折れる音、揺らがない心
「ポキポキポキ」
と、言いながら、妻は和室の座卓に突っ伏した。
「ポキポキポキよ、ポキポキポキなのよ!私の心はもうポッキポキに折れているのよー!!」
妻が何を言いたいかは、わたしにはわかっていた。
だが、あえて訊いた。
「どうしたんだい?何が折れているんだい?」
「わたしの心よっ!!」
妻は、ガバっと顔を上げて叫んだ。
「五人……私の小説へのアクセス数、昨日はたった五人よ……さすがに心折れるわ……」
なかなか悲惨な数字ではある。
「毎日書いていれば、いずれアクセス数は、きっとたぶん増えるさ」
根拠はないが、わたしはそう言って慰めた。
「ミネルヴァさんも、継続は力なりですよ、って言ってくれてるけど……」
ミネルヴァさんというのは、妻のLINE友達で、自称女性だが、妻も直接会ったことはないらしく、わたしは密かにネカマを疑っている。
「今よ!ナウよ!今が読み頃なのよ!今読まれなくちゃ意味がないのよ!クライマックスなのに!超がつくほど面白いのに!日本語で言えば今がまさに佳境なのに!読んで、読んで読んで欲しいのにぃぃいいい!!!」
妻はジタバタという感じで、座卓を両手でドンドン叩いた。
「……読んだ上で、面白いの、面白くないの批判されるなら、まだいいわ。でも、アクセス無しで、読まれもしないで私の小説が埋もれて行くのは耐えられないわっ!」
この意見には、同意するが、妻の気持ちはとってもよくわかるのだが、わたしには心から応援するほか、術を持たない。
せめて、ここで宣伝しよう。
「俺のカノジョに血と薔薇を〜『魔外者』まがいものの唄〜」
最新話だけでも、ぜひお読み下さいっ!
「……毎日二時間、三時間かけて書いてるのよ、連載……。コスパが悪すぎるわ!」
「コスパ……」
「報われたい…」
妻が毎日書いている量が多いのか少ないのか、わたしにはわからなかったが、妻が一生懸命なのは、たしかだった。
「いずれ、ナントカ賞をとって、陽の目を見る予定じゃなかったっけ……?」
と、わたしは言ってみた。
「……文字数が、ヤバいの』
「文字数?そういや、前にもそんなことを言ってなかったかい?」
「今月末が締め切りの賞があるんだけど、文字数が、10万字を超えていないといけないんだけど、私の小説は、まだ7万字を超えたところなの……」
リアルタイムな私事情を、赤裸々に語る妻だった。
「残り十日ちょい、一日3000字くらいかかなきゃ、間に合わないわん」
「一日400字詰め原稿用紙10枚未満じゃないかっ!おまえなら、やれるよ!ーー毎日休まず書ければな」
「あああああ」
妻は悲痛な呻き声を上げた。
「三ヶ月半の休載が痛かったわん。それにしても、今はラストに向けてクライマックスが突っ走っているから、10万字に到達する前に、完結してしまうかもしれないわん!でもそこはそれ、描写を細やかにして、引き延ばしているのよん」
実に実に赤裸々に語り続ける妻であった。
ひとしきり、ジタバタと、座卓に突っ伏し、両拳で座卓をドンドン叩いていた妻だったが、
「ふう」
と、顔を上げ、息を吐いて、
「そろそろ夕飯の支度にとりかかりますか、今夜はハンバーグだったわね!」
「おう!」
と、わたしは応じた。
内心、妻がジタバタしたまま夕飯を作るのもゴネるのじゃないかと心配だったのだ。
妻は、一瞬ジト目でわたしを見たあと、
「ま、いいわ。材料は買ってあるし、チャチャっと作るか!」
ふん!と鼻息をついて、妻は台所に向かった。
なんだかんだ言っても、揺らがない、ブレないわたしの妻なのであった。




