第一章5 『村で最後の夜』
ルシェが出て行って、アルダは剣の手入れを再開した。
明日にもこの村を出発する。
次の目的地は故郷の「エルメス村」だ。
「しかし、急にあんなことを言われるとは」
先程の彼女の言葉には、アルダも驚いていた。
興味がある節は感じていたが、まさか「同行したい」などと申し出るとは考えもしなかった。
しかし、そうやって頼まれても、アルダには話の頭から断る気が全くなかった。
「明日からは、二人旅か」
言葉に出すとどこか気恥ずかしい。
今までは一匹狼のようで自由がきいたが、これからはルシェに配慮するのが優先的になるだろう。
「なんで、断る気がしなかったのか……」
それが一番の不思議だったが、どことなく納得できていた。
そんな思いの中、二日前、ルシェに語った旅の目的をふと思い出す。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「俺は、弟を探して旅をしているんだ」
「弟さん、ですか?」
「ああ。子供の頃に両親が離婚して、俺は母さんに、弟は父さんに引き取られたんだよ。その父さんの仕事関係の人から手紙が来て、父さんが二年前に亡くなっていたことがわかったんだ。それで、弟を探しに行くことにした」
「まだ、見つかっていないんですか?」
「弟はとっくに自立していてね。住んでいた街に行ってみても手がかりは全くなし。それで、俺は当てもなく探してるってわけだ」
「……」
「ま、ただの家族事情さ。案外あいつも元気にやってるのかもしれないけど、必ず伝えなきゃならないことがあるんだ」
「伝えること、ですか?」
「ああ。同じく二年前、病気で息を引き取ったんだ。俺達の母さんが」
「――!」
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
剣の手入れを終えると、三人は揃って帰ってきた。
叔父さんと叔母さんはニコニコとしていて、彼女の旅立ちを心から喜んでいる様子だ。
しかし、彼らは少し目を赤くしていた。
当然だろう。可愛がっていたことは一目でわかる。
夜はアルダとルシェの送迎会が催され、叔母さんの渾身の料理が振舞われた。
その後風呂を頂き、現在、ベッドに転がっている。
「……良い家族だ」
そんなことを呟くと、ふと気になったことがあった。
「ルシェ、ちゃんと荷物まとめたかな?」
思い立ったらじっとしていられず、アルダはルシェの部屋へと向かった。
コンコン。
「あ、はい」
「アルダだけど」
「え!? ちょ、ちょっと待ってください!」
ドタバタと中から物音が聞こえてきたが、用件だけを伝えることにする。
「ここでいい。荷物、ちゃんとまとめたか?」
「は、はい! 大丈夫ですよ!」
「そうか。……念のため言っておくが、肩にかけたり手に持ったりできるサイズのバッグにしろよ。かさばると大変だからな」
「ナップザックはどうですか?」
「うん。良いと思う。……それじゃ、確認できたことだし、また明日な」
「あ、待ってください!」
「ん?」
扉の向こうの声は、アルダを引き留めた。
「迷惑、かけるかもしれませんけど、よろしくお願いします」
「……そういう時は、一緒に頑張ろうっていうんだぞ?」
「え……?」
「俺達はもう、旅の仲間だ。支え合うのは当たり前だろ」
「……! はい! い、一緒に頑張ります」
「ああ」
「え、えと、お、おやすみなさい」
「おやすみ」
そう告げて、アルダはその場を後にし、部屋に戻るとすぐに横になった。
そして、かけてある自分のコートを見て、明日の出発を実感するのだった。