恥ぢめまして
「いたいいたいいたいーーえっこらしょっと!」
和室の座卓の向こう側に座っていた妻は、生まれたての小鹿のようにプルプル震えながら、立ち上がった。
「おまえ、大丈夫かい?」
「大丈夫く、ないわ!」
最近、左膝が痛むらしい妻だった。
「めっちゃ、痛いわ!どないしたってん!ってくらい痛いわ!本当にどうしちゃったのかわからないくらい、痛いわ!」
妻は、胸を張って、ドヤ顔で言った。
「あ、いてててててて」
その拍子に、また膝が痛んだらしい。
「意地を張ってないで、病院に、お行きよ」
「でも、ただ痛いだけだから!」
「痛みは身体の悲鳴だよ、サインだよ。ほうっておいたら、何かわからないが痛みの元が、もっと悪くなって、もっと痛くなるかもしれないよ?」
「でも、整形外科なんて、ものすっごい混んでるのよ!それはもう、ものすっごく混んでるのよ!もしーー新型ウイルスに感染したら、どうするのよ!」
「ちゃんと、病院では、感染症対策をしてくれてるさ…」
「いーやー!…もっと痛くなるまで、行かない!…もしかしたら、明日にはマシになってるかもしれないし…」
小学生レベルで駄々をこねる妻であった。
「…ところでおまえ、トイレはいいのかい?」
「あ、そだ、トイレトイレ」
という件のあと、トイレから帰って来た妻は、
「あぢあぢあぢいていていてててて」
と、言いながら、座卓の向こう側に座った。
「膝にクるとは、人間歳はとりたくないものねん…」
やっぱり相当痛いらしい。
「しかし、なんだね、おまえの小説は、最初の頃とはまったく違う作品のようだね…」
妻の気を紛らわせようと、わたしは話題を、変えた。
「んん?そう?そうかしらん?」
「最初は、青春小説っぽく始まって、中盤は、なにが小説の主目的なのかわからなかったけど、ここに来て、バイオレンスとアクションの要素が濃くなって来た…!」
「……あなた、いまサラリと、私の小説、批判した……?」
妻に睨まれ、わたしは慌てて付け加えた。
「伏線!伏線だったんだね!すべてはここに至るための伏線ーー」
妻はジト目でわたしを見つめていたが、
「ーーまあ、いいわ。あなたの失言は聞き逃しましょう。……私だって、急展開には、自分ながら驚いているものん……!」
と、言って、アイスティーをガブリと飲んだ。
「読者層が、変わってるかもしれないわねん!」
「やっぱり、読者層とか、気にしてたのかーー?」
「いいえ、まったく!」
妻は、ドヤ顔で胸を張った。
「あいてててててて」
また、膝が痛んだらしい。
「ミネルヴァさんに、とりあえずなんでもR15指定しておいたほうがいいですよーって言われたから、しといたけど、まさか本当にR15どころかR18っぽい展開に、私も驚きよ〜〜〜!」
ミネルヴァさんというのは、妻に『小説家になろう』サイトを教えた人物で、妻の長年のLINE友達だが、妻も実際に会ったことはないらしく、わたしは密かにネカマを疑っている。
「でもでもん、かろうじて、エロい展開にはならずにすんでるわん!」
「……そういえば、妄想がとまらない、とか言ってた時期があったな」
「エロエロ」
カエルのように言った後、妻は、
「私もれっきとした成人なんだし、そんな物を書くこともあるかもしれないわ!そんなときは、なろうの18禁サイトに、投稿するわん!」
「……そんなものが、あるのか?」
「逆に言えば、なろうでは18禁が御法度って、ことかしら。もし、私が、18禁サイトに投稿するならーー」
「ーーするなら?」
「自己紹介は、そう、恥ぢめましてーーと、書くわねん……」
「……せめて、ソフトなBLくらいに、しておいて下さい……」
「あらーっ、わからないわよん、ホホホッ!」
と、高笑いする妻、五十歳と、迫りくる未来に怯える夫である、わたしなのであった……。




