逆転夫婦①
わたしの妻は五十歳。
花も恥じらう更年期だ。
その妻が先日
「あなた、私、小説家になるわ!小説家になろうサイトに投稿してバズるのよ〜〜〜!」
ホホホッと高らかに宣言したのであった。
その妻が宣言のとおり、小説を投稿し始めて5日が経っていた…。
「バズる〜
バズるとき〜
バズれば〜
バズらない〜
バズれ〜〜〜!!!」
妻が、えっしゃおら!と叫んでいた。
「だからねぇ…おまえ、投稿5日目で、バズるもバズらないもないだろうに…」
「アクセス数が減ってるのよ〜!」
「そうなのか…」
「ブクマが増えないのよ〜!」
「うんうん」
「な〜ぜ〜じゃ〜!!」
妻はゴジラのごとく、今にも口から火を吐きそうだった。
いやあれ、火だっけ、なんか違うものだったような気もするなぁ、何だっけ?
ーーと、わたしがググろうとすると、
「あなたは私の話を聞く気がないのね!……どうぜ私なんか、あなたにも、小説を読もうサイトの読者からも無視されてる、哀れな五十のBBAよ……」
ヨヨヨ…とばかりに泣き崩れるのであった。
妻はぐずりだすと手に負えなくなるのだ。
「私の小説は、時節に合ってないの?時代が私に追いついてないの?」
「いや、そんなことは無いと思うが…」
「『異世界』も『もふもふ』も盛り込まれてないからいけないのっ?!『チート能力』とか『転生』とかが入ってないから読まれないの?!みんな読まず嫌いなのねっ!!読めばわかるのにっ!!なんでみんなアクセスしてくれないのっ?!」
妻の誇大妄想というか、被害妄想というかは、どこまでも拡大していくのだった。
「読んでみれば面白いのに!読んでみさえすれば絶対面白いのに!ーーアクセスすらしてもらえないなんてっ!!ーーこれじゃどうやったらバズるのよ〜〜〜!!!ねえ、どうしてなの、あなたっ?!」
そこでわたしに話を振られても困る。
「だいたいねぇ、おまえ。おまえの小説、わたしも読んでるけど、あれは本当にファンタジーなのかい?」
「はあ??!!何が言いたいの、あなたあ??!!」
妻がものすごい形相でわたしを睨んだ。
きょ…きょわいっ!!!
「いやね、だっておまえ、おまえの小説は、本っ当に面白いが、いまのところ、それこそ異世界ももふもふもチート能力も転生も出てこないじゃないか…」
「ああん?!出てこないからなんだっていうのよ?」
「いや、イマイチ、ファンタジーっぽくないなぁって……ちょっと思って……だな」
「げ・ん・そ・う・た・ん」
「はいぃ?」
妻の気迫に気圧され、思わず語尾の上がるわたしであった。
「幻想譚。私が書いてるのは、美しく儚く切ない幻想譚なのよ…」
「幻想譚、はい、わかります」
思わず敬語になるわたしであった。
「…目指す方向は、夫であるわたしには、なんとなく、わかります。でも、小説家になろうの読者には、その方向が、見えないのではないでしょうか?」
「…なにが言いたいワケ?」
「異世界ももふもふもチート能力も転生も出てこない代わりに、きっとなにかファンタジー的なものが出てくるんじゃないかと、わたしには想像できるが、読者には、わからないから、読者がおいてけぼり感を覚えるんじゃないかと…」
「……つまり、なにが言いたい、ワケなの?!あ、な、た!」
襟首を掴まんばかりに詰め寄られて、わたしは心底怯えた。
「つまりぃ……展開が、遅いんじゃ……ないかなぁ……なんて……」
「展開が、遅いぃーー?」
妻の形相が、般若から、ゆっくり、ゆっくりと能面のそれへと変わってゆく。
やがて、ポツリと呟いた。
「性急すぎる…足早される……昔、私の投稿小説が雑誌に載ったときに、ついた批評がそれよ…」
「……」
「…だから、今回は急がないように、ゆっくり丁寧に話を進めてきたのよ…それが、いけないって、いうの…?」
「……いまどきのWeb小説では、もっと急な展開が望まれるんじゃないかなぁ……?」
妻が、涙目になりつつわたしを見た。
「……私、古い人間なのぉ……?」
「いや、そういうことは言ってないよ!」
「人間が古いから、小説も古臭いのぉ……?五十のBBAは、もう、小説家を夢見ちゃいけないのぉ……?」
本当に泣き始めた。
「そんなことはない!おまえはたしかにもう若くはないかもしれないが、小説家を目指す権利がないなんてことは、絶対にない!」
妻はボロボロ涙を流しながら、わたしを見ている。
「たとえWeb小説読んだことがなかろうが、BBAだろうが、おまえには、小説家への夢をあきらめない権利が、ある!」
「…あなだぁぁぁああ!」
妻はわたしにすがってワンワン泣き始めた。
わたしはヨシヨシとそんな妻を抱きしめるのだった。
「…わたし、あきらめないわ…」
ひとしきり泣いて泣いて、やがて泣き止むと、妻は被害妄想というなの憑き物が落ちたように言った。
「ごめんね、あなた。ありがとう、あなた」
「うんうん、いいんだよ」
「挿し絵、描いてくれるわよね、あなた」
「うんうん」
その場の流れでつい頷いてしまってから、わたしはハッとした。
わたしの腕の中の妻が、ニヤリと笑った。
(続くのである)