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ふうっと深い息を吐きだして気持ちを切り替えてから、いったい男は何をしに来たのだろうかと、男が見ていた辺りに視線を向けた。
四つ角の工場の一棟に浦本工業の看板があった。帝王が言っていたお化け工場はここだ。男も肝試しに来たのかという考えが浮かび、慎一は一人で噴き出した。大人が一人でなんの肝を試すのか。
笑いついでにお化けを探してみようかと、工場内に入ることにした。
緑色の金網に手をかけて揺すってみた。手入れをされず弱ってきているようで、かなりたわむ。慎一の体重を支え切れるかわからない。
フェンス沿いに工場の正門へ向かう。こちらはしっかりとした鉄柱で、よじ登れそうだった。鉄柵に巻きつけられた太い鎖と大きな錠前を足掛かりにして門を乗りこえた。
中途半端に開いている工場入り口のシャッターに両手をかけて引き上げようとしたが、錆びついているのか、ビクともしない。仕方なく埃まみれのコンクリートに両手と膝を突いてシャッターをくぐる。工場の空気はひんやりとしていて、ほっと息が吐けた。
漏れ入る光だけで、内部の様子がある程度は見渡せた。金属加工の工場だったようで旋盤が何台も並んでいる。プレハブの事務所が据えられていて、扉は開けっぱなしだ。覗いてみると、事務机とパイプ椅子、電話機から引きちぎられた電話線などが打ち捨てられている。
壁にかけられた社員の名札を手に取る。白いアクリル板に表は黒文字で、裏は赤文字で名前が書いてある。出退勤時にひっくり返して使うものだろう。
名札の先頭には社長という肩書と共に「浦本弥助」という名札がかかっている。次は専務で「浦本宗吾」。どうやら家族経営だったようだ。弥助の名札をポケットに納めてプレハブを出た。
明かりが届く範囲をうろついてみたが、これといった収穫はない。この工場のどこにお化けが出ると言われるような所以があるのだろうか。奥の方に目を凝らしてみたが、暗くて何も見えない。手探りで進んでも意味はない。後日、灯りを持って出直すことにして工場を出た。
慎一は引き続き、道の探索に向かう。だが落ちているのは木の枝や煙草の吸い殻、空き缶ぐらいで、なにも収穫はない。日は昇りきり、気温はどんどん上がり続ける。このまま工業団地を練り歩き続けるのは体力的に無理だった。住宅街に戻り、次の目的地へ向かうことにした。
翔の両親には電話をしてみたのだが、迷惑だから来るなとすげなく言われた。押しかけて警察に通報されたら冗談にもならない。江崎翔は確執のある実家の転居先の住所は知らなかったのだ。
江崎家は何も見つからなかった時の最後の手段として取っておいて、翔が高校生時代まで住んでいた引っ越し前の家の方に行ってみることにした。工業団地から時枝町までは大した距離ではなく、徒歩で行ける。
江崎翔は実家と疎遠であっても生まれ育った土地から遠くへは行かなかった。そうすると大学まで通うには電車で五十分ほどもかかる。大学に近い場所へ引っ越すという選択肢もあっただろうにそうはしない。何かこの町に思い入れでもあるのだろうか。
汗が滴ったせいで臭いだしたシャツを気持ち悪く思いながら歩き続ける。水筒の中身はもう空だ。時枝町に辿り着き、通行人とすれ違うようになったころには、乾き死にそうになっていた。
道端の自動販売機の前で立ち止まる。じっと見つめていたが、財布に手は伸びない。
目的地に向かう前に、公園かどこか水道のある場所を探そうと慎一は道を反れた。




