クライマックス!
「あなた!どうしよう!胸がドキドキして止まらない!」
「なにっ?!心筋梗塞かっ?!119番は、110番と119番とどっちだったっけ?」
「あなた、なにわけのわからないこと言ってるのよっ!!119番は119番でしょ!」
「お、おうっ!119番だな!」
「待って、ストーップ、あなた、119番しちゃダメ!」
「胸が苦しいんだろ?!安心しろ、すぐに救急車を呼んでやる!」
「呼んじゃダメーーー!!!」
妻はゼイゼイ息をしていた。
「息が苦しいのかっ?!」
「ダメだわ……このひとマジだわ……」
と、妻は真顔になったあと、
「ちがう違う。ドキドキが止まらないのは、ハートよっ!!リアル心臓じゃなくて、胸キュンのハートのほうよっ!!」
と、言って、顔の前で手を横に振った。
「……なんだ……ビックリさせるなっ!」
「ビックリしたのはこっちよ!ホントにスマホ持ち出すんだもの……」
「しかし、いざとなると、どうかけていいものかわからないものだな、119番。たしか、緊急通報時の操作方法とかあったはずだが……」
「はいはーい、そのネタは終わりにしてくださーい。あとでググッてくださーい」
妻は、真顔で冷たく言うのであった。
「…………で、何が胸キュンなんだ?」
「そうよ、ドキドキが止まらない胸キュンハートは、クライマックスが近づいてるからなのよっ!!」
「…………えっと、なんだって?」
さきほどヒートアップした反動で、わたしは自分でも淡白すぎる返答をしてしまった。
「んもうっ!物語が、クライマックスに突入するの、日本語に訳せば佳境にさしかかったのよぅ!」
「…………物語?」
「私の鋭意執筆中の『俺のカノジョに血と薔薇を』が、ようやくようやくクライマックスに近づいて来たのよっ!」
「そうか……」
「あら、あなた、それだけ?」
「いや、心筋梗塞かと思ったショックのほうが大きくてな……」
「あなたのハートのほうがよっぽど弱々ね!」
と、ふん、と鼻を鳴らしたあと、
「ミネルヴァさんから、『話の展開が遅いですね。なろうの読者は、もっとテンポの早い作品を望んでいるかもしれません』、なーんて言われてた私の小説だけど、やっとやっと話が動くのよー!!クライマックス突入なのよー!!」
と、妻は叫んだ。
ミネルヴァさんというのは、妻の十年来のLINE友達で、自称女性だが、妻も直接会ったことはないらしく、わたしは密かにネカマを疑っているーー。
「……そうか、やっとか……」
「ここまで来るのに、一ヶ月以上かかってしまったわん」
「……そうか、それであとどのくらいで終わるんだ?」
「それは、ナ・イ・ショ♪」
「……まあ、正直、ここまでおまえが連載を続けられるとは、思ってなかったよ……」
「あら失礼な」
「途中で飽きるかと、思ってた」
「四日間お休みしたときは、『飽きたのかと思ってました。なろうではよくある事なので』って、ミネルヴァさんにも言われてしまったわん」
「ーーでも、終わる目処がついたんだな?」
「ホホホッ!始まったからには、終わるに決まってるじゃない!途中で投げ出したりなんかしないわ!でもひとつだけ懸念があるのよ……」
「……なんだい?」
「前にも話したけど、小説のキーワードに、◯◯大賞って入れるだけで、その懸賞に応募したことになるのだけど……」
「そういえば、そんなことを言ってたな」
「……このまま突っ走ってしまうと、文字数が足りなくなりそうで……」
「文字数?」
「7万字以上とか、10万字以上とか、既定があるのよ」
「そうか……それで、おまえの小説は、いまどのくらい行ってるんだ?」
「5万字ちょっとね」
「ということは、あと、いままで書いて来た分の、半分から、同じくらいまでを、書き足さなくてはならないのか……」
「そうなのよ、それでちょっと悩んでるのよ……」
「まあ、ナントカ大賞とかにこだわらず、良い作品が書き上がればいいじゃないか!」
と、わたしが励ますと、
妻はわたしをキッと睨み、
「それじゃダメなのよ!◯◯大賞取る、映像化される、注目される、バズる!の方程式が崩れるじゃない!」
「その方程式、なんかおかしくないか?」
「シャーラップ!バズることこそ至高、バズることこそ目的にして手段なのよっ!!」
「……ブクマ三人しかいないのに?」
「もうすぐ時代が五回まわって私に追いつくのよ〜!」
ホホホッと、妻は高笑いした。
「読まれさえすれば、私の小説の面白さはわかるのよっ!きっと審査員の、目にとまるわ〜!」
根拠のない自信ほど、怖いものはない。とにかくすごい自信だった。
「ま、まあ、ここで折り返しだな、ガンバレー」
「あなた、ありがとう!あなたとミネルヴァさんのためにもがんばるわ!バズれ、バズれば、バズるとき、バズらせるのよーーーっ!!!」
言葉の意味はわからないが、とにかくすごい自信な妻なのであった……。




