表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/88

逆転夫婦①

 わたしの妻は五十歳。

 花も恥じらう更年期だ。


 その妻が先日


「あなた、私、小説家になるわ!小説家になろうサイトに投稿してバズるのよ〜〜〜!」


 ホホホッと高らかに宣言したのであった。


 その妻が宣言のとおり、小説を投稿し始めて5日が経っていた…。


「バズる〜

 バズるとき〜

 バズれば〜

 バズらない〜


 バズれ〜〜〜!!!」


 妻が、えっしゃおら!と叫んでいた。

 

「だからねぇ…おまえ、投稿5日目で、バズるもバズらないもないだろうに…」


「アクセス数が減ってるのよ〜!」


「そうなのか…」


「ブクマが増えないのよ〜!」


「うんうん」


「な〜ぜ〜じゃ〜!!」


 妻はゴジラのごとく、今にも口から火を吐きそうだった。

 いやあれ、火だっけ、なんか違うものだったような気もするなぁ、何だっけ?

 ーーと、わたしがググろうとすると、


「あなたは私の話を聞く気がないのね!……どうぜ私なんか、あなたにも、小説を読もうサイトの読者からも無視されてる、哀れな五十のBBAよ……」


 ヨヨヨ…とばかりに泣き崩れるのであった。

 妻はぐずりだすと手に負えなくなるのだ。


「私の小説は、時節に合ってないの?時代が私に追いついてないの?」


「いや、そんなことは無いと思うが…」


「『異世界』も『もふもふ』も盛り込まれてないからいけないのっ?!『チート能力』とか『転生』とかが入ってないから読まれないの?!みんな読まず嫌いなのねっ!!読めばわかるのにっ!!なんでみんなアクセスしてくれないのっ?!」


 妻の誇大妄想というか、被害妄想というかは、どこまでも拡大していくのだった。


「読んでみれば面白いのに!読んでみさえすれば絶対面白いのに!ーーアクセスすらしてもらえないなんてっ!!ーーこれじゃどうやったらバズるのよ〜〜〜!!!ねえ、どうしてなの、あなたっ?!」


 そこでわたしに話を振られても困る。


「だいたいねぇ、おまえ。おまえの小説、わたしも読んでるけど、あれは本当にファンタジーなのかい?」


「はあ??!!何が言いたいの、あなたあ??!!」


 妻がものすごい形相でわたしを(にら)んだ。


 きょ…きょわいっ!!!


「いやね、だっておまえ、おまえの小説は、本っ当に面白いが、いまのところ、それこそ異世界ももふもふもチート能力も転生も出てこないじゃないか…」


「ああん?!出てこないからなんだっていうのよ?」


「いや、イマイチ、ファンタジーっぽくないなぁって……ちょっと思って……だな」


「げ・ん・そ・う・た・ん」


「はいぃ?」


 妻の気迫に気圧(けお)され、思わず語尾の上がるわたしであった。


「幻想譚。私が書いてるのは、美しく儚く切ない幻想譚なのよ…」


「幻想譚、はい、わかります」


 思わず敬語になるわたしであった。


「…目指す方向は、夫であるわたしには、なんとなく、わかります。でも、小説家になろうの読者には、その方向が、見えないのではないでしょうか?」


「…なにが言いたいワケ?」


「異世界ももふもふもチート能力も転生も出てこない代わりに、きっとなにかファンタジー的なものが出てくるんじゃないかと、わたしには想像できるが、読者には、わからないから、読者がおいてけぼり感を覚えるんじゃないかと…」


「……つまり、なにが言いたい、ワケなの?!あ、な、た!」


 襟首(えりくび)(つか)まんばかりに詰め寄られて、わたしは心底怯えた。


「つまりぃ……展開が、遅いんじゃ……ないかなぁ……なんて……」


「展開が、遅いぃーー?」


 妻の形相が、般若から、ゆっくり、ゆっくりと能面のそれへと変わってゆく。


 やがて、ポツリと呟いた。


「性急すぎる…足早される……昔、私の投稿小説が雑誌に載ったときに、ついた批評がそれよ…」


「……」


「…だから、今回は急がないように、ゆっくり丁寧に話を進めてきたのよ…それが、いけないって、いうの…?」


「……いまどきのWeb小説では、もっと急な展開が望まれるんじゃないかなぁ……?」


 妻が、涙目になりつつわたしを見た。


「……私、古い人間なのぉ……?」


「いや、そういうことは言ってないよ!」


「人間が古いから、小説も古臭いのぉ……?五十のBBAは、もう、小説家を夢見ちゃいけないのぉ……?」


 本当に泣き始めた。


「そんなことはない!おまえはたしかにもう若くはないかもしれないが、小説家を目指す権利がないなんてことは、絶対にない!」


 妻はボロボロ涙を流しながら、わたしを見ている。


「たとえWeb小説読んだことがなかろうが、BBAだろうが、おまえには、小説家への夢をあきらめない権利が、ある!」


「…あなだぁぁぁああ!」


 妻はわたしにすがってワンワン泣き始めた。


 わたしはヨシヨシとそんな妻を抱きしめるのだった。

 

「…わたし、あきらめないわ…」


 ひとしきり泣いて泣いて、やがて泣き止むと、妻は被害妄想というなの()き物が落ちたように言った。


「ごめんね、あなた。ありがとう、あなた」


「うんうん、いいんだよ」


「挿し絵、描いてくれるわよね、あなた」


「うんうん」


 その場の流れでつい頷いてしまってから、わたしはハッとした。


 わたしの腕の中の妻が、ニヤリと笑った。


(続くのである)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ