第一章8 『夜の海にて講義』
定期船に揺られていると早くも夜になる。
定期船は豪華客船とは違って個室はなく、大きなフロアに乗客は居座り、ある者は食事を楽しんだり、ある者は寝転がったりして体を休めている。
しかしアルダとルシェは、そこにはいない。
狭苦しいフロアの空気に息が詰まりそうになり、甲板で夜空を眺めていた。
「ここから見える星、村で見ていたものとは、また違いますね」
「海の上だから水平線の彼方まで星空が広がってるからな。村で見上げるのとは違う趣があるだろ」
「……あの、一ついいですか?」
ルシェは真っ直ぐ水平線を見つめたまま訊ねた。
「なんだ?」
「この世界は、八つの大陸と海で構成されているんですよね?」
「ああ。俺達が出港したあの大陸も、八つのうちの一つだ。あそこはプリンキア王国の統治下、ロンダート大陸。世界一の大地面積を誇る大陸で、自然の要塞と呼ばれている」
「……どうして町や村があるんですか? 王国の首都だけがあればいいと思うんですけど」
「んー、それは違うな。まあ、確かに数百年前までは、町や村があっても、完全に王国の支配下だったらしいけど。……例えば、酪農一つをとって考えてみるといい」
アルダの言葉にルシェは頭の上に「?」を浮かべる。
「酪農って、広大な大地を必要とするだろ? でも一つの首都だけじゃ、それは不可能だ。そこにしか人間が住まないのだとすれば、すぐに人口密度は膨張し、とても酪農なんてできる環境じゃなくなる」
アルダの説明を受けながら、ルシェは小さく頷いていた。
「――つまり、村や町があるおかげで、この世界が成り立っているってことですか?」
「いや、そうとも限らない」
「えぇ……」
ルシェは、首をかしげた。更に疑問を深めてしまったようだ。
「じゃあ、広大な大地に村や町が点在して、そこの住民達だけで生きるとなればどうだ?」
「それは……」
「実際、不可能だ。港町でもあったように、治安の乱れは必ず発生する。そこに人間がいる限り、些細なズレや衝突は見過ごせない問題となってくるんだ。例えばルシェの村だって、叔父さん達の作った警察組織が存在していただろ?」
「はい……。でも、事件なんて起きませんでしたよ?」
「本来はそれがベストだ。けど、あの組織がなければ、どうだったかわからない」
「?」
「つまり必要なくとも、誰かを守る役目……人間を罰するような組織は、その存在だけで犯罪の抑止力になる。これは、経済面においても同じだ」
「うぅ、お金の話は、苦手です」
ルシェは苦い顔をアルダに見せてくる。
確かにアルダも、関心があったわけではない。だが、一人で旅をするうえでは必要な知識だったため、自然と身に付けただけだ。
「じゃあ、この世界に金貨がない場合、どうなると思う?」
「……えと、食べ物や衣服に値段が付けられなくなるんですか?」
「そうだ。土地や家畜もそれに含まれる。もし貨幣がなければ、食物の奪い合いに発展するし、人間は働こうとしない。貨幣っていうのは、今や常識的に、この世界にはなくてはならないものだ」
「そ、それもそうですね」
「だから人々が働ける組織『商業団体』が存在する。そこを支援しているのは現在、七つの王国全てだ。まあ、支援しなきゃ自国に優先して商品は回ってこないだろうからな」
「つまり、そうやって色々な人達が協力しているからこそ、こうして世界は成り立っているんですね?」
「そんな感じだろう。俺は詳しいわけじゃないけど、この船だって、商業団体のサービス企業が七か国連盟と協力して運営してるんだ」
「し、知れば知るほど、難しいです。なんだか頭が混乱してきました」
言葉の通り、ルシェは目を回していた。
「――今日は遅いし、もう寝るか?」
アルダの言葉にルシェは頷く。
到着は明日の朝になるので、二人は船室に戻り、フロアに置かれた毛布を借りて浅い眠りについた。