ネカフェにGO!②
最寄り駅のすぐ近くにそれはあった…。
ネットカフェ。あえて名前は伏せる。
結構大きな、独立した建物で、この地に引っ越してきてから十余年、ずっと気になってはいたが、中に足を踏み入れたことはない。
外観は明るい色をしていて、のぼりも立っているが、両開きの自動ドアの向こうは何故か暗く、外からは屋内を見通すことができない。
「さあ、入るわよ!」
川口探検隊……もはや、覚えている人も少ない、名物番組……の、名物隊長さながらに、妻がゴクリと唾を呑み込み、私を振り返る。
「私から、入るわよ!」
そう宣言して、妻が自動ドアの前に立つ。
「怖いっ!やっぱりあなたから先に行って!」
いきなり袖を引っ掴まれ、その勢いのまま、ブンッと店内に、私の体は投げ出された。
そのとき、近くに人影がなかったのは、幸いだった。誰にもぶつからずにすんだし、恥ずかしい思いもせずにすんだ。
店内は、左手に、マンガの単行本の置かれた陳列棚、右手にカウンターがあった。
「誰もいないわね…」
妻の声に反応したかのように、カウンターの奥から、若い男性店員が出てきた。
「いらっしゃいませ」
わたしは焦って、思わず、
「あの…こういうところ、はじめてなんですが…」
と、フーゾク店に初めて訪れた初々(ういうい)しい青年のようなセリフを吐いてしまい、慌てて、
「この店を利用するの初めてなんですけど…」
と、言い直した。
店員はうなずいて、
「当店の他の系列店をご利用されたことは、ございますか?」
「いえ、ないです」
と、わたし。
「では、新規会員様としてご登録をお願いします。本日は、身分証をお持ちですか?」
「はい、運転免許証があります」
「本日は、ペアシートをご希望されますか?」
と、妻をチラリと見ながら、店員。
「……ペアシートなんてものが、あるんですか、では、それで……」
「お連れ様の分も、会員登録が必要となりますが、よろしいでしょうか?」
と、店員が言うと、
「私はいいです!出ます!あなただけ、入って!」
と、私の袖を掴んだままだった妻が、ぶんぶん首を振りながら、言った。
「……では、こちら様だけ、身分証のご提示、お願いします」
チラリと妻を見たあと、店員は言った。
「私、むこうのマ◯クでコーヒーでも飲んで、待ってるわね!あなた、頼んだわよ!」
「お…おう」
そそくさと出て行く妻を見送って、会員登録を済ませ、個室タイプを選びーーこの際にも初体験のわたしは、まごまこしたのだが割愛するーーいざ、リクライニングシートの個室へと、足を踏み入れたのである。
……が、わたしはすぐに、妻がこの場所に長居したがらなかったのか、理解した!
時節ネタで申し訳ないが、要は、ウイルス感染が怖かったのである。ウイルスはウイルスでも、パソコンとパソコンの間で感染するほうではなくて、人間と人間の間で感染する、ウイルスが、この建物の中に蔓延しているかもと気づいたのだ!察しの良い妻は!
個室とは言っても、薄い壁と、間仕切りの役目しか果たしてないドアで括られた空間。
畳半畳に客一人、とは、昔のたとえで、トイレのことを指すが、畳一畳あるかないかのスペースに、机とリクライニングシート。机の上には、大きなモニターのパソコン。
ーーは、別に文句をつける気にならない、事前に予想できていたことなのだかーー
薄暗い店内に、響き渡る、咳とクシャミの数々!!
ウン十年前の、個人診療のかかりつけのお医者さんに、インフルエンザの流行したころ、折悪しく高熱を出してしまい来院したときの、待ち合い室の雰囲気にも似て、わたしはすこぶる恐怖を覚えた。
こんなところに、ひとり置いていくなんて、妻ヒドイッと、心の中で叫んだが、時すでに遅かった。
わたしはとにかく早くここを出たい一心で、基本料金のかかる30分以内に、やるべき作業を終え、飲み放題のドリンクバーも利用せず、お会計もそこそこに、店を転がり出たのであった。
「あら、早かったわね」
と、マ◯クの中でアイスコーヒーを飲んでいた妻は、わたしを出迎えた。
「おまえ…ひとりで置いて行くなんて…ヒドイ!」
と、わたしはつい本音のまま妻に愚痴った。
「ごめんごめ〜ん。でもあんなとこ、ちょっとの間でも我慢できなくてぇ〜!」
DQNなJKのノリで言われ、わたしは心底腹が立った。
「わたしが病に倒れたら、おまえも道連れなんだからなっ!」
フンガイしながらわたしもアイスコーヒーを飲むと、
「共倒れでも、時間差あったほうがマシ!ーーそれで、あなた、作業は終わったの?」
結婚三十年、本当になぜこの妻と結婚したのかわからなくなりながらも、わたしは力なく答えた。
「……ミッションコンプリートだ……」
「やったわね!あなた!」
だが、わたしは任務を完全に遂行できてはいなかったーーと、知るのは、数時間後のことであった…。




