暑中お見舞い申し上げます
「溶ける、溶けるわぁ……」
和室の座卓の向こう側で、妻がのたうちまわりながら、のたまった。
猛暑だか酷暑だか激暑だか、もうよくわからなくなるくらい、今年の夏は暑いのだった。
部屋の中はエアコンが効いていたが、さっきトイレから戻ってきたばかりの妻は、
「あぢあぢあぢ!」
と、アイスティーをがぶりと飲んだところだった。
普段はホットな紅茶派のわたしたちであったが、この暑さで、とてもホットなど飲んでられない、と、お手軽なペットボトルのアイスティーを買ってきて、それをコップに氷を入れた上に注いで飲んでいるのであった。
「…昔はお盆すぎると、暑さもひと段落したものだったがなぁ…」
と、わたしが昔を懐かしむと、
「あなた、昔の話をすると、鬼が笑うわよ…」
「鬼が笑うのは、来年の話だろう…」
「あ、そか…」
妻はテーブルに片頬をべったり押し付けたまま、力なく答えた。
「……鬼と言えば、おまえの小説は、ものすごい展開になってきているねぇ……まさに、鬼。鬼の所業だねぇ」
「あーもーなんだかね、なんだかもう、バイオレンスよね」
座卓に顔を、押しつけたまま、妻は苦笑するのであった。
「好きだったわぁ、エロスとバイオレンス。平積みされた、そういう新書を、いかにして他人に見られずにレジまで持って行くか、苦しんだものよ……」
「……まるで、エロ本を買おうとする青年のごとき苦しみだな」
「表紙からして、もうエロエロだったりしたし、特選コーナーにわざわざ置くものだから、手に取ることすら難しかったわん……」
「そうか、それが今のおまえの礎になっているのだな……」
わかりみが深かった。
わたしはウンウンうなずきながら、
「おまえの中には、いろんな引き出しがあるねぇ」
わたしが感心しつつ言うと、
「だてに五十年生きちゃいないわよ!」
妻はガバッと顔を上げ、力強く叫んだ。
そして、またペタっと座卓に片頬をつけた。
「あ、ダメ……昨夜は遅くまで、Twitterで呟いていたから、寝不足で体力落ちてるわ……」
「…そういえば、夜中まで何かポチポチやっていたね。小説のストックを書いているのかと、声もかけなかったけど…Twitterをやっていたのかい?」
「そうよ、夜遅くまで、呟き続けていたのよ」
妻は、またガバッと顔を上げた。
「その甲斐あって、『俺のカノジョに血と薔薇を』の読者が、ちょっとだけ、増えたのよ!!やったわ、あなた!」
おまえは努力の方向性を間違っていやしないかい?
などと、ここで問うてはいけないのである。
「……そうかい、でも、ほどほどにしようね。寝不足で、おまえが倒れたりしたら、大変だからね」
「そうね、昼間は小説書くのが忙しくて、昼寝もなかなかできないものねっ!引っ張って離して遊ぶ某アプリも、最近めっきりinできなくて、フレンドさんに切られやしないか心配なのよん!」
そんなことが心配な、五十歳女性が、どのくらいいるのであろうか?
「……食事と睡眠は、しっかり取らなきゃダメだよ……?」
諭す、わたし、妻より二つ年上。
子どもの頃想像した未来には、わたしたちは立っていないかもしれなかったが、それなりに、幸福で、それなりに、不平も不満もある。
たが、不平不満を思える事こそ、現在が幸福と言うことなのであろう。
テレビでは、熱中症と新型ウイルスの患者数がいかに増加しているか報じていた。
みなさんも、熱中症には、くれぐれもご注意願いたいのであった。




