大大大復活〜〜〜!!!
「きゃっほるんるん♪」
脳内お花畑な人間というのは、わたしの妻のような人間を指して言うのであろうか?
齢五十を超えるわたしの妻は、つま先立ちで和室の座卓の周りを手を振り上げながら、踊り回っている。
しかし妻は頭にお花畑が咲き誇ったのではない。これが、デフォルトだ。平常運転なのだ。
「なんだい、何か嬉しい事でもあったのかい?」
わたしは、一応、訊ねてみた。
「るん♪」
妻は踊りをやめ、両手を握り合わせながら、こちらを振り返った。
「あなた、私、やったわ、やったのよ!とうとうやったのよ!!」
「なんだなんだ、便秘が治ったのか?この間は体重計に乗る前と後で1キロも変わったと驚いていたが、今度は2キロくらい出たのか?」
「あなた、私のお腹の中に何が詰まってると思ってるの?シモの話じゃないの。頭の中の話よ。私の灰色の脳細胞が、ついにやったのよ!!」
灰色の脳細胞うんぬんという下は、アガサ・クリスティのエルキュール・ポアロの真似だ。
妻は、若かりし頃、それはもう探偵小説が大好きで、視力を悪くしたくらいなのだ。もっとも最近は老眼で遠視が進んで、昔より遠くの物が見やすくなったと言っている。その分、近くの物がぼやけて見える、細かい字が見えにくいと言っているが、妻より二つ歳上のわたしから言えば、お互い様だ。
「その灰色の脳細胞が何をやったんだ?」
「うふふ♪」
妻は、不気味な笑みを浮かべながら、両頬に、両拳をあて、きゃるる〜んなポーズを取った。
「うふふ♪
うふふ♪
うふふ♪」
「ーーなんだい、早く言いなさい」
我が妻ながら、かなり不気味だ。
「創造の女神が、舞い降りたのよ。稲妻が走ったのよ。風が吹いたのよ」
「……外はうっとうしくなるくらい青空のバカ陽気だぞ?」
「あなた、鈍い!!」
妻は、身をくねらせた。
「鈍い、鈍い、にぶい!!三十年も一緒に暮らしていて、私の変化に気がつかないの!?昨日までと違う今日の私、一味違う私が、わからないの?」
今日の妻は、いつにも増してアレだが、わたしは落ち着き払って言った。
「すまん、わからん」
「んっーーもうっーー!!」
妻は天を仰いだ。
毎日毎日思うのだが、妻の言動、というかリアクションは、ユーチューバー並みだ。案外、一財産いけるかも知れない。
「しかたない人ね、しゃーない、教えて差し上げるわ!!」
妻は、ビシっとVサインを、わたしに向けた。
「なんと、あのクライマックスで寸止めされていた大人気小説『俺のカノジョに血と薔薇を』の最新話を、なんとなんと、書き上げたのよっ!!」
「なにっ?!あの三ヶ月半前に突如として続きの更新されなくなったあの小説の続きーーおまえ、諦めたんじゃなかったのか?!」
「ふっふっふっ」
妻は不敵に笑った。
「最近では、ミネルヴァさんも、そのことに触れようとしなくなっていた、伝説の小説……『俺のカノジョに血と薔薇を』の続き、私は書く事を断念していたわけじゃなかったのよ、ちょっと、ちょーっとスランプだっただけよ!ちょっとというか、大スランプだったけど、もう大丈夫。危機は脱したわ。私は蘇ったの!!復活よ、大大大復活したのよ〜〜〜!!!」
ミネルヴァさんというのは、妻のLINE友達で、自称女性で妻とは十年来の仲だそうだが、妻も実際に会ったことはなく、わたしは密かにネカマを疑っている…。
「……しかし、なんだ。三ヶ月半は、長かったな。少ない読者も、もうすっかり離れて、忘れているぞ……」
「ふふふ……もとより、ブックマーク3件……」
「いや、前より減ってないか?」
「あなたとミネルヴァさんと、あとどこの誰だかわからないお方のブックマーク!いいの、再出発よ、私は、生まれ変わるの!不死鳥のように、燃え尽きた灰の中から、生まれ出でるのよ〜〜〜!!!」
「…つまり、なんだ…もとから読者も、少なかった事だし、このさいブランク期間はなかったことにして、『小説家になろう』に、再び投稿を始めたんだな…」
「ホホホッ!身もフタも無い言い方だけど、その通りよ!私は帰り咲いたの!フェーニッックスッッ!!なのよっ!!」
妻は、両手をバッと広げ、片足立ちして、叫んだ。
あらためて言うが、こういう妻は、デフォルトだ。平常運転なのだ。
フェーニッックスッッ!
フェーニッックスッッ!
と雄叫びを上げながら座卓の周りを踊り回る妻を眺めながら、わたしはゆっくり紅茶をすすった。
ああ…また賑やかな日常が戻って来るのだ…
わたしも妻も人生の折り返しを過ぎたけど、夢をあきらめないのは、悪いことじゃなかろう?
妻の小説家になる夢を、わたしは応援しようと、あらためて、思ったのだった…。




