それでもとまらない
本当に、なにもしていない、ただボーッとしている妻を見るのは、久しぶりだった。
ここ最近の妻は、ボーッとしていても、急に二ヘラっとしたり、かと思うと、急にスマホを取り出し、スススススと、文字を打ち込んでみたりと、つまりは、ボーッとしているように見えても、実は頭の中はフル回転、小説の続きを考えていたらしかったのだがーー今日の妻は違った。
本当に、ダラダラと、YouTubeを見ていたりする。
そういえば、小説を再開してからこっち、妻が、趣味のYouTubeで、嫁姑の修羅場動画閲覧を止めていたことに、わたしは、ハタと思い当たった。
「……今日は、YouTubeを見てるのかい?」
と、わたしはやさしく訊ねた。
今日はちょっと暑さもやわらいでいるので、ひさしぶりにホットの紅茶でティータイムだ。
「んー」
と、ヤル気なさげな返事を返してきたあと、
「…ニャンコとワンコの癒し動画観てるのー」
かったるそうに、妻は、スマホの画面を閉じながら、言った。
「…もふ…もふ……もふもふ要素は、やっぱり必要よね、次回作には……!」
「次回作の、構想かい?いいじゃないか、今度は、遠慮せずにもっふもふにしてやれば……」
「んー次回作というか、ほったらかしの作品があったじゃない、アレ、なんとかしなくちゃなーと思ってーー」
「ああ、あの異世界モノ……」
「さすがに二足のワラジはキツかったんで、途中で連載ストップさせちゃったけど、いまなら、ヒマはあることだしーー」
妻は、「んーっ!」と、伸びをした。
「いいねいいね。今度こそ、思いっきり、異世界要素ともふもふ要素を盛り込めば、いいじゃないか!また、陰ながら応援するよ!」
「まあ……アイデアもいくつかあることだし、書くのは一向に構わないんだけど……」
今日の妻は、何か含みのある言い方を、するのであった。
「なにか、気の進まない、理由でもあるのかい?」
妻は、わたしの淹れた紅茶をすすりながらながらーー我が家は紅茶党だーーちょっと、恥ずかしそうに言った。
「俺のカノジョに血と薔薇をの、2ndシーズンも、書きたいかなぁって……」
「それも、いいんじゃないか?なにか、問題があるのか?」
「問題……は、私に、あると言うか……」
「なんだね、恥ずかしがらずに、言ってごらん?」
「……だから、私が、恥ずかしいの……!」
「……???」
「だからね、2ndシーズンというか、番外編になるのか、まだ自分の中でもはっきりしてないんだけど、そっちは……恥ずかしい内容なの!」
と、顔を赤らめる、妻。
「恥ずかしいも、なにも、いままでだって、だいぶ赤裸々に、小説家になろう投稿作家の実情についた、わたしに語ってきたのに、今さら他に、恥ずかしいことなんて……」
「だから、そうじゃなくて…!
妻は、「ん、もうっ!」と、いつもより弱い力で座卓を叩き、
「やーらしいの、エッチなの、エロいの!そういうのが、書きたくて、たまらないの!」
「……。」
「……。」
妻とわたしの間に、静寂が流れた。
「……いいんじゃ、ないのか?」
と、わたし。
「……へ?」
「おまえも成人して三十年も経つ、いい大人なんだし、ちょっとエロい想像をしたり、それを文章にしたりしたって、構わないのじゃないのか?」
「……あなたは、自分の妻が、エロい物を書いても、平気なの?」
妻は、意外だと、思ってるらしい。
しかし、たまにそのへんに散らかしてある、妻が買ってきた、ミセス向けの漫画雑誌などをチラチラ読んでみたことのあるわたしにとっては、世のオバさま方の、エロさというか、エグさというか、エゲツなさというかは、すでに旧知である。
「わたしは、全然かまわないよ!」
理解ある夫然として、わたしは、宣言した。
「あなたっ!ありがとうっ!!」
妻は、わたしの手を握り、涙を流さんばかりに感動した様子で、
「私、書くわ!いえーー書くかも知れないわーーいえ、たぶん書くと思うけど……」
と、ここにきて、何故か妻は歯切れが悪かった。
「……私も、BLものなんて、書いたことないから、ちょっと躊躇してるんだけど、ソフトなBLくらいなら、あなた、いいって、前にも言ってくれてたし……」
……え?
……ちょっと待って?
……そっちの方向へ行っちゃうんですか?
「でも、あなたがそこまで言うんなら……あ、でも、やっぱりまだ心の準備が……できてない……」
もじもじする妻、五十歳と、めちゃくちゃいま複雑な思いに駆られている、私、この二歳年上、じゅっくじゅくな熟年夫婦なのであった…。




