Paradice Fair 下
「ねえ、アリス、魔法の香辛料を貴女は知ってる?」
庭のハーブ園でパセリとマジョラムを摘みながら白髪紫眼の少女が聞く。
「そう言って売られている白い粉なら幾度となく盛られかけたし、押し売りされかけたり、果ては勝手に荷物の中に紛れ込まされて、罪人として有り金巻き上げられかけたけど……それとは違うものなんだろう…?」
立ちながら、ローズマリーと月桂樹の葉を採っていた黒紫色の髪の少女は首を傾いだ。
「違う違う、そんな野蛮な物じゃないよ、私達薬師の探している万能薬。切断された肢とかをイモリのように生やして治す4つの物質の事。とある有名な歌になぞらえて私達がOct3/4、Sox2、Klf4、C-Mycって呼んでいる、大戦前の古い文献に出てくる薬の事。」
極東洋の島国がかつて遥か昔に開発したというその薬は今はもう見つからない。
「なら、楽園にはあるんじゃないの?」
さらりと言ってのけたアリスベルテにアイリスは驚いて目を丸くした。
「らくえん…?……あの伝説の……?」
「伝説って…。アイリス君も亜人だろう?なのに知らないの?…兄さんは何も言わなかったの…?人狼も吸血鬼も小人族とか光妖精だって生れた起源はその楽園だよ、死者と生者の交わる街の。」
淀みなく続けて言う人狼の少女にアイリスは眉を顰めた。適当なこと言っていないだろうか、この人は。
「本当だよ。」
疑いの眼差しに気が付いたのかアリスベルテは微笑んで続ける。
「…本当だと9割以上確信してる。実際に見に行ったことはないから絶対にあるなんて言えないけれど。」
その予防線を張るかのような言葉に脱力しそうになりながら、少女は嘆息した。
「なんでそんなにまで言えるの?確証は?」
「WanderingJew《彷徨える人間》っていう伝説を知ってる?」
質問に質問で返された。そのことに少し頬を膨らませつつも少女は首を横に振る。聞いた事はある気がする。何時の事だかは知らない。イズリアルに出会うそれより前かもしれないが。
「かつて原初の人類二人が、創世の主に対して犯した罪というのがあって、その罪から人間を救ったっていう人がいるのだけれど、そこから話そうかな。少し長くなるかもね、まあこういう作業の間には丁度良い、与太話だと思って聞いて貰って結構。」
話半分に聞きながら、アイリスは手を動かしていく、割と広い庭だから摘み取り終わるのに時間はかかる。
五千年以上昔、この世界に救世主として油を注がれた者が現れたと云われる。彼は、人々の身代わりに、苦しみながら、刑死することで、人が最初に犯した罪を償おうとした、とも。
そんな話をしたところで言葉を切り、人狼少女は空を仰いだ。
「その罪がどうしたの…?」
「ううん、今から言うのは原罪についての伝説じゃない。その救世主について。」
問うてくる吸血鬼に“今話したのは、この伝説の大前提のことだよ”と彼女は言葉を続けた。
磔にされる為の十字架を背負って処刑場まで歩くというのは救世主っていうのが受けた苦しみだ。その途中で、『とっとと、行け』っていった観衆がいた。当時は処刑って庶民にとっての娯楽である、見物人の大勢いる中を歩かされた救世主の返した言葉が『私は行くが,お前は私が帰ってくるまで待っていなければならない』という物。
その言葉のせいで罵った人間の方は、啓典に書かれてある『最後の審判』の日まで、その救世主が復活を遂げるまで生きていかないといけなくなったという話。
大体要約するとこんな感じだ。
ふぅ、と吐息をついて薬草のいっぱいになった籠を掲げたままのびをして彼女は空を見上げた。
「……全然長くなんなかったけどこんなもんかな。…でさっきの話――何でこんな事話したかっていうと、その罵ったっていう奴、僕が知ってる人だから。
楽園帰りのその人と偶然出会って、意気投合して杯を交わしたかな。もう何年も前の話だけれど。楽園の存在の信憑性に関しては、僕が彼の撮った写真を見たから、大戦前のその様子を見てしまったから信じられる。」
“まさしく楽園の名に相応しかったよ”そう彼女は続けた。
「どんな写真だったの?」
「見たい?」
アイリスが頷くと彼女は口の中だけで何事かを呟き手を振った。
すると宙に一枚の映像が浮かんだ、魔法と言われる技術の一つである。
「これ…が。」
林立する数多の灰色の高層建築物とその間を抜けるように、弧を描きつつ立体交差する道路、そして若干道路を浮きながら飛ぶ浮遊自動車
「凄い……」
触ろうとしたら、一気に色素が薄れ、映像は霧散した。
「過去には魔法とは違う方法でこういう風に色付きの映像をこんな力よりも長い間、残す技術もあったみたいだしね。」
「アリスは楽園を探しているの?」
黒紫髪の少女は頷いた。
「そうだよ、ずっと。」
「それって…どういう…?」
彼女の来た方向とは、伝説に謳われる楽園の場所とは逆方向だったから、少女の表情は困惑に満ちたものとなった。
「針仕事も無しに麻のシャツを作る方法、その技術。それが欲しいんだ。アイリスもついて来る?」
もしも楽園がこの現世にあるのなら、どんな不可能だって可能に出来る筈だ、例えそれがどんな代償を伴ったとしても。
自分が言った、その香辛料ともその遺産は関連するだろう。
だから少女は首を縦に振った。
「ええ、いいわよ。」
自分の口から出た言の葉をけれど少女は高揚する気分のどこか遠くで聞いていた。
―――彼の妹とあの約束を果たせるならば、それはきっと 喜ぶべきこと以外の何物でもないだろうから―――――
パラディスフェア あとがき
はい超絶長いプロローグでしたね、旅物語のタグ付いてるのにまだ旅すらしておりません
さて「楽園市場」作者の蒼弐彩です、こんにちは。
アイリスとアイザックの繰り広げるこの話、一体どうでした?
面白いと思っていただければ幸いです。
さて、表題にもある、paradise fair とyou'll be a true lover of mine
ですが、これは英国の歌曲「scarborough fair 」の歌詞からとりました。
後で知りましたが別に「終末何してますか」を見たわけではありません
どんな歌か気になった方は聞いていただければ、何か判ることがあるかもしれません
やたら光景描写が多いのはもともとこの話が自分の所属している漫研の部誌になるはずだったイラストから作ったものだからです。
まあ書き上げたこの話を元にイラストの題材にもしてるので相互利用という感じですね。
さて、蒼弐は現在高三生、就活なぞはしておりません
つまり受験生でございます
そしてこの話は参考文献読みながら作っておりました。
んなの読んでる暇あれば参考書でも読んどけって話ですよね…
というのでかんなりあいだが空いてからの本編になるかと思います
そんなこんなですがどうぞよろしくお願いします。
最後に謝辞を、
素敵なロゴを描いてくださった、ざんてつさん、あなたのロゴに色々助けられました。
そして、この話を読んで下さった方々。創作者に読者は必要不可欠です。
ありがとうございます!
貴方方に神様の祝福があることを期待し、また二人の往く道のりに沢山の夢と希望の花々が鮮やかに咲き誇ることを期待して結びとさせて戴きます。
「SFジャック50周年記念アンソロジー『不死の市』(瀬名秀明著)」を読みながら