人生はbitterだ…②
「あなだあああああ!!!」
と、突然、妻が泣き出した。
「ど、どうした?!また紋次郎のことをいきなり思い出したのかい?!」
と、わたしが尋ねてると、
「ぢがうの、ミネルヴァさんが……ミネルヴァさんが……」
「ミネルヴァさんに、何かあったのかい?」
妻は、ふるふると首を振った。
そして、
「ミネルヴァさん……疲れてるから、その話はまた明日しましょうって……『オヤスミ』って、スタンプが、そのあと押されてて……」
なんと!!!!!
世の旦那方が、けっして使ってはいけないワードを、ミネルヴァさんが、妻に対して使ったというのか?!
まさかーーミネルヴァさんは、やっぱりネカマではないのか?と、わたしは普段よりの懸念が蘇るのを、感じた!
『疲れている』『その話はまた今度聴くよ』は、夫婦間で、旦那のほうが、使いがちなワードだが、これを使われた奥さんのほうは、腹が立つやら虚しいやら、やっぱり、腹が立つやらでーー
ーーわたしも若かりし頃、そのワードをなんの気なしに使ってしまい、妻に思いっきり足を踏まれ、痛くてかがみこんだところを頭にエルボーを入れられるという、痛い経験……いや、苦い経験をしたことがあるーー
ーーそれ以来、わたしは決してその、ワードを、使わぬよう、心がけているーー
それなのに、ミネルヴァさん、ああミネルヴァさん。会ったことも、ないし、妻からLINEでミネルヴァさんと、こんな話したのよ、と聞くだけだが、自称女性のミネルヴァさん。本当にネカマではないのかっ?!と疑いを強めるわたしであった。
妻は、まだわんわん泣いている。
相手がLINEの向こう側じゃ、思いっきり足を踏みつけることも、できないものな……。
怒りモードの妻ならともかく、悲しみモードに入ってしまった妻は、なだめようが、ない。
わたしは妻に、妻の大好きなプリンスオブウェールズの紅茶を入れてあげ、悲しみのウェーブが過ぎ去るのを待った。
やがて妻のギャン泣きが、スンスン鼻をすするくらいにおさまってきた。
「あなた……私って、おもいやりがない……?相手を思いやる心が足りない……?だからミネルヴァさんを呆れさせてしまったのかしら……?」
やがて、ボソリと呟いた妻に、
「今回は、タイミングが悪かっただけさ。ミネルヴァさんは、きっと本当に疲れてたんだよ……」
と、わたしは妻の手を握って、答えた。
「そうかしら……そうだといいけど……」
妻はやっと泣き止み、鼻をビービーかむと、やがてカップに手を伸ばし、プリンスオブウェールズを、こくんと飲んだ。
「美味しい」
やっと笑顔になってくれた。
「そうよね、きっとミネルヴァさんは、リアが忙しくて疲れてらっしゃったのよね……私も、ついいーっぱいLINEに思いのたけを書き込んで、お返事をお願いしちゃったから……配慮にかけたわ……」
わたしは黙ってコクコクうなずいた。
「私も泣きすぎて目が腫れぼったくて、眠くなってきちゃったわ……あなた、紅茶ありがとう。……先に休むわね」
「うん、それがいいよ。歯磨きは忘れるなよ」
結局、妻の悩みは解決してないが、わたしの望みは、妻の小説のアクセス数が伸びることではなく、妻の心が平穏で、できれば毎日楽しくしていてくれることなのだから、これでいいのだ。
さぁて、わたしも休むとするか。わたしの分も淹れておいた、ほろ苦いプリンスオブウェールズを飲み干してから……。




