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紙一重


「私、天才かも」


 と、妻が呟いたとき、とっさに


「いや、紙一重のほうだろ?」


 と、言い返さなかった自分を褒めてあげたい…。


 いつものように、和室の座卓(テーブル)に向かい合って座り、わたしたちはお茶をしていた。ちなみに我が家は紅茶党だ。


「……いきなり、どうしたんだい?」


 紅茶に塩せんべいというのも悪くないものだ。

 

 パリンと薄い塩せんべいをかじり、わたしは問いかけた。


「たぶん、いいえ、間違いなく、私、天才なのよ」


 こんなとき、この妻の夫たるわたしは、何も言い返さないのが正解だ。


「ヤバイヤバイヤバイーークライマックスが、止まらないのよ」


 妻の面持ちは、真剣そのものだ。


「まさか、そんな理由があったなんて、私も書いてみるまで、知らなかった……気づかなかったわ」


 ……そろそろ、合いの手を入れようか……


「それは、なんの話だい?」


 妻は、キリッと表情をひきしめた。


「もちろん、いま書いてる小説の話よ。盛り上がってるのよ、クライマックスキターと思ったら、まだまだクライマックスが続くのよ。止まらないのよ。ヤバ。やっぱ私、天才?」


 どうどうどう、と(なだ)めたいところだが、ここは、グッとこらえて、


「小説の進行、はかどってるんだね?」


 と、やさしく(たず)ねた。


 妻はコクコクコクとうなずいた。


 肩が、震えていた。


 昨日、


「フェーニッックスッッ!

 フェーニッックスッッ!」


 と、雄叫びを上げながら座卓の周りを踊り回った妻とは、まるで別人のようであった。


 実は、わたしはそんな奇矯(ききょう)な振る舞いをする妻より、こんなふうに静かに肩を震わせている妻のほうが怖い。


 要注意なのだ。


「まったく先がわからなくなって来たからね、最初は青春小説かと思ってたのに、殺人事件が起きて、伝説のきゅうーー」


「ストーーーップ!!!」


 妻が、激しくわたしを(さえぎ)った。


「あなた、そこからは、まだ読んでない未来の読者様には、秘密よん」


 未来の読者様、多すぎだろ


 と、わたしは胸の内でひとりごちて、


「そうだったね、危うく未来の読者様たちのお楽しみを奪ってしまうところだったね。この先の展開が、楽しみだね」


 わたしは、にこやかに言った。


「この先も、クライマックスが続く予定なのよ。エンドレスなのよ。どんとこいなジェットコースターなのよ。上がり続けてふーわふわなのよ!」


 だんだん、言ってる意味がわからなくなってきた。


「ーーそれで、ちゃんと完結するんだろうね?」


「するわよ!必ずするわよ!だけど、ここがクライマックスかと思ったら、まだまだ先があることに気づいて、私、驚愕(きょうがく)してるのよ!」


 妻の座卓に乗せた両手が、わなわなわなと震えていた。


「そうなのか!」


「そうなのよ!」


 地震でも来たかと思ったが、座卓の上の妻の握り(こぶし)が、ものすごい勢いで震え出したのだった。


 ぶるぶるぶる!


 と、妻の体と座卓が震えた。


 お気に入りのティーカップがカチャカチャと音を立てた。


「なのにーーなのにーーなのにーーなのに!!なんでブクマが3件だけなのよっ!!アクセス数が16件だけなのよっ!!これおかしいわ、なにかの陰謀?!CIAがからんでるの?!内閣官房室がからんでるの?!誰がなんの目的で糸を引いてるのっ?!」


 言ってることが、不穏(ふおん)になってきた。


「まあ、まて。待つんだ。まだ再開したばかりだろう?しかも三ヶ月半もブランクがあったんだ。未来の読者だけでなく、過去の読者様たちも、まだおまえの最高に面白い小説が、再び世に滑り出したことを知らないんだ。おまえの小説はーーまだ、知名度が足りないだけなんだ!!」


 じと


 という目つきで、妻がわたしの顔を、下から覗き込むようにして、()め付ける。


「ちめーど」


 幼子(おさなご)が、それ美味しいの?と問いかけるイントネーションで、


「それどうやったら上がるの?」


 と、妻は問うてきた。


 ダラダラと、イヤな汗が、わたしの背を伝った。


「継続は、力なり!」


「……は?」


「休載前は、そこそこアクセス数もあっただろう?問題は、やっぱりブランク期間だ。休んでは、いけなかったんだ。継続こそ力!力となり得るものこそ継続なのだ!」


 じと

 じと

 じと


 数秒が流れ、


「わかった」


 妻は幼子の素直さで


「とにかく書く」


 ポツンと言った。


「明日も書く。明後日も書く。その次の日も書く。とにかく完結するまで書き続ける」


「うんうんうん、そうだね、そうしようね」


 妻はコクンとうなずいた。


「さあ、紅茶をもう一杯お飲みよ。たまにはミルクティーなんかどうだい?ウバの買い置きがあったよね?」


 ウバとは、紅茶の産地に由来する茶名だ。


「牛乳は、少しあっためてから、混ぜて」


「わかってるよ」


 わたしは立ち上がって台所に向かった。


 その背に、妻がポツリと呟いた声が届いた。


「ありがとう」


 最近めったにお互いに口にしなくなった単語だった。


「どういたしまして」


 それに、わたしは心の中で付け加えた。


 なんだかんだ言っても、わたしもおまえを天才だと信じてるよ…。

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