オッサンとか女子高生がなんじゃ、こっちゃBBAじゃ!
「…なるほど、ぶっちゃければ異世界に行ってあーだこーだするのがハイファンタジーで、現実世界で異能力が発揮されたり怪奇現象が起こるのがローファンタジーなのね…」
独り言のように呟いた妻は、
「でも三十代や四十代のオッサンが異世界に美少女として転生したってねぇ…そんな若い人たちに、人生知り尽くしたみたいな顔で語られたくないわよねぇ…これからは五十代の時代よね!」
妻は拳を握りしめて、力説するのであった。
「だいたい、四十五十はまだヒヨコ、って言うじゃない」
「そりゃ落語家の世界の話じゃないか」
わたしは仕方なく、妻に合いの手を入れた。
「おまえが書くのはファンタジーの世界なんだろう。異世界ものなんだろ?ケチをつけてないで、ハイなのかローなのかはっきりさせて先に進めよ」
「あらやだ。私が書くのは異世界ものでも転生ものでもありませんよ。チェックを入れろと書いてある選択肢の中に、当てはまるジャンルがないから困ってるんじゃありませんか」
妻は口を尖らせ、
「だいたい、事故にあって若い体に転生できるなら、してみたいもんだわ。ーーって、三十代四十代が、二十や三十若返ったからって、なんぼのもんじゃい、こっちゃ『老い』が切実に忍び寄ってる五十代よ、三十四十若返るより、まっとうに寿命を終えて生まれ変わったほうが、いっそてっとりばやいわよ!!」
「おまえ、興奮するとまた血圧が上がるぞ」
「あらやだホホホッ」
「…で、おまえの書く小説のジャンルは、自分ではなんだと思ってるんだ?」
「そうねぇ…」
妻はちょっと考え込むように小首をかしげ、
「怪奇幻想譚、かしらねぇ…美しく、儚く、切ない、けれどどこか恐ろしげな…」
「幻想譚なら、訳せばファンタジーだろ。それで異世界に行かないならローファンタジーなんじゃないのか?」
「そうねぇ…やっぱりそうかしらねぇ…」
「それで、主人公はやっぱりわたしたちみたいな熟年世代なのか?」
「あらやだ、あなた」
妻はホホホッと高笑いして、
「主人公は中学二年の男の子よ!」
「ズコッ!!」
と、わたしは口に出しながらずっこけたのであった。
「おまえ、はじめのほうのセリフと、いまのセリフに大きな矛盾があるぞ!」
妻はホホホッと笑いながら、
「J J IやBBAが主人公の小説なんてウケませんよ。やっぱり主人公は、若くてピチピチじゃなきゃ!」
と、言ったあと、
「やだわ、若くてピチピチなんて、なんか古くさくてダサいわ。BBAが書いてると気づかれると、人気が落ちるわね!」
真顔で言った。
「そもそも人気なんか出てないし、そもそもそも、まだ投稿してもいないだろう、おまえの小説は…」
「そうね、でも注目されるためには、キーワードに『異世界』って入れておくべきかしらね?」
わたしは、夫としての威厳を保ち、妻をたしなめた。
「それだけは、やめなさい」
わたしは深くため息をついた。
妻の暴走というか迷走というかは、まだまだ始まったばかりなのだった…。