たまには、しんみり
「あー痛、もー痛、もうやってられないわぁ……」
数日来、左膝の痛い妻は、不機嫌だった。
「あー嫌、もー嫌、小説も、もうやってられないわぁ……」
捨て鉢な言葉を吐く妻は、珍しかった。
「どうしたんだい、おまえらしくもない…」
今日は、わたしは和室で座卓についているが、妻は二つ折りの座布団を枕に、横になっていた。
ちょっとはしたないが、大丈夫。妻はズボンを履いていた。
「だって、あなた、昨日はなぜかしらん夜中の三時ごろに謎のアクセスがけっこうあって、総アクセス数も50を超えたけど、今日は今のところ、アクセス数ゼロよ!ゼロ!さすがに私のこころもボッキボキに折れるわぁ…!」
「今日の更新は、この後じゃないか!更新してからが、勝負だよ!」
わたしは拳を握って力説した。
「……いつになったら、私の小説、正当に評価されるのかしらん……宮沢賢治やピカソみたいに、死んでから評価されても、もう遅いわん。そんなの嫌だわん」
「大丈夫だよ、そんなに時間はかからないさ!きっとおまえの小説は、ナントカ賞を獲れるさ!わたしは、おまえを信じてる!」
「ナントカ賞ねぇ……」
妻は、表情を曇らせたままだ。
いつもなら、
「いずれ衆目は私に集まるのよ!世間の目が、一斉に私に注がれるのよ〜ホホホッ!」
と、高笑いする妻だったが、身体の痛みが、心まで蝕んでいるらしい。
「……どうだい、今夜はまた回るお寿司でも、食べに行こうか?」
わたしが優しく言うと、
「今日は、膝が痛くて歩けないから、むーりー。あなた、近所のスーパーで、お弁当でも買って来て頂戴」
「…それなら、持ち帰り寿司を注文して、買って帰ってくるよ。二人でおうちお寿司しよう…!」
「悪くない提案だわねん♪」
少し、妻の機嫌が治ったらしかった。
「ネタは、ひとつずつ選べるのかしらん?」
「ええっとーー」
わたしはスマホでアプリを開いた。
「どれどれーーうん、できるらしいよ。持ち帰り注文できないネタもあるらしいがーー」
「えっと、じゃあねーー」
嬉々としてスマホ相手にネタを選ぶ妻だった。
「ーーどれどれ。じゃあ、そろそろ出かけてくるよ」
わたしが立ち上がると、
「あなたーー」
座布団枕から、頭を上げ、少し、身体を起こした妻が、
「ーー愛してるわ」
……。
……。
……。
玄関に向かいかけていたわたしは、妻に向き直った。
妻は、さっきの姿勢のまま、顔だけ、そっぽを向いていた。
「行ってきます」
と、わたしが言うと、
「行ってらっしゃい」
と、そっぽを向いたまま、妻が答えた。
そして、わたしは玄関に向かった。その背に、
「緑茶、切らしてるから、粉末のお茶も買って来てねーー」
と、妻の声がかかった。
「りょーかい!安静にしてるんだよ!」
そう、答えて、わたしは家を出た。
なんというか、元気のない、しょんぼりとした妻は、見ているのがつらいが、たまには、たまーには、しおらしい妻というのも、悪くは無いものだ……。
わたしは足取りも軽く、まだ暑い家の外に、足を踏み出した。
わたしの膝は、幸いにもまだ痛んだりしていなかったのであった。




