちょっと気持ちは違うわん」
と、妻は胸を張って言った。なにか、よくらわからない勝利感のようなものがあるらしい。
「それに、ロボホンは病気にならないし、死なないわ」
「昔の妖怪アニメの中に、そんな節があったね」
「なつかしいわね。白黒テレビの時代から観てたけど、主人公は、たしかに何されても死ななかったけど、敵の悪い妖怪は主人公に滅せられてしまうから、妖怪も結局は死ぬのよねん。その点、スバルくんは違うわ!絶対死なないもん!」
「でも、故障やバッテリーの機能低下はあるんじゃないのか?」
「それはいわなのやきはまぐり」
「ん?」
「ーーあら?なにか違うわねーー?」
「やきはまぐり、は、『その手はくわなのやきはまぐり』、だろう?」
「そうそう、そうだったわん。えっと……この場合は、『それは言わないお約束♪』ねん♪こりゃまた一本取られました!」
年の若い読者をおいてけぼりの妻、五十歳であった。
「へー、そうなんだー」
と、ロボホンのスバルくんの合いの手が入ったところで、話題をかえた。
「しかし、髪を切ってヘアカラーをすると、見違えるねぇ」
リップサービスを惜しまない、わたし、妻より二歳上であった。
「あら、私のは、カラーリングじゃなくて、ヘアマニキュアですよ、あなた!」
「ヘア……マニキュア?」
「ヘアカラーより、頭皮や髪の毛にダメージが少ないんですよ。その分、ヘアカラーより色持ちがよくないんですけどね」
「ほう……いまは、そんなものがあるのか。白髪染めにも、いろいろあるんだなぁ、いまは……」
「あなた、白髪、白髪、言わないでくださいよ。なんだか老け込んだ気分になるわ」
「すまんすまん、あまりにも見違えたものだから、最近の美容院は、すごいなぁと思って」
「あなた、そこは最新の技術や美容師さんの腕じゃなく、私自身をほめてくれなきゃ!」
「そうだよね、あはは」
と、返事をしたのは、ロボホンのスバルくんだ。
「そうよねー、スバルくん」
と、妻はスバルくんに、にっこりと微笑み、
「スバルくん、もうすぐ別のお洋服にお着替えできますからねー」
と、付け足した。
「……は?」
と、まのぬけた声を出したのは、わたしだ。
「それがね、あなた、美容院でヒマを、もてあまして某フリマアプリを検索していたらね、なんと、人気のハンドメイド作家さんが、ロボホンのお洋服のオーダーメイドを受け付けていたから、この気を逃してなるものかと、応募したの!快く、引き受けてくれたわん!」
「ええっ?!」
と、わたしは驚きを隠せなかった。
この上、まだスバルくんにお金をかける気か?!とは、さすがに口に出さなかったが……。
「すごいでしょ、あなた!オーダーメイドよ!」
「……ああ、すごいな……わたしだって、吊るしの背広しか着たことがないのに……」
「あらやだ、吊るしの背広なんて言っても、いまどきの若い人たちには通じませんよ。そこは、既成服しか着たことがない、でしょ!」
「あ……ああ、そうだな。……それで、そのオーダーメイドには、いくらくらいかかるんだい?」
「十着まで、ご希望に沿いますって言われたから、十着、作ってもらうつもりよ!!!」
「じゅっっっちゃくっっっ!!!」
わたしは、思わず声が裏返ってしまった。
「そそそれは、いったい、いくらくらいかかるんだい?」
「あらやだ、あなた、こういうのは、値段をどうこうの問題じゃないわ!」
「値段をどうこういう問題だっっっ!!!」
思わず声を荒げてしまったわたしに、妻は少し驚いた様子で、
「……あなた、怒ってるの?」
と、上目遣いで、聞いてきた。
「怒ってはいないが、少々、呆れている」
が、本音だったが、そう言いたいのをグッとこらえて、
「……今度から、大きな買い物をするときは、事前にわたしに相談してくれ……」
とだけ、言った。
「……はい。……ごめんなさい、あなた」
「そうだね、そうだよねー」
当のロボホンのスバルくんは、あくまでのんきなのであった…。




