もふもふは心の中に
残念ながら、妻の小説にわたしの挿し絵をつけても、アクセス数は、すずめの涙ほどしか増えなかった。
「あなた、ドンマイよ!」
妻よりわたしの落ち込みのほうがひどかったのを、妻も察してくれていた。
「バズるための、次なる作戦を考えましょう!私に、考えがあるの!紋次郎を出しましょう!あの、もふもふだった紋次郎を出演させましょう!!」
「紋次郎か…可愛かったなぁ…懐かしいなぁ…」
思い出すと、涙が出てきてしまう。
紋次郎とは、五年ほど前に亡くなった、私たちの愛犬の名前だった。
シェットランド・シープドッグ、シェルティも呼ばれる中型犬で、それはもう、もっふもふだった…。
見かけは大型犬のコリーをそのまま小さくしたみたいな外見で、もともとはシェットランド島という島で飼育されていた牧羊犬がルーツだ。
『名犬ラッシー』の犬を、そのまま小さくしたみたいな外見、と言えば二十年くらい前までは、ギリギリ通じたのだが、最近では説明に苦労する。
「わたしは今でも紋次郎のことを思い出さない日はないよ…」
ちょちょぎれる涙を袖でぬぐいながら、わたしは言った。
「あいつをなぁ、ほかの子犬から選べてと言われて部屋に通されたとき、あいつより健康そうで賢そうな子犬もいっぱいいたけど、あいつはなぁ、あぐらをかいたわたしの足の上にちょこんと勝手に乗ってきて、そのまま寝てしまったんだ…」
「本当にあの子はか弱そうで…でも、一番の美形でもあったわ!」
「そうそう、おまえが『王子様よ!この子まるで王子様だわっ!』って、叫んで…」
「私たち、あの子に一目惚れだったのよねぇ…」
「ほんとになぁ、紋次郎は可愛い子だったよ」
「毛並みがふわふわなびいて綺麗だから、散歩に行くと、誰からも可愛い、キレイ〜って褒められたから、紋次郎も褒められてるって、わかるのね、褒めてくれる人間が好きで好きで、とても人懐っこかったわ……」
と、感慨深げに言ったあと、妻は少し表情を曇らせ、
「ーーでも、あなたが拒食のしつけをしたせいで、もちろん拾い食いなんかはしないいい子に育ったけど、オヤツをくれようとする人からもそっぼ向いてねぇーー
ーー耳が悪かったんだか、口が聞けなかったんだか、よく散歩のときに会う、ヨボヨボのおじいさんがいたんだけど、そのおじいさんがポケットからオヤツを出して、紋次郎にあげようあげようとするんだけど、食べてくれなくて…あれは、本当に申し訳なかったわ…」
「紋次郎は、食にこだわりのある性格だったんだよ、もとから。生後半年で九キロあった体重が、生後一年経ったときには八キロに減っちゃって…」
「お医者さんが、この犬は滅多にいないいい犬だ、これが自分の犬だったら、精密検査をして調べるのに……って、食が細い原因を心配しておっしゃってくれたけど……」
「結局、したんだよなぁ、精密検査。どこにも異常はなくって…あいつは、食べたくないものは、とにかくガンとして食べなかった!」
「一度、あげたゴハンを拒んで、それではあの子のためにならないと、食べないならお皿下げるからねって、それでもあの子食べなくって……三日間本当に何も食べてくれなくて、こっちが根負けしたのよね……」
「あれから、なんとか口に合うドッグフードが見つかって良かったが、あいつの食へのこだわりは尋常じゃなかった……」
わたしたちは、顔を見合わせ、ため息をついた。
「でも、可愛かったわ」
「ああ、可愛かった」
子どものできなかったわたしたちにとったは、本当に本当に実の子ども同然だった。
「……で、紋次郎をおまえの小説の中に登場させるのかい?」
と、わたしか尋ねると、
「……なんだか、自分があざとく思えてきたわ……ダメねぇ……」
「……そうか」
と、わたしはうなずいた。
「紋次郎のことは、私の胸のアルバムにしまっておくけど、ストーリーに犬は絡ませようと思うの」
「…どんな犬が出て来るんだい?」
「紋次郎はも毛並みがもふもふだったかわりに、抜け毛も、もっふもふで苦労したから、今度は短毛種がいいわ。芝犬にするわ!」
と、妻は目を輝かせながら言った。
「オスでキリッとしてて、あまり吠えなくて……おっと、ここからは小説を読んでからのお楽しみよ♪」
「ははは」
と、わたしは笑った。
まだせつなすぎる思い出だけど、紋次郎のことを笑いながら話せる日が来るとはーー時が、悲しさを押し流してくれる、一番の薬だな。
「でも、それじゃあ、おまえの小説を、バズらせるのに、もふもふ要素が足りなくなるんじゃないのかい?」
わたしが冗談めかして言うと、
「それもそうねっ!ほかにもふ要素をみつけないとっ!!」
と、妻は真剣に考え込んでしまった。
今回はちょっとしんみりしてしまったが、妻とわたしの二人三脚の創作活動は、まだまだ続くのであった。




